第7話 本日の訓練は終了しました
「ほー? 先輩の練習見て勉強っすか。いいっすねー、いい心がけっすよー。さ、それなら好きなだけ見て参考にするっす」
芳香がニヒヒ、と笑い銃を構える。
だが構えた銃が違う。
全体のデザインはほぼ似たような物だが、サイズが小さく拳銃型だった。
「ま、ライフル型も拳銃型もこれに関しては大して変わらないっすよ。狙って……撃つ! ひたすら的を集中して、撃つ!」
パパパパン! と連射する。
「どっすかね?」
「……駄目でしょうね」
千紗が眉をへにょっと曲げる。
「加賀峰さん、これ記録全部残るので、遊んでると後で隊長に怒られちゃいますよ?」
「うっ、それは嫌」
的に当たってはいるものの、当たってる場所は滅茶苦茶で、狙うべき場所には全然当たっていなかった。
「だってー、こういうの私には向いてないっすもーん」
ぶぅたれる。
「あ、それよりあれっすよ。そろそろ青山ちゃんと私の格闘訓練の時間じゃないっすか。そっちの準備した方がいいっすよ」
「え? まだ早いですよ。青山さんは、」
「はーい、射撃訓練終了ー。さ、行くっすよ青山ちゃん」
「駄目ですよ加賀峰さん。青山さんの前に、まず加賀峰さんがここに来たばっかりでまだ全然訓練してな――」
「さー、ゴーっすゴーっす!」
「あ、あの、あのっ、私!」
「……はぁ、強引なんですから……」
もう止めても無駄だと諦めて、千紗が大人しく二人を見送った。
「準備はいいっすかー、青山ちゃん」
床にしゃがんでジャージを膝上までまくり上げながら芳香が言う。
「は、はい!」
今度の訓練場所は、先程とはまた別な所だった。
そこは元々体育館だったのだが、床や壁は特殊な材質に変えられており、魔力を使った戦いをしてもそうそう壊れない位丈夫になっていた。
芳香は手ぶら、千夏は今まで使っていた大きな銃を持っている。
「あはは、いっつも言ってるじゃないっすか。敬語なんて使わなくていいっすよ、私ら同級生ですし」
「でも加賀峰さんも、」
「私のは口癖なんで気にしなくていいっす。てな訳で次からはタメ語で。じゃないと訓練しないっす。さーんはいっ」
パンッと手を叩く。
「はい、こっからはタメ語っすよ。いいっすね?」
「は、う、うん。わか、たよ」
うんうん、と芳香が頷く。
「じゃ、始めるっす」
芳香が腰を低くし、構える。
「私の得意技は、と言うか私が出来る事は、ずばり蹴りのみっす。だから青山ちゃんは今回の訓練で、ひたすら私の蹴りを避ける事だけ考えて動いて欲しいっす。ただしルールとして、銃は絶対に手放さない事。それだけは気を付けて。いいっすね?」
「うん」
「私がするのは蹴りのみで、方向は正面無しの右か左からだけ。狙う場所も胴か太ももの二ヶ所だけ。青山ちゃんはその蹴りを出来るだけギリギリまで引き寄せてから避ける、もしくはその銃で受け止める。それだけっす。ただ、私はたま~に強い一撃を当てるんで、その時は銃で受けないで回避を選んで下さい。多分銃で受けると弾き飛ばされちゃうと思うんで。いいっすか?」
「ま、待って。銃で受け止めたら銃壊れちゃったりしない?」
「大丈夫っす。それすっごい丈夫に出来てるっすから。撃つだけじゃなく鈍器にしても盾に使っても、そうそう壊れたりしないっすよ」
「そうなんだ」
「そうなんすよ。で? 準備はOKっすか?」
「はい! ……うん!」
「よし。じゃあ……開始っす!」
芳香が警戒する千夏に、高速で走り寄る。
「……も少し基礎体力の訓練からやった方がいいかもっすねぇ」
「はぁ、はぁ、はぁ…………はいぃ……」
訓練はボロボロだった。
避けられない、受けられない。
回避訓練というよりサンドバック訓練。
ひたすら千夏は蹴られ続けた。
「青山ちゃんは遠距離武器使う後衛っすけど、相手は人間じゃなくて魔物っすからね。こういう近接戦闘もちゃんと出来るようにならなきゃ駄目なんすよ。相手が虫型だったりすると、身体の一部が消し飛んでも中々死なないで、一気に後ろまで突っ込んで来たりする事もあるっすから」
