二人目のカクシゴト

 「わっ」


 下駄箱を開けたイズミが声をあげる。オレも近づいてのぞきこむ。

 ラブレターだった。いや、おそらく、だが。



 イズミの話では、どうやら放課後に話がある、という内容だったそうだ。十中八九、恋の告白なんだろう。オレは衝撃を受けつつ、聞いた。


「行くのか? イズミ」

「え、だって待ちぼうけにさせるのもかわいそうだし、きちんとお返事したいしね」

「そ、そうだよな」


 急に焦りが込み上げてきた。なんだか現実感がない。イズミはどう応えるのだろうか。


 その日の授業はまったく身に入らなかった。思えばオレはイズミのことが好きなはずだったのに、現状の関係に満足していた。イズミが誰かに取られる可能性を考えていなかった。たとえそれが今日じゃないとしても、いずれ……。


「どうしよう」


 放課後が近づいてくるにつれ、焦りは募っていく。午後の授業は受ける気にならなかった。




 午後の授業はすでに始まっているが、オレは一人で校舎の屋上にいた。


「マーちゃん」


 急に声をかけられてびっくりする。

 一瞬、先生かと思ったが、それはサクラだった。

 サクラは何も言わずにオレの横にきて座る。オレを探しにきたのだろうか。連れ戻す気はないようだが……。


「マーちゃん、大丈夫か?」

「……。」

「まあ俺たちも高校生になったし、そういうの意識する時期がきたんだってことか」

「そうかもな」

「ちなみに俺も迷ってる。いや、迷ってはいないけど、躊躇してるんだ」


 なにを言っているのかわからないが、サクラもイズミに告白したいとか思っているのだろうか。


  ふーっ


 サクラが大きなため息をつく。


 「お前、俺のことが好きか?」


 身構えていたのとは違う展開に一瞬安堵をおぼえる。こいつは何をいまさら、言いだすんだろう。


 「え、もちろん」

 「じゃあ愛してるか?」


 言われた瞬間真っ白になった。

 一分間ほどフリーズした後。


 「え……?」


 そんなまぬけな声しか出せなかった。


 「俺はお前のことがずっと好きだった」


 急に、なんだかカッとなって言い返す。


 「どういうことだ、オレは男だぞ!」

 「いいや、お前は女だよ、舞子まいこ

 「そりゃ、戸籍とか生物学的には女だけど。でもオレの心は男だ!」


 小学生のとき、オレは自分が男なんだと気付いたんだ。

 サクラが何かを決意したかのように言ってくる。


 「お前、イズミのことが好きなんだろ?」

 「あ、ああ。そうだよ」


 サクラの顔が一瞬だけ歪んだ気がした。


 「お前はさ、勘違いしちゃってるだけなんだ」

 「サクラにオレの何がわかるんだよ!」

 「わかるよ、ずっとお前を見てきたんだ」


 何を言ってるんだこいつは。 


 「お前はさ、小学生のときたぶんテレビかなんかで、性同一性障害のことを知ったんだろう。それで勘違いしたんだ」

 「勘違い……?」

 「なあ、舞子。……女の子が女の子を好きになってもいいんだぜ」


 グサッときた。


 なんだか言ってる意味がまだ理解できない。理解できないけど、でもその言葉が胸に突き刺さった。


 「お前はイズミを好きになって、女の子を好きになる自分は男なんだ、って思ってしまっただけなんだよ」


 気づけばオレはボロボロと泣いていた。サクラの言葉はストンと心に降りてきた。そうだったのか、オレはイズミを好きになって、それで、自分を男だと思いこんだんだ。


 「なあマーちゃん、イズミに、気持ちを伝えろよ」

 「……うん」

 「俺はさ、もうお前への気持ちはとっくにカタがついてんだ」

 「あ……」


 サクラの気持ちはうれしいけどやっぱりオレは、あらためてイズミが好きなんだと気付いていた。


 「ごめんね、サクラ」

 「ああ、やっぱり、言えてよかったよ。すっきりした。もう行きな」

 「うん……」


 オレはサクラを残して屋上から出て行った。胸に一つの決意を秘めながら。

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