第6話 たのしい訓練はまだまだ続く

 だがその前に更衣室で服を着替える。

 千夏が自分のロッカーを開くと、競泳水着のような物が一着入っていた。

 手に取ると生地が厚く、水着ではない事がわかる。

 着る時も水着のような伸縮性が無いので、少し着にくい。

 それを着た後、同じデザインのブーツと、前腕部分が隠れる長さの手袋を身につける。

 右手の手袋には機械が取り付けてあった。

 それを起動させて簡単な設定を行うと、千夏の体が急に軽くなる。

 これは、胴体部分と手袋とブーツで一セットの強化スーツで、着ている人間の魔力を使用して自身を強化出来る物なのだ。

 魔力さえあれば誰でも簡単に強くなれる。

 人間離れした動きで身軽に飛び回り、怪力を出し、ちょっとやそっとでは怪我どころか傷一つ付かない丈夫な体を手に入れる事が出来るのだ。

 ただ、一旦起動してしまうと何もしなくてもそのまま少しずつ自動で魔力を消費し続けてしまうので、起動確認は出来たからと一旦スーツの効果を切る。


「えっと、練習場は……」


 スーツを着た千夏が向かったのは射撃練習場だ。

 次の訓練は、銃弾の代わりに魔力を撃ちだす特殊な銃を使った、射撃訓練なのだ。

 中を覗いたがまだ誰もいないようなので、廊下に置いてあるベンチに座りプリントを取り出すと、中断してしまった部分の説明を読む。

 魔力の『特性』についてだ。

 魔力には、ランクの他にも特性という違いがある。

 勇気が言っていた「得意な事不得意な事」というやつだ。

 その人が魔力を使って何が出来て何が出来ないのかを決める物。

 特性には『一般特性』と『特殊特性』とがあり、一般特性はそれを持っていなくても訓練する事である程度使用する事が出来るようになるが、特殊特性に関しては不可能。

 そして一般特性には種類が二種類あり、『身体強化』と『物質強化』がある。

 身体強化はそのまま自己の肉体を強化する事で、運動性能や自身の耐久性等を上げる事が出来る。

 千夏が着ているスーツの効果をスーツを着なくても発揮出来るようになる、と言えばいいだろうか。

 それが身体強化だ。

 そして、物質強化は手に持った武器等を強化、硬質化する事が出来るようになる。

 魔物相手に剣だの槍だのを振り回して戦えるようになるという事だ。

 プリントの、仲間が保持する特性一覧を見る。

 関千紗はランクこそCだが、特性は一般特性しか所有していない。

 だがその代わりに、身体強化と物質強化、両方の素質を持っている。

 加賀峰芳香も千紗と同じく、一般特性しか所有していない。

 そして彼女は千紗と違い、身体強化の素質しか持っていなかった。

 一方、木田勇気は特殊特性を持っている。

 それも、所有者がただでさえ少ない特殊特性の中でもかなりレアな、治癒の力を。

 そしてもう一人、Bランクの宮本鈴子も特殊特性持ちだ。

 彼女は物質を凍らせる凍結の力を持っている。

 だが、彼女はゲームなどでよくある冷凍ビーム的な物を撃ったりする事は出来ず、凍らせるには直接対象に触れるか、自分が触れた物から間接的に対象に触れなければならない。


「………………」


 そうやってプリントを捲りながら、千夏は自分の特性の欄を見る。


「………………はぁ」


 特性、無し。

 一応訓練である程度使えるようになるとは言え、一般特性の素質すら無いのだ。

 だがそれは、決して珍しい事ではない。

 特性が何も無い魔力保持者は沢山いる。

 千夏が今着ているスーツは、正にそういう人達の為の物なのだ。

 魔力の特性が無くても折角持っている魔力を有用に扱えるようにと、そういう研究や開発が日々されている。

 千夏がこれから行う射撃訓練に使う銃も、魔力特性の無い人間が戦う為に開発された物だ。


「あれ? 青山さん?」


 落ち込んでいた千夏に話しかけてくる人物がいる。


「すみません、お待たせしてしまったみたいで」


 千夏の存在に気付いて慌てて走ってきたのは、千紗だった。


「あ、違う違う。私が早く終わって先に来てただけ。全然遅れてないよ」


 それに対して千夏が、他のメンバーに対してより気さくに返事をする。

 千紗が自分に対しては敬語を使わないでくれと、千夏と最初に会った時言ったからだ。