「はぁ、はぁ、はい……」
コクコクと頷く。
「じゃ、今日の訓練はこれで終了っすね。お疲れ様でーす」
「はぁ、はぁ、おつ、おつかれ、さま、です……」
「落ち着いたら一緒にお風呂入りに行きましょうか。あぁ、急いで立たなくていいっすよ。別に急いでないですし、待ちますから」
それからしばらくの間、荒く呼吸をし続け、それから鞄に入っていた残りが少ないペットボトルの中身を一気に飲み干し、更に新しくもう一本水を買ってきてそれを一気に飲んでから、やっと入浴場に向かった。
「あ~、気持ちいぃ~……」
芳香が頭にタオルを乗せ、湯船の中でデーンと両手両足を広げた姿勢で機嫌良さそうに言う。
一方千夏は、タオルを湯に沈めたりはしないものの、体育座り状態で微妙に体を隠すように湯につかっている。
「いやぁ~、こういう時ほんっと女で良かったと思いますよぉ~。男の人は人数少ないからシャワールームだけなんすもん。やっぱお湯につからないと疲れ取れないっすよねぇ」
芳香の言う通り、ここは女性の人数が圧倒的に多く男性の人数が少ない為、女性にのみ入浴場が用意されていた。
男性が使用できるのはシャワールームだけで、しかも男性専用ではなく女性も共用。
脱衣場とシャワールームで一セットになっている個室が六つ用意されていた。
一応鍵も内側からかけられて、ドアでそれぞれの個室もしっかりと区切られているのだが、出入りする時に別の個室を利用していた利用者の女性と目が合うと、どことなく気まずい。
そして数が少ないので、他にも使いたい人が外で待ってるかもしれないと思うと、あまり時間もかけられずどうにも落ち着かない。
男性は色々と不便だった。
「青山ちゃんもそう思いません?」
「…………うん」
芳香があちゃー、という顔をする。
千夏の元気が無い。
理由は芳香もわかっていた。
訓練をしても何もかもが上手くいかない。
そのせいで落ち込んでいるのだ。
「………………」
だが、それは誰もが通る道である。
芳香も同じように落ち込んだ事がある。
だから、ここで慰めていいのかを迷う。
何故ならこれは、隊員としてふるいにかける意味もあるのだ。
今、超自然生命体対策局に入りたがる若者がもの凄く多い。
漫画やラノベのような経験が出来る、とそういう夢を抱いた者が沢山来るのだ。
けれど実際はそんな楽しい物ではない。
化け物と殺し合いをするのだ。
浮ついた気持ちで入れば、ただ無駄死にするだけ。
だから入った時にわざと辛くて大変な訓練を沢山させて、嫌にさせるのだ。
辞めさせる為に。
千夏へのこの対応は、かなり優しい方だった。
千夏は光輝がこの子には局員としての素質があると言って連れてきたので、そういうふるいにかけるような必要は無いと思われているのだ。
けれど、だからと言って甘く接し過ぎて実際の戦闘で取り返しのつかない事になってしまっては大変だ。
だから芳香は悩む。
自分が下手に元気づけていいものかどうか。
必要以上に冷たくする気は無いし、話してみた感じ真面目でいい子なのでむしろ優しくしてあげたいと芳香的には思う。
でもそれが彼女の為になるかどうかがわからない。
「うーん……。あの、さ。青山ちゃん」
でも、
「訓練、どうっすか? 上手く行ってるっすか?」
そういうところのバランスは光輝が取るだろう。
隊長としての光輝の事を芳香は信頼している。
「なんか悩みとかあったら言ってくれていいっすよー。裸の付き合いってやつっすね」
だから自分は遠慮せず好きなように振る舞おうと思い、愚痴を促す事にした。
「悩み?」
千夏がキョトンとした顔で芳香の事を見つめる。
「そうそう。悩みー」
明るく言った方が言いやすいだろう。
「………………」
だが、
「…………ふふ」
「んー?」
千夏が笑う。
「悩みなんて無いよ。ありがとう、加賀峰さん」
