第3話 木場沢超自然生命体対策センター

 一台の市営バスが少ない乗客を乗せ、町はずれを走る。


『次はー、木場沢きばざわ超自然生命体対策センター前ー、木場沢超自然生命体対策センター前ー』


 放送を聞き、制服を着た男子高生が降車ボタンを押すと、バスから降りる準備を始める。

 膝上に広げていた書類をまとめてバインダーに挟むと、下に置いていた大きな鞄を肩にかけ、立ち上がる。

 彼の名前は、大宮光輝。

 高校二年生だ。

 腰まで届きそうな美しく長い黒髪に、綺麗に整った目鼻立ち。

 後ろで一つに縛ったその長い髪に目を引かれ、今どきどんな奴がこんなヘアースタイルを選んだのかと、車内の女性客達がその顔を見た瞬間。

 その美しさに思わずほうっ、とため息をつく。

 それほどまでに彼は魅力的な顔立ちをしていたのだ。

 切れ長の目元にスッと通った鼻筋、顎の輪郭の形もよく、その今どきあまりしないような髪型も、彼にはとても似合っていた。

 だが、


「うわっ! っと、ととと、って……あ痛ぁっ!」


 バインダーを落としかけ、慌てて手を伸ばすと今度は鞄が肩からずり落ちて、それを止めようと動かした手が椅子に思いっきりぶつかる。


「いっつぅ…………。あ、あはは、すみませんすみません」


 思わず大きな声を上げてしまった事を謝りながら、へらへらと情けない愛想笑いを浮かべて、ペコペコと頭を下げる。


『大丈夫ですよー。お客さんが降りるまで待ちますからー。落ち着いて下さーい』


 バスの運転手が慌てる光輝にそう言ってくれる。


「あ、すみません、ありがとうございます」


 再度ペコペコと頭を下げる。

 その様を見て乗客達がはぁ~、とため息をつくと、興味が無くなったように皆一斉に視線を逸らした。

 光輝がバスを降りた後、すぐ目の前に建つ木場沢超自然生命体対策センターの中に入って行く。

 町はずれに建っているだけあって敷地的にも余裕があり、建物は大きい。

 廃校になった高校を買い取り、改装した物なのだとか。


「あら光輝君。お疲れ様」


 中に入ると受付にいるお姉さんが光輝に微笑みかける。


「お疲れ様です、林田はやしださん」


 光輝も笑顔で挨拶を返した後、鞄からスマートフォンみたいな携帯端末を取り出し、画面にタッチして情報検索しようとする。


「202会議室よ」

「あ、そうでしたっけ」

「ええ。皆もう集まってるから、早く行ってあげて」

「はい、すんません。ありがとうございます」


 頭を下げた後階段を上がり二階へ行く。

 そして、立ち止まる。


「荷物……は、後か。皆待たせてるしね」


 そう言って鞄を肩にかけ直すと、教えてもらった202会議室とプレートのかかった部屋まで行き、ドアを開く。


「皆ー、待たせちゃってごめんねー」


 中は改装前の物そのままな、教室サイズの広さだった。

 だが机と椅子は折り畳み式長テーブルとパイプ椅子に変わっていたり、内装は違う物になっている。


『お疲れ様です!』


 光輝の姿を見て中にいた何人かの者達が立ち上がり、挨拶を言った。


「はい、お疲れ様ー」


 光輝が手を上げると立ち上がった者達が着席し、光輝は黒板の代わりに設置されているホワイトボードの前に立つ。


「皆……うん、揃ってるね。じゃ、定例会議始めようか」


 部屋の中には光輝を除くと五人の人間がいた。

 いるのは皆少女ばかり。

 高校生が四人に、小学生が一人。


「と、会議の前にちょっとお話ね。まずはっきり言っておきますが……。ここ大宮隊は、あくまで腰かけチームです。長くいつまでも居座る場所じゃありません。新人さんや、一時的に所属チームが決まらない人が入り、然るべきタイミングですぐに抜けていく場所です」


 言いながらジーッ、と光輝が一人の顔を見つめる。


「………………」


 だが見られている少女は、くち、くち、とつまらなそうな顔でガムを噛みながら光輝の視線を無視する。


「はぁ……」


 仕方なくもう一人、今度は別な少女に視線を向けるが。


「~♪」


 その少女も光輝の視線を無視。

 楽しそうに鼻歌を歌いながらパシャ、と光輝の事をスマフォで撮影して喜んでいる。


「……ねぇ、聞いてるかい? 君ら二人の事だからね?」


 くち、くち、くち……。

「~♪」


 無視だった。


「…………はぁ~……」


 ため息をつき、疲れたように額に手を当てる。


「……ではまず、連絡事項ですが――」


 一応気に留めておいてほしい、程度の彼女達には直接関係が無いような事がいくつか伝えられる。


「……あとはー、そうだな。今風邪流行ってるみたいだから気をつけて。家に帰ったら手洗いうがい。あとこれ何気に重要だけど、睡眠はちゃんととる事。疲れてるとそれだけ風邪をひきやすくなっちゃうからね。……うん、俺からの報告は以上かな。じゃあ次。皆から何かある?」