 千紗は年上に対しては毎回そう言う。

 自分よりも上の年齢の人に敬語を使われると、居心地が悪くなってしまうらしい。

 名前に同じ『千』の文字が付きますね、と千紗は千夏に対して初対面からとても友好的だった。


「あ、本当ですね」


 千紗が腕時計を見て、確かに、と納得する。


「でも折角ですので、少し早いですが始めましょうか」


 そう言うと千紗が訓練場の鍵を開け、先に中へと入る。

 電気を点けて機器のスイッチを入れると、


「今ライフル持ってきますね」


 そう言って訓練に使う銃を取りに一度その場を去る。


「うん、ごめんね。ありがとう」


 千紗は小学生だが、千夏の射撃訓練の講師だ。

 ランクも上で、ここでの立場も実力も、文句無しの先輩なのだ。


「さぁ、始めましょう」


 ジャージ姿で銃を抱えた千紗が戻ってくる。

 そう、ジャージ姿だ。

 千夏と違って強化スーツは着ていない。

 身体強化の特性を持った千紗には、そんなものは必要無いという事だ。

 そして、訓練場の鍵もそうだが、この銃を持ち出す許可も千夏はまだ持っていない。

 だから千紗が取りに行ったのだ。


「? どうしました? 青山さん」

「……ううん、何でも無い」


 スーツの機能を起動させてから、銃を受け取る。

 銃とは言ってもそのままの形状ではなく、パッと見ただけでは一メートル半位ある長方形の分厚い金属板にしか見えない。

 だがよく見れば、引き金と、側面に操作盤が付いている。

 一応簡素な照準器も付いてはいるが、ある理由からあまり重要視されていない。

 そして結構な重量があり、千夏はスーツで身体強化をしないとろくに扱う事も出来ない。


「では、あの的を狙ってください」


 千紗に言われて、千夏が出てきた的に向かって銃を構える。

 ちなみに、皆これの事を銃と一言で呼ぶが、正式には『圧縮魔力変換射出装置』と言う。

 引き金を引くと、光の玉が高速で的目掛けて飛んで行く。

 パシッと音を立てて、人型の的の右肩辺りが削られる。

 目標を外れた。


「…………」


 狙いを定めて、もう一度引き金を引く。

 今度は的の左側頭部を光の玉がほんの少し削った。


「……………………」

「当たりやすいように少しだけ威力上げましょうか」

「あ、うん」


 言われて千夏が操作盤を弄る。

 そして、再度引き金を引く。

 すると今度は今までとは違う、巨大な光球が的目掛けて飛んで行く。

 ボッと鈍い音を立てて、的の胸元から上が消滅した。


「あ、ご、ごめん。威力間違えちゃった……」

「大丈夫ですよ。威力調整は最初よくわからないですよね。少しずつ調整して、撃ちながら覚えましょう」


 千紗が新しい的を出す。


「では出力を下げて、もう一回です」

「はい」

「……うん、威力はこれ位でいいと思います。それと、千夏さんは多分撃つ時目で狙い過ぎなんだと思います。これを使う時は銃で直接的を狙うより、弾道の方を意思で誘導して当てるようにした方が良いです」

「うん……。理屈はわかるんだけど」


 千紗のアドバイス通り、的の中心に強く意識を向け、弾がそこに向かうように願いながら引き金を引く。

 だが、弾は的の中心どころか的自体を逸れていってしまった。


「んー……」

「大丈夫ですよ。今弾の動きを曲げましたよね? 的は外れましたが全然問題ありません。そうやって少しづつ曲げていけば、ちゃんと当たります。その調子です」

「…………」


 言われて再度狙い、引き金を引くがやはり当たらない。

 弾を曲げよう曲げようと意識すると、今度は曲がり過ぎてしまう。

 だったらもう直接狙おうと弾道を曲げずにそのまま撃つと、それはそれでやはり当たらない。

 曲げようとしなくても、弾が彼女の無意識に引っ張られてしまい、真っ直ぐ飛ばず勝手にほんの少し曲がってしまうのだ。


(当たらない……)


 焦りと苛立ちで集中力がどんどん無くなっていく。

 すると、ますます当たらなくなり、ストレスで更に集中できなくなっていく。


(当たらない、当たらない……。当たらない当たらない当たらない当たらない……)


「――夏さん、千夏さん」


(当たらない当たらない当たらない当たらない…………当たらない……!)


