飛山則夫 ~母の愛を求めて

 飛山則夫とびやま・のりおは、イチジクの木から人間になった神子アマデウスである。

 意外と思われるかもしれないが、イチジクは頑健で病気にもなりにくいため、過湿と低温に気を付ければ都会でも育てることができる。鉢植えで十分実を結ぶことができる植物なのだ。

 都会のマンション。その鉢植えの中で実を膨らませていたイチジクの木。

 そのマンション内で獣型の怪物モンスターが現れる。その事件自体は神子達の活躍で解決したのだが、そこにあった鉢植え全てが戦いの際に倒れてぐちゃぐちゃになっていた。

『神々の戦いに巻き込んでしまい、申し訳ありません』

 そんな状況の中、一人の女性が現れる。褐色の肌に牛の角。優しく差し出した手がイチジクの木を拾い上げ、抱き寄せる。

『命があるのは貴方だけ。せめて貴方だけでも助けることができれば……』

 そう言って、その女性はイチジクの木に自らの血液を捧げる。それは神の血イコルと呼ばれる神子の力の源。それを宿すことでその神の恩恵ギフトを使うことができるという。

 その神の名はハトホル。エジプトの中でも最も慈愛に満ちた女神。

 神の血を受け、神子としての知性を得る。植物の時ではありえなかった五感。それは則夫にとって感動を与えた。初めて立った足。動くことのできる素晴らしさ。植物であった自分ではできなかった事が、今ならできる。

 開いた瞳で、自らに新たな感覚を与えてくれた女神を見る。優しくほほ笑むその姿。こちらに差し出す指の美しさ。そして何よりも母性を示すその――


「ああ、あのおっぱいをボクは一生忘れることはないんだな!」

 ハトホルの子、飛山則夫。それは立派な巨乳主義となっていた。どこか丸みを帯びた体形。年齢で言えば二十歳には届かない青年の姿。

「違うよ、ただ巨乳だったらいいんじゃないんだな。確かに巨乳であることはいいことなんだな。おっぱいは自然が生み出した思考の芸術なんだな。あの円球形、あの弾力、あの包容力。まさに非の打ちどころのない芸術品……否、神の創造物!」

「確かに人間は神が生み出したものだから、その感想は間違いじゃないわね」

 答えたのは同じエジプト神群トトの神子だ。眼鏡をかけて本を読みながら、クールに返事をする。名前は――

「胸が平均値以下の女の名前などどうでもいいんだな。とにかくハトホルの子として生を受け、これ以上の感激はない!」

「……さっきから気になってるんだけど……貴方何と会話してるの?」

 微妙にかみ合わない会話に問いかけるトトの神子。胸の大きさを話題にされたこともあり、声に怒りが混じっている。眉をひそめて、睨むようにこちらを見ていた。

「人間には分らない大地の声、なんだな。兎に角、だ。素晴らしきかな我が母のおっぱい、とボクは言いたいんだな!」

「……マザコン」

「マ、マ、マ、マ、マザコンじゃないんだな! そっちこそファザコンじゃないか!」

「私のは健全な範囲での愛だからいいのよ。少し親友が引いてる程度だけど! 母の愛が高じて神統主義者テオクラードになろうとする人によりマシよ!」

 ――そう。飛山則夫は神統主義者である。母への愛が高まり、その愛を受けるために神に再降臨してほしい。肉体を持って抱きしめてほしい。その為だけに神子を裏切ったのだ。

 しょーもない会話に見えるが、これは神子と神統主義者の口論なのだ。同じエジプト神群であるトトの神子が説得に当たるよう言われ、渋々説得に出てきたのである。

「なにがしょーもないだ! とにかく愛する人に抱きしめてほしいというのは実に人間的な考えだと思うんだな! キミだってお父様に頭を撫でられたくないのか!」

「う……! いいえ、当人の意志を無視しては意味がないわ。相手のことを思いやるのも愛よ。お父様はNPC協力者扱いだから関係の種類はこちらが決めるんだけど」

 一瞬揺れたトトの神子。よくわからないメタ発言をしながら相手を説得しようとする。

「そんなことでボクは満足できないんだな……! あのおっぱいの前には全ての論理は崩壊するんだ!」

 その一言を決定打として、則夫は背を向ける。当人以外には決定打どころかただの肉欲エロじゃないかとしか言えないのだが。

肉欲エロじゃないんだな! ボクはハトホルの愛を得るために神統主義者になるんだ!」

「だから誰と会話してるのよ……」

 呆れるようにトトの神子はため息をつく。説得は諦めた、と言外に告げて……最後に聞いてみる。

「……で、どうするのよ。具体的な案があるの?」

「ない。だけどあちらに巨乳の香りがするんだな」

 うわ気持ち悪い。嫌悪感を隠そうとせずトトの神子は表情を歪めた。早くのたれ死ねばいいのに。

「のたれ死ぬことはないんだな! なぜならボクは神に愛された子だからだ!」

 

 そして則夫は、極寒の絶界を作り出すと言われた怪物が要る街にたどり着くのであった。

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