「はーい」


 先ほど光輝をスマフォで撮影していた少女が笑顔で手を挙げる。


「無いみたいだね。じゃあ今日も一日、」

「はーい。はいはいはーーーーい」


 元気よく手を挙げ続ける。


「……じゃあ、加賀峰さん」

「はい!」


 少女が立ち上がる。

 彼女は高校一年生の、加賀峰かがみね芳香よしか

 セミロングヘアを揺らしながら、ニコニコと笑顔で光輝の事を見る。

 着ているのは高校の制服だが、下に変な柄のタイツを履いている。

 性格は明るく素直でいい子なのだが、ただ一点、敬語の使い方がどこかおかしい。

 体育会系という訳でもないのだが、会話の語尾によく『っす』が付く。

 しかもその『っす』の付くタイミングもちょいちょいおかしい。


「質問なんすけど」

「うん」

「私隊長の事すっごく好きじゃないすか。どうしたらその私の想い、受け入れて貰えるっすかね?」

「………………」

「隊長今彼女いないじゃないっすか。なら私とでもいいじゃないですか。……あ、そうだ。ならせめて、隊長の女の子の好み教えてくださ――」

「はーい、じゃあ皆。今日も一日、よろしくお願いしまーす」

「あ、ちょ! 隊ちょ、」


 強引に話を終わらせる。


「ちょっと待って。それ私も気になる」


 だが失敗した。


「宮本さん!?」


 続いて手を挙げたのは、芳香と同じく高校一年生の、宮本みやもと鈴子すずこ

 フェアリーボブの鋭い目つきをした少女。

 先ほどガムを噛んでいたのは彼女だ。

 彼女は敬語がおかしいどころか、敬語をそもそも使わない。

 一応彼女基準で使うべき相手というのもあるらしく、絶対に使わないという訳でもないのだが、少なくとも同じ未成年同士だと今の光輝に対してのように相手が先輩でも使わない。


「あんた達。ちょっといい加減にしなさいよ」


 そこで怒ったように言ったのは、木田きだ勇気ゆうきという少女。

 光輝と同じ高校二年生で、芳香と同じ位の髪の長さだが、こっちは色を茶色く染め、髪をヘアピンで留めていた。


「大宮君困ってるじゃない」

「……チッ」


 鈴子が舌打ちをする。


「ちょっと、何今の」

「あ、あのさ、木田さん」


 光輝が慌てる。

 勇気と光輝は同じ高校に通い、同じクラスに在籍するクラスメイトだった。

 彼女は見かけによらず真面目で面倒見のいい、所謂委員長タイプの人間で、こういう時に注意をするのはいつも彼女だった。


「えー、何他人事みたいな事言ってるんすかー。木田さんも気になってるっすよねー?」

「……気になってるって何がよ」

「何って、隊長の好きな女の子のタイプの事っすよ」

「なっ!? な、なな、なんで私がそんな事」

「えー? だってー、木田さんも隊長の事、好――」

「ストーップ! 突然何言いだすのよ!」

「木田、声が大きい。うるさい。気にならないならいいじゃない。会議は終わったって隊長が言ったから、木田はもう出て行っていいわよ」

「は? 何よそれ」

「だって気にならないんでしょ? じゃあもう出て行けば? ここにはそれが気になる人だけが残って話の続きをするから。ほら、隊長の女の子の好みに興味が無い人は訓練に行っていいわよ。それなら誰にも迷惑はかからないし、文句を言われる筋合いも無いわ」

「あ、あんたねぇ……」

「あのぉー……さ、皆? あのさ、そのー……」


 光輝がおろおろする。

 話題が話題なので、あまり強く出られない。


「じゃあこうしましょう! ここは胸の大きさで発言権が決まるって事でどうっすか!?」

「「あんたいつも最後はそれね!」」


 芳香がドヤ顔で言う。


「さ、どうっすか?」


 自慢げに胸を反らすと、確かに彼女の胸は大きかった。


「…………ぐぅ」


 勇気も中々の大きさなのだが、芳香ほどではない。

 悔しそうに拳を握る。


「……………………」


 そして普通サイズの鈴子では、勝負にもならない。

 諦めて置物のように動かなくなる。


「…………あの」


 そこへ、ソッと小さく手を挙げたのは新たな少女。


「おや? なんすか? 千紗ちゃん」


 少女の名前は、せき千紗ちさ

 この場で唯一の小学生だ。

 彼女もまた芳香と同じ位の髪の長さで、光輝のように後ろ髪を一つに縛っていた。

 現在小学五年生で、身長は年相応の平均身長位なのだが、チーム内唯一の小学生だという事で、周りから必要以上に子供扱いされていた。

 だが本人はその事を嫌がっており、人から子供扱いされる度にぷくぅと頬を膨らませて怒る。

 その行動がまた幼く、更に子供扱いされる事になる。

 ちなみに彼女の胸は身長同様年相応で、特に大きいという訳ではない。


「加賀峰さんのルールだと……」


 そう言ってチラッと視線をある人物に向ける。


「青山さんにまず発言権があるんじゃないかと」

「な!?」


 芳香が狼狽える。


「え?」


 そして名指しされた少女が、自分に話を振られると思っていなかったのか、ポカンとした顔で皆を見る。


「……え? え? 私ですか?」


 やっと状況を把握すると、今度は顔を赤くして慌てる。

 彼女はあの、プールで光輝に助けられた少女、青山千夏だった。

 そして、彼女はそういう意味では間違いなくこの場で最強の戦力を持っていた。


「ぐぅ!」


 芳香が悔しそうに机を拳で叩き、椅子に座る。


「大型新人が入隊した事を忘れてた……!」


 勿論大型が何の事なのかは言うまでもない。


『………………』


 他のメンバーも黙り込み、千夏に注目する。

 群れの上下関係は決したのだ。


「え、あの、あの」


 困惑する彼女に、光輝が言った。


「青山さん。ほら、今日も一日」


 今こそチャンスだと、会議を終わらせる言葉を促す。


「あ、はいっ」


 言われてコクコクと頷く。


「み、皆さん! きょ、今日も一日、頑張りまひょう!」


『よろしくお願いします!』


 やっと定例会議が終わった。

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