冒険フェイズ ~第一サイクル

飛山則夫 ~先ずは英気を養わなければ

 草野千早に憑依した怪物モンスター。その正体は知れず、時が経てば怪物は力を得て極寒の世界を生むという。

 唯人にはそれは感知できず、ただ怪物の物語ストーリーのまま、周囲の人間は傷つけられるのみ。

 それに対抗できるのは神なき世界において神子アマデウスのみ。そう、神の血イコルを体内に宿す者のみが怪物と対抗しえるのだ。

 現在この街で神の血を保有しているのは五名。その内四名は一カ所に集っていた。そう、京一、輝彦、光正、則夫の四名である。

 彼らはこの状況で何をしているかと言うと――


「つまり神話は実在して、その神様の子供の事をアマデウスというのか?」

 パンをかじりながら京一が教えられたことを復唱する。京一が知るパンはコンビニが主だが、それとは違った味わいがある。作って間がないという事だが、ここまで違うものなのか。

「うむ。半神デミゴッド英雄ヘロスとも呼ばれるがな。ともあれ神子はその親神に応じた恩恵ギフトを使えるのだ。逆に言えば君の恩恵が分かれば、そこから親のことが分かるかもしれない。それはそれとしていいビールだな。エーギルの物と比べてもいいほどだぞ。おかわりだ!」

 輝彦がビールジョッキを片手に説明を補足する。エジプトのビールと聞いて最初は怪訝な顔をしていた輝彦だが、気持ちよさげにお替りを要求する。

「そして怪物と言うのはそういった神話の中に登場した者たちでござる。彼らは神去りしこの世界でその物語に応じた災厄を引き起こす。それらは神話災害クラーデと呼ばれている」

 そして怪物に対する知識を追加で説明する光正。強烈なにおいのするボラを塩漬けにしたくさやフェシーフを平気な顔で食べながら、日本酒を飲む。

「その怪物は今のところその子に取り憑いているだけの状態だけど、いずれ広い区域に自分の世界を作ってその物語の舞台を作るんだな。その世界のことを絶界アイランドって呼んでるんだな。ほい、料理追加なんだな」

 鶏のケバブシーシュ・タウークを運びながら、則夫が説明を継ぐ。これらエジプト料理は、全部則夫が作っていた。それはハトホルの慈愛の力を込めている料理。ただ休むよりは、はるかに体力が回復するだろうハトホルの恩恵がこもっていた。

 ここは輝彦が(正確には彼の所属する神統主義者テオクラートが)用意したマンションの一室だ。活動の拠点として使うため用意された一室で、四人は則夫の作った料理を食べながら現状の確認をしていた。先ずは京一の為に神子と怪物の説明を中心に。

 京一はある程度納得したのか、次の段階に話を進めることにした。現状、彼にとって一番重要な懸念だ。

「それで、どうやったらその怪物から草野さんを助けることができるんだ?」

「それはわからん」

 あっさりと答える輝彦。だがそれが事実なのだ。

「あの娘ごと怪物を斬ってしまえばいいのではござらんか?」

「それは愚手だな。例えばあの娘ではなく、娘の持ち物に憑依している可能性がある。怪物がどう憑依しているかによって対策を変える必要がある」

 光正の提案を却下する輝彦。その態度に複雑な表情をする京一。不信に近い感情を抱いていた。

「つまりあの子のことを調べる必要があるんだな。怪物に取り憑かれたことに、もしかしたら理由があるかもしれないんだな」

「ああ、しかも悠長にはしていられない。彼女を殺してでも怪物を退治しようという神子がいる。アテナの執行者だ」

 則夫の言葉に頷きながら輝彦は迫る脅威について説明する。

「アテナは自分に逆らうものに対しては厳格な処罰を与える。この娘に対しても同じ態度をとるだろうな」

 神話においてメドゥーサは『自分の髪はアテナより美しい』と言っただけで、アテナはメドゥーサの姿を身の毛のよだつほど醜い姿に変えたという。その髪の毛全てを蛇に変えてしまうほど徹底的に醜く。

「うん。それだけプライドの高い女神の使いなら、やりかねないんだな」

 則夫が同意するように頷く。

「ほう、音に聞こえたアテナの盾アイギス。どれほどのものか試してみたい」

 光正はむしろ喜ぶように杯をあおる。その瞳には酔いとは別の澱みがあった。

「……つまり、時間はそう多くないと見ていいんだな」

「ああ。それまでに怪物の正体を探り対処法を考えねばならん」

 京一の言葉にビールを飲み干して輝彦は言う。これで休憩は終わりだとばかりに立ち上がる。

「皆、ハトホル様の作った料理は美味かったみたいだな。よかったんだな」

「うむ、飛山殿の料理、体の芯まで暖まるようでござる。埃及エジプトの慈愛の女神に感謝。ご馳走様でした」

 両手を合わせて頭を下げ、光正も立ち上がる。食器を片付けた後に則夫も出発の準備を始めた。

(……神子、恩恵、絶界、神話災害……わからないことばかりだけど……)

 京一も立ち上がり思いにふける。未知の世界に足を踏み入れ、わからないことだらけだ。だが、やらなければいけないことはわかる。

(草野さんを助けなきゃ。……俺にはそうする事しかできないんだから)

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