あやかし異境と非凡な日常
鐘方天音
第壱話 蓮子とお紺とあやかしの里
一.
紅、紅、紅。どこを見渡してもその一色である。その紅は、彼岸花の色であった。
「…ここどこ?」
燃えているような花畑で、ぽつりと
「…とにかく、ここが何処か把握しよう」
また独り呟くと、蓮子はその場から動き出した。
彼岸花の下は砂利で出来ており、歩く度にザリ、ザリと音が鳴る。それにしてもこれだけの数の彼岸花は初めて見た。美しいとも思えたが、どこかその花の色とは逆に、薄ら寒いものも感じた。そもそも〝ヒガンバナ〝という名前からして、死しか連想させないのもそうなのだろう。ずっと歩いて行くと、遠くにうっすらと、紅色とは違う光景が見えて来た。
紫色と朝焼けのような金色が混ざった空。その下には僅かに水音を立てて流れる川らしきものが見えた。そして更に遠くには、人影が豆粒くらいの大きさに見える。
―あそこに行かなくてはならない―
自然と蓮子はそう思い、そこに向けて歩き出す。よくよく見ると人影は一人や二人どころではなく、黒山と形容できるほどおり、整然と列に並んでいる。
―自分もそこに並ばなきゃ―
心が自然とそう決めていた。そのとき、
「ちょっとちょっと、そこの女子高生止まりなさいよ! あんたはそっちに行っちゃ駄目!」
妙に甘ったるい声が唐突に足元から聞こえて来た。蓮子はそこで夢から醒めたかのように、はっと我に返る。足元を見ると、小さな竹筒が転がっている。蓮子はしゃがんでその竹筒を見た。
「何、今の声…まさかここから…?」
「その通り!」
そこからにゅっ、と茶色く細いものが飛び出した。
「おひゃあああ!?」
蓮子は尻餅をつきながら変な声で叫んだ。竹筒から出て来たのは、少しだけ丸みを帯びた三角の耳に、丸くつぶらな瞳の、細長い体にイタチのようにに見える茶色の毛並の動物である。
「おお…! 可愛い! 何これ新種の動物!?」
蓮子は竹筒を持ち上げ、動物と同じ目線の高さになる。竹筒の向こうには小さな尻尾が出ていた。
「動物じゃなくて妖怪だよ。あんた、〝
自称茶色い狐はそう尋ねて来た。
「ううん、知らない」
「全く、これだから最近の若いモンは…」
蓮子が答えるや否や、狐はふう、と呆れたようにため息をついた。
「…っていうか狐? が喋った!!」
「遅いよ!」
「いや…だってぶっちゃけ私、今ここが何処で自分が何でこんなところにいるのか分からなかったから、その違和感もすぐに気付かなかった。…あ、で管狐って何?」
「今目の前にいる、あたいのことさ。管にも入るほどの狐。妖怪の一種さ」
「へえー、妖怪って初めて会ったー」
「…あんたのその異様な落ち着きはどこから来てんの?」
「よく動じない性格だとは昔から言われてるかな」
蓮子のその言葉を聞いた後、管狐は目をしばたたかせて暫し何も言えなかった。そして、蓮子はそう言う人間なのだ、と合点し、話を続ける。
「ところであんた、ここが何処だかわからないって言ったよね? ここはね、三途河の此岸…つまり〝生〟のぎりぎりの世界側だよ」
「…ええーっ!?」
「さすがにそこは驚くんだ…」
「いや、だって私死にかけてるなんて思わなかったし! 自然と足が橋渡る方に向いてたし! 怖っ!」
蓮子はこの花畑の意味も分かり、ぞっとする。
「本当に死んでたらあたいの声にも気付かなかっただろうけど、あんたはまだぎりぎりこの世に留まっているからあたいの声に気が付いたのさ。あたいが声を掛けて良かったねえ」
管狐はどこか得意げに鼻を鳴らした。
「本当に…気付けて良かったよ…」
へなへなと蓮子はまた座り込んだ。
「ところで、私は分かるけど、妖怪がどうしてこんな所に?」
今度は蓮子が管狐に質問をする。
「妖怪はあの世とこの世を行き来できる。ただ、あたいはちょっと事情があってね…。あたいの妖力はもうあんまりないんだ」
「ってことは、私と同じような状況? 死にかけてるってこと…? 何でまたそんな状況に…」
「この世…生の世界の陰陽師に祓われて、逃げる力しか残らなかったんだよ。何とか必死で逃げて来たけど、ここは亡者しかいないところ…妖力を取り戻せなくってさ…」
「ふーん…大変だねえ」
「他人事か」
「いや、気の毒だとは思うけど、私にはどうしようも出来ないし…」
「出来ることならあるさ。だからあんたを呼び止めたんだ」
「へ?」
「あんたは死ぬか生きるかの瀬戸際。どっちかっていうと死の方が近い。三途河に引き寄せられたのが何よりの証拠さ。そしてあたいも消滅しかかっている。そ・こ・で! あたいの魂があんたの魂に憑依して、あんたの生命力を高めてここからおさらばするんだ。そして、あたいもあんたに憑依することで生き永らえることが出来る。どう? これでお互い良い事しかないだろ?」
蓮子はすぐに何も言えなかった。自分が死にかかっていることへのショックと、この管狐のことが信用できるか、ということで迷っているのである。何せ相手は一応狐。化かされ、騙されているかもしれないのだ。
「言っておくけど、こんな状態のあたいにはなーんの悪さも出来ないよ。元々大した妖怪って訳でもないし」
蓮子の心中を見抜いたかのように、管狐は更に押してきた。蓮子の心中はより、管狐に憑依されてでも生きたい、という想いの方へ傾いて来る。
「…それに、あたいに憑依されれば年も若いまま! 長生きも出来るよ!」
通販番組のように管狐は更に畳み掛けて来た。ここまで来ると、管狐が必死に生きようとしているのがひしひしと伝わり、何より、蓮子もまだ生きたい。そしてその上に管狐に対する同情も加算され、蓮子の心の秤は完全に、管狐に憑依される方へ傾いていた。
「…分かった分かった。私も生きたいし、お狐様を見捨ててはおけないよ。一緒に生きる道を選ぼう」
蓮子は苦笑しつつ、管狐にそう告げた。
「本当!? やったあ! そうそう、あんたの名前聞いてなかったね」
「蝶野蓮子。ハスに子供の子って書いて〝蓮子〟」
「へえー、良い名前だねえ。あたいの名前は紺。お紺って呼んでよ」
「お紺…またベタな…」
「良いじゃん、狐っぽくて」
「…で、どうやって憑依すんの?」
「あんたは楽にしていれば良いさ。そのまま力を抜いていな」
「う、うん…」
蓮子は意識をしながら体の力を抜く。すると、竹筒からお紺がするりと出て来た。その胴は細長く、狐というよりはイタチに近い。そしてふわふわと蓮子の周りを一回りした後に、蓮子の胸元へ突っ込んで行った。まるで幽霊のようにお紺は蓮子の体をすり抜け、入って行く。見ていて少し痛々しいが、痛みはない。そして、お紺の尻尾まで完全に中身が入りきると、蓮子の体の隅々がじんわりと温かくなるのを感じた。
「さてと、現世に戻るよ!」
お紺の声が頭の中で響いた直後、蓮子の目の前は真っ黒になった。
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