第8話 お風呂あがりのひと時
「や~、さぁすがに長湯し過ぎましたねぇ」
「うん、そうだね……」
二人ふらふらと廊下を歩く。
「食堂で休憩してから帰りましょうか。あそこ飲み物あるんで」
「うん、そうしよう……」
二人で食堂に向かって歩く。
そこは椅子とテーブルがあるだけで調理は行われないタイプの物で、その代わりお昼業者に注文したお弁当が販売される。
食堂では販売されているお弁当以外の物を自由に持ち込んで食べていい。
コンビニで買ってきた物を食べようが自分で作ってきたお弁当を食べようが自由だ。
自動販売機の数も充実しているので、ご飯時を過ぎても休憩スペースとして皆が利用している。
「ん~? あー。隊長じゃないっすか」
「え? ……あれ? 二人共、まだ帰ってなかったんだね」
「お疲れ様です」
食堂の中には光輝がいた。
手作りのお弁当を食べながらノートパソコンを見ている。
「お仕事っすか?」
「うん、そう。家帰っちゃうと面倒でやらなくなるし、ここで終わらせちゃおうと思ってさ。と言っても、そう急ぐ物でもないんだけどね、これ」
「そうなんすか。真面目っすねぇ隊長は」
「まぁね。真面目なんだよね、俺」
「あはー。自分で言うと一気に真面目感無くなったっす」
光輝の向かい側に二人が座る。
「二人は? どうしてこんな時間まで?」
「私達はお風呂で女子トーク的な感じっす。ね」
「あ、はい。そうです」
「そうなんだ。いいね、なんかそういうの。俺はそういう一緒にお風呂入ったりする相手とかいないからさ」
「いるじゃないっすか。私達と入りましょうよ。浴場使うと他の利用者さんが驚いちゃうかもしれないんで、一緒にシャワー浴びましょう。個室で仲良く」
「……加賀峰さんさ。そういうの本当に止めた方がいいよ。男ってそういう言われ方したらマジで勘違いするから」
「勘違いじゃないっすよ。マジっすもん。マジで私光輝さんと一緒にお風呂入りたいと思ってます」
「……ねぇ、これどうすればいいと思う?」
「え!? わ、私に聞かれても」
「隊長、このお弁当誰作ったやつなんですか?」
「話変わるなー。これは自分で作ったやつだよ」
「そうなんすか! 凄いっすね!」
「凄くないよ。中身モロ男の弁当て感じで雑だし」
それは二段重ねのお弁当箱で、一段目にご飯、二段目におかずが入っていた。
おかずは二種類。
三分の二が牛肉とピーマンと玉ねぎの炒め物で、残り三分の一がキャベツの千切り。
それだけ。
確かに男の弁当だ。
「一応意識して野菜入れようとは思うんだけどさ。どうしても肉主体になっちゃうよね。自分が食べる物だと思うと面倒で種類も入れられないし」
「んな謙遜するような出来じゃないっすよ。美味しそうっす。お肉一口貰ってもいいっすか?」
「そんな美味いもんじゃないよ? 見たまんまの味だし。それでもいいならどうぞ」
箸と一緒に弁当箱を芳香に寄せる。
「じゃあいただきまーす」
そう言って肉を一口食べる。
「んーっ! 美味しいじゃないっすか。中華風っすね。オイスターソースの味するっす」
その表情を見ればお世辞じゃない事がわかる。
「本当に? ありがとう。青山さんも味見してみる?」
「あ、是非」
千夏も一口食べる。
「あ、美味しいです。本当に」
一言で、無難に美味しい。
わかりやすい味付けで、わかりやすい味がする。
いい意味で想像していた通りの、期待通りの味だった。
「本当に美味しい?」
「はい、美味しかったです」
「加賀峰さんも?」
「はいっ、美味しかったっすよ」
「そっかー……」
すると、
「……ふふ」
「「?」」
「あははは、美味しかったんだ、それ」
光輝が笑いだす。
「それさ、実はちょっと失敗しちゃってて、味付けが少し濃いんだよ。だからしょっぱい筈なんだ」
