前橋京一 ~炎の記憶
京一が仲間の
『草間千早を見張り、どんな
それはこの事件の根幹でもあり、そして草間を助けたい京一からすれば調べなければならないことだ。相手の情報を仕入れることで、その後の対応につながる。一足飛びに怪物を払うことはできない。一つずつ、確実に進めていかなくてはいけない。
その重要性はわかるのだが……。
「これは犯罪じゃないのか……?」
放課後、草間の後をつける京一は後ろめたさにそんなことを呟いていた。校門を出てからずっと、草間の後ろをずっと
「ストーカーだなんてひどい誤解なんだな。これはれっきとした怪物の調査。草間千早の日常にある変化を見て、異常を早急に発見するには仕方ないんだな」
「いや、ストーカーとまでは言ってないが……しかし同級生の尾行と言うのは……」
一人では不安だろうと則夫が京一に同行していた。妙に手慣れているのが怪しい。
「あ。家に帰る道からそれる。ボクが一度追い抜いて前後から挟むように尾行するんだな。ケータイは入れっぱなしでよろしくなんだな」
相手の行動に合わせて尾行のスタイルを変える手際のよさとか、特に。京一は不安になったが、見方によっては草間さんを解放するのに懸命になってくれていると取れなくもない。
『ボクはいつだって真剣なんだな! ……あ、コンビニに入った。出てくるまで角で待機するんだな。鉢合わせすると面倒なんだな』
「やっぱり犯罪にしか思えない……」
ため息をつき、コンビニ前の角で待機する京一。輝彦から与えられた携帯電話を弄るふりをして、不自然ないように尾行を続けた。
「家までは特に変な事のない普通の学生だったんだな……。もう少しただれた部分があると思ってたんだが……惜しいんだな。もう少しアヤシい女子高生だったら……」
「……おい」
「違うんだな! そういった『乱れた』部分から怪物の推測ができるんじゃないかと思っただけなんだな。信じてほしいんだな!」
京一の声の圧力に両手を振って弁明する則夫。
「しかし家の中まで尾行するわけにもいかないし、今日はここで退きあげ――」
「ん? ここからが本番なんだな。僕は庭から見てるんだな」
則夫は草間の家の敷地内に入り、人間の姿を解除して樹木の姿を取る。八十センチほどのイチジクの木。庭を毎日手入れしているなら違和感に気づくが、そうでないなら気づかない大きさだ。
「すごい執念だよな。それは感心した」
「何言ってるんだな。前橋クンも神子の力を使えばいいんだな」
「神子の力? そんな親かもわからないのに……」
「そうかもしれないけど、
そういうものなのか。怪訝になりながら京一は則夫の言葉を反芻する。それが自分の
『炎……そうだ、この炎は』
京一の視界に炎が写る。それは京一にしか見えない炎。その炎の中に何かが見えてくる。
『……炎の中に何かが見える。これは……草間の家の中……?』
炎が見せるのは、草間千早の姿。それは畳の上で亀のようにうずくまっていた。それを無理やり立たせる男がいる。男はそのまま草間の頬を叩く。遠慮のない一撃に草間は吹き飛び、力無く崩れ落ちる。
「なんだ、これは……!」
叫ぶ京一。それは炎に対してではない。いや、炎も確かに不思議な体験だが、京一が言いたいのはそこではない。そもそも、草間が受けている暴行をなんというかは知っている。
母親はそれを止めようとはしない。暴力を振るう父から離れ遠くから見ていた。何もできず泣き崩れて、父の暴行を恐れていた。
父の暴力が振るわれるたびに、草間に憑いている何かは、黒く冷たい波動を発していた。それに気づかず父は暴行を繰り返し、最後に娘を引きずって家の外にある物置に入れて鍵を閉める。怯えて扉を叩く娘を無視して家の中に入った父は、母に命じてビールを用意させた。
「あいつ……!」
「酷い父親なんだな。でもこれでとり憑いている怪物は理解できたんだな。いや、あれは神の
「え? なんだよ、草間を助けないのか!?」
感知した状況から、怪物の内容を誰何する則夫。用は果たしたと退却しようとするセリフに、京一が反対するように叫ぶ。
「今助けても根本的な助けにならないんだな。むしろ相手に気づかれる恐れがある。怪物退治の為にああいった小事に関わる余裕は……っておおい!?」
則夫の言葉を最後まで聞くことなく、京一は草間の家に走っていく。その倉庫に近づき鍵のかかった扉を開けようとして――
そこからは警察がやって来ての大騒ぎとなる。京一は警察で草間家の家庭内暴力を訴えたが、家族全員がそれを否定したという。証拠もなく、どうやって知ったかも証明できないため、法的に京一の立場は不利なものとなった。
結局、京一は次の日の朝まで拘束されることになった。
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