マスターシーン

神山詩織 ~アテナの執行者

 執行者。

 それは神々に強く認められた神子アマデウスを指す。より深く神に愛されて強力な力を望んだ存在だ。

 ただ力があるだけではなく、執行者になると強く願った者が成ることができる神の子。だがそれは強い加護を得ると同時に、強い制約を受けることになる。神に愛された者は、長生きできないのだ。

 それは短命を運命づけられることでもあり、愛する子を自分の元に置いていきたいという神の我儘という事もある。その為、それを望む神子は多くない。人であるなら、現世に未練があって当然なのだ。

 執行者が短命であることを知ってなお、神山詩織かみやま・しおりと言う少女は執行者になることを望んだ。アテナの血を受けた責任感。それにより得た力でもっと多くの人を助けることができるという思いからだ。

 彼女の神子の友人はその判断を惜しみ、しかし彼女の性格ゆえ仕方ないと受け入れた。遠くない別れを惜しみながら、しかし詩織の選択を尊重したのだ。

 そして詩織に使命が下る。アテナの執行者として、世を乱す怪物モンスターを討つために。


草野千早くさの・ちはや? その人に怪物がとり付いているのですか?」

『はい。今は人に取り憑いての悪事ですが、いずれは絶界アイランドを形成します。そうなれば多くの死者が生まれるでしょう』

 場所は大理石の柱が並ぶアテナの神殿。そのアテナの前に膝をつき、執行者である詩織は神からの命を受けていた。受けた任務は『怪物を討て』だ。

「その怪物の憑依を解く方法は?」

『残念ですが今のところは』

 詩織の問いに首を振るアテナ。それは現段階では草野を救う手段はない、という事だ。そしてその上で任務の変更はない。それは最悪の場合、その少女ごと怪物を討て、という事だ。

『辛い任務を負わせることはわかっています。ですがまだ憑依を解く方法がないと決まったわけでは――』

「……はい。わかっています」

 重々しく頷く詩織。怪物の跋扈は許されない。それは多くの人間を犠牲にすることと同じなのだ。犠牲にになる人数が少ない残したことはない、と割り切れるほど詩織は若くはないが、それでもやらなければいけないこともある。

『それと――怪物の周りに神統主義者テオクラートが現れるという予言が』

「……神統主義者ですか」

 詩織の心の重さがさらに増す。

 神統主義者と神子。それは基本的に対立する。それは神に対する考えの違いだ。

 現世を人間に任せて去った神を善しとし、その補助を行う神子。

 現世を去った神を復活させて、神々の支配を求める神統主義者。

 彼らが対立するのは必然だった。

 だが、彼らは思想の違いを除けば、神の血を受け継いだだけの同じ人間なのだ。

 人と人が戦う事の虚しさ。思想の違いで対立し、命を奪うことの愚かさ。それは有史以来続ていることとはいえ、出来うることなら経験したくないことだ。

 詩織とて神統主義者と相対したことはある。勝利して苦い思いをしたことも、だ。

『シオリ、辛いのでしたらこの仕事は……』

「いいえ、大丈夫です」

 胸の奥の重さを抱えたまま、気丈に顔をあげる詩織。

「最後に教えてください。草間千早はどんな怪物に憑依されているのですか?」

『はい。彼女は――』


 その数時間後、詩織は千早の住む街にやってくる。先の四人に遅れる事、半日。どこかの学校に制服を着て、颯爽と街を歩いていた。

「神統主義者は三人。あとは謎の神子が一人。……怪物の事を探っているみたいね」

 神統主義者は神無き現世に不満を持ち、怪物を活性化させることもある。あるいはその力を自分のモノにすることもある。どうあれ、放置していい相手ではない。

「いいわ。邪魔立てするなら纏めて相手してあげる」

 胸の奥のを吐き出すようにため息をつき、詩織は街を歩きだした。

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