「え? いやそんな事……いやでも」
「言われてみれば……そうかもしれないです」
「でしょ? それで美味しかったって事は、今日二人がそれだけ沢山汗をかいたって事だよ。それで体の塩分が少なくなってたせいでそう感じたんだ。つまりそれは、二人が今日沢山訓練を頑張ったって証拠」
光輝が財布を出す。
「だからはい、頑張ったご褒美。ジュース代あげるから何か買っておいで」
小銭を二人に手渡した。
「「ありがとうございます!」」
汗をかいたのはお風呂での長湯の時かもしれないが、お風呂から上がって喉がカラカラの二人は余計な事は言わず、大喜びで受け取った。
食堂の自動販売機には飲み物だけではなく、お菓子や菓子パン、カップ麺の自動販売機もある。
でもとりあえず今は飲み物だと、ペットボトルのジュースを買う。
「ごちそうさまでーす」
「あの、ありがとうございました」
「はーい」
ニコニコと笑顔の芳香が光輝の横に立つ。
「え? 何?」
「やー、ジュースのお礼をしようかと」
「もうしてもらったから十分だよ。うん、気にしないで」
光輝が頬を引きつらせてちょっと引き気味の笑顔で言う。
「そーんな事言わずにぃ」
「いやいやいいよ、本当に」
「目、瞑ってく~ださいっ」
「絶対嫌だ」
「目瞑らないとここで全裸になって全力で襲いかかりますけど」
「はい、目瞑ったよ」
光輝は弱かった。
「じゃあはい、サー……ビス♪」
「「!?」」
やられた本人も、それを見ていた千夏も固まった。
バサッと芳香が自分の服をめくって、その中にすっぽりと光輝の頭を入れてしまったのだ。
「コラちょっと加賀峰さん!? 何す……る……」
「んっ!?」
光輝が服の中からこもった声で抗議しようとして、途中で声が止まる。
同時に芳香が驚いた顔をして、顔を真っ赤にする。
「「……………………」」
光輝と芳香が無言のまま動きを止める。
「…………えっとー……」
恥ずかしそうな顔で芳香が口を開く。
「ちょぉ~っと、勢いつけ過ぎちゃいましたねぇ……」
「………………」
「何か、ズレちゃったみたいでぇ……」
「………………」
「今隊長の口の中に入ってるのー……多分ー……」
「………………」
「私のー……そのー……さきっちょ……っすね……」
それを聞いて千夏の顔も真っ赤になる。
「あの……隊ちょ――アンッ」
すると芳香が突如ビクッと体を震わせ、妙な声と共に色っぽい表情を見せる。
「あはっ、あはははははははは!」
即座に光輝の頭を服から出すと、真っ赤な顔で笑いながら離れる。
「も、も~っ! ジュース一本じゃここまでっすよぉ、隊長!」
両腕で胸を押さえながら背を向けて、顔だけ二人の方に振り向くと恥ずかしそうな表情で微笑む。
「こっから先はお付き合いしてからっす!」
その後、ちょっと直してきます、と言いながら芳香はトイレの方へと駆けていった。
「……………………」
真っ赤な顔の光輝がスッと千夏の方を向くと。
「もぉぉぉぉおおおおおお!」
顔に手を当てて俯き、叫んだ。
「もぉぉおお! 加賀峰さんさぁ! 加賀峰さんさぁ! 何なのあれもぉぉおおおお!」
「あの、隊長」
だが冷静な顔と声色で千夏が聞く。
「今の『アンッ』は何だったんですかね? 『アンッ』は」
「………………」
「隊長。何だったんですか? 『アンッ』って。服の中で何したんですか? 隊長」
「………………」
「何が口に入って、何をして、『アンッ』だったんですかね?」
「………………」
「ねぇ、隊長。ねぇ」
「………………」
千夏の質問に光輝が答える事は、無かった。
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