「おや」
その返答に驚いた。
弱音、吐かないんだと。
「訓練はね、やっぱり辛いよ。私体育苦手で運動音痴だし……。でもね? 始めてまだ少ししか経ってないのにこんなに早く泣きごと言うのは、流石にちょっと違うかなって」
「へぇ」
「だからもう少し頑張ってみるよ。それでも駄目だと思ったら、相談してもいい?」
「勿論っすよ!」
芳香が反省する。
自分は相手を見くびっていたと。
千夏は見かけほどやわなタイプでは無かった。
「じゃあ、もっと単純に、好奇心で気になる事とか無いっすか? ここでなきゃ聞きにくい事とか。今なら大サービスで何でも答えちゃいますよ」
「あ、じゃあ一つだけ」
「何すか?」
「シャワーの事なんだけど……」
「シャワー? あぁ、覗きたいって事っすか。いいっすよ。光輝さんが入ってる時の覗き方教え――」
「違う違う! 覗きだなん……え? 覗けるの?」
「あはははは」
その笑いがどういう意味なのかわからない。
からかわれたのか、本当に覗く方法があるのか。
「……ううん、そうじゃなくて。シャワーなんだけど、どうして男の人専用じゃないの? 女の人だけこういう入浴場があって、シャワールームも使っていいなんて、至れり尽くせりだなと思って。……私も急いでる時は浴場じゃなくてシャワールーム使わせてもらってるからあれなんだけど」
「あー、その事っすか。単純にあれっすけどね。働いてる男の人の数が少ないから、男の人専用にしちゃうと利用者が少なくて勿体無いっていうのが一番の理由っすけどね」
「そうなんだ」
「あと青山ちゃんみたいにパパッと済ませる時にシャワー使いたいって人もいますし。それに……」
「他にも理由があるの?」
「こういう感じで、傷とか見られるのが気になる人が、シャワー使ったりするんすよ」
ザバァ、と芳香が長い足を上げる。
「正直見栄え悪いっすよねぇ~、これ」
そう言った芳香の脚には、色が変わって目立つ痣や、細かな擦り傷がいくつも出来ていた。
「蹴りメインでやってるとどうしてもこうなっちゃうんすよねー。それに実践の経験が多い人とかはこんな生易しいのじゃなくて、大怪我した時の深い傷痕が残ってる人もいますし」
シャワーを女性も使えるようにしてあるのは、そういう人達の為でもあるらしい。
「ほら、私よくタイツ履いてるじゃないすか。あれってこれを隠したいからなんすよね。スカート穿いてるとやっぱ足目立ちますから」
「あの、」
「あぁ、いいっすよいいっすよ、実際私自身はそんな気にしてないんで。ただ人様に汚い物見せちゃ悪いなーって思って隠してるだけなんで」
「あの、わたしは、」
「大丈夫っすよ、本当に」
千夏の顔を見ればどんな事を言おうとしたのか大体わかる。
自分からこんな話題を振っておいて何だが、別に同情してほしい訳ではない。
同情されると傷つくというより、単純にそういう空気が面倒なのだ。
なのでニヘラっと笑う。
「だって、これあると隊長に足ペタペタ触ってもらえるんすよ~」
「え?」
「青山ちゃんはまだやってもらってないんすかね。隊長魔力でこういう軽いものなら簡単に癒せるんすよ。それで治してもらう時に直に触らないといけないからってぇ……えへへへ……」
千夏の纏う空気が変わった。
芳香がその事にホッとする。
そして千夏は思う。
それはきっと、千夏が走った時にやってもらったのと同じものだろう。
光輝のあれは、癒すと言っても疲れを癒したり傷を癒したりと、効果に色々汎用性があるらしい。
「と、まぁシャワーに関してはこんな感じっすかね。説明これでOKっすか?」
「うん、ありがとう」
「他にはなんかあるっすかね?」
「他には……」
その後も二人はどうでもいい話を続け、風呂から上がる頃には見事、二人揃ってのぼせていた。
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