「千夏さんっ」

「え?」

「……ちょっとだけ、休憩しませんか? 疲れちゃいますよね」

「え、あぁ、うん。そうだね」


 言われて、想像以上に頭に血が上っていた事に気付き、赤面する。

 気が付くともうかなりの数、弾を撃っていた。

 まだ全然、練習を始めたばかりのような気でいたのに。


「千夏さん、タオルです」

「タオル?」


 千紗ちゃんは何を言っているんだろう? そう思った瞬間、ポタポタ、ポタタ、と汗が落ちる。


「え? あれ……あれ?」


 よほど集中していたのか、自分自身の疲労にも気が付いていなかったようだ。

 汗だくになっていた。


「ありがとう、千紗ちゃん……」

「はい」


(恥ずかしい……。先輩とは言え千紗ちゃんまだ小学生なのに。私こんなに気を遣われて……)


 銃にロックをかけ、一旦片付けてから廊下に出る。

 食堂に行くかどうかを聞かれたが、また戻ってくるのも面倒だと廊下のベンチで休む事にする。

 鞄からペットボトルの水を出して飲む。

 開封したてなのに一気に半分以上が無くなった。

 想像以上に汗をかいていたらしい。

 手鏡で見てみると、的を集中して見過ぎたせいか、目の縁もうっすらと充血し始めている。


「はぁ~…………」


 なのに、全然上達していない。

 練習し始めと勘違いする位に、全く進歩が無かった。


「千紗ちゃん……。あれって……何かコツとかあるのかな?」

「コツですか? そうですねぇ……」


 人差し指を口に当てて千紗がムムムと考え込む。


「あ、そうです」

「何?」

「コツとはまた別ですけど。私みたいに武器を弓矢にしてみるのはどうですか?」

「弓矢?」

「はい、弓矢です」


 千紗は後衛の遠距離型として戦うが、千夏のように銃をメイン武器にはせず、弓矢を使用していた。

 物質強化の力で矢を強化して放ち、戦うのだ。


「弓矢、良いですよ。直接矢に触るので、私とかは感覚的に銃より的を狙いやすいですし」

「へぇ」

「それに、先端の矢じり部分を付け替えれば、魔力特性関係なしに色々な攻撃が出来ます」

「なるほど~」


 ふんふんと頷く、が。


「……けど、ごめんね千紗ちゃん。私、一般特性の物質強化も素質無し、なんだよね……」

「あ」

「だから、物質強化の練習してから弓矢覚えるより、このまま銃使えるように練習した方が早いと思う……」

「す、すみません」

「ううん、ありがとう」


 千夏の為を思って考えてくれたのだ。

 謝る必要なんて無い。

 その後、改めてコツを尋ねるが、これに関しては正直感覚的な物が大きいらしく、ひたすら練習して自分でコツを掴むしか無いらしい。


「すみません……あまり良いアドバイスが出来なくて」

「そんな事無いよ。……さて、そろそろ続き始めようか」


 千夏が立ち上がると、ちょうどそこに上下ジャージ姿の芳香がやってきた。


「あ、加賀峰さん」

「こんちわーっす。新人さん、調子はどうっすか?」

「こんにちは。あの、中々難しくて……。的にちっとも上手く当たらないんですよね」

「あはは、最初はそんなもんっすよ。私も射撃は苦手ですもん。ま、これはもう苦手なりにひたすら練習あるのみっすね。お互い頑張りましょう」


 千夏の肩をポン、と叩いて練習場の中に入って行く。


「千紗ちゃん」

「はい?」


 千夏がふと気になったように聞く。


「加賀峰さん、確か身体強化で戦う前衛組だよね? なのにどうして射撃練習場に入るの?」

「それはですね。私がいつも弓矢を扱うのに銃の練習もしているのと同じです。汎用的に扱える武器に関しては、いざという時の為に皆一通り使えるようになっておくよう言われているんです」

「そうなんだ」

「はい。そうですね、折角ですし加賀峰さんの練習を横で見学させてもらいましょうか」

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