山本光正 ~血に濡れた道

 ある日、一本の刀が打たれた。

 折れず、曲がらず、よく切れる。日本刀と呼ばれる刀の強さを忠実に守って作られた刀。素材は砂鉄が原料の玉鋼。熱して平たくし、折り重ねてまた打つ。何度も、何度も、何度も。それにより強靭さを増した物を棒状にし、刀としての形を整えられる。その後冷やされ、粗削りの後に銘を入れられる。

『光正三日月』……そう銘を受けた刀は、しかし世に出る前に鍛冶士が亡くなり、世に出ることはなかった。蔵の中で静かに、誰にも忘れられたままであった。

『おお、憐れ也。せめて世を知るための体をやろう』

 それを憐れんだヒノカグツチが神の血を捧げ、命を与える。その礼を返す為に、光正は打ってもらった鍛冶士の苗字を名乗り、神子アマデウスとして活動を開始するのであった。

 この日、山本光正やまもと・みつまさは産声を上げたのだ。


 人の世を憂うヒノカグツチの命に従い、光正は怪物モンスターを倒す刃となっていた。自身を焔に包みながら切れ味を増し、手にした武器を己の中に取り込んで切れ味を増す。そういった戦い方で光正は怪物を狩り続けていた。

 いつしか知り合いの神子も増え、仲間と呼んでも差し支えない者も生まれる。出自を騙っても差別されることはなく、むしろその出自故に頼られることも多かった。そういった人との触れ合いで心と言う存在が深まり、優しい性格になっていく。

 そしてそれゆえに悲劇が起きる。

 事の起こりはヒノカグツチの伝承を知ろうと思ったことだ。それを聞こうとすれば、誰もが目をそらし口を紡ぐ。鍛冶と炎の神であることは教えてくれるのだが、それ以上のことは詳しくは教えてもらえなかった。同じヤマト神群からは、特に。

 然もありなん。ヒノカグツチは神産みで生まれた最後の子。炎の神であるヒノカグツチを生んだことで母親の伊邪那美イザナミは火傷で亡くなり、その怒りで父の伊邪那岐イザナギに殺されたのだ。

 その物語エピソードに、心優しい光正は耐えられなかった。生まれてすぐ闇に葬り去られた自分自身と父を重ねてしまった。自分は父に助けてもらったが、父は誰に助けてもらえるのだろうか?

 そうして殺されたヒノカグツチの死体からも神が生まれ、この世界が作られたという。なんだそれは。光正の怒りはこの時頂点に達する。許せない。この世界が許せない。父の犠牲によって生まれた世界で享楽に興じている者が許せない。覇権を争うやつらが許せない。全て斬り伏して、父以外の存在を焼き尽くしてくれよう。

 その日から山本光正は神統主義者テオクラートとなった。父以外の物を斬り尽くす熱き刃となる為に、修羅道に進む。


「山本ちん!」

 声をかけてきたのはアマテラスの神子だ。名前は確か、諏訪とかいったか。

 振り返る光正。黒い髪を背中まで伸ばし、紺色の和服を着たどこか線の細い青年男子の姿。それが神子としての光正の姿だった。

「済まぬ。これ以上同じ轡を並べることはできん。理由は十分に語ったはずだ」

「ヒノカグツチはそんなことを望んでない――」

「笑止! 無残に親に殺されてそれを悔いぬものがあろうものか! 否、そもそも父神と会話をしたことのないお主にそれを知れようか!」

 交渉しようとする諏訪の言葉を、一刀両断とばかりに切り捨てる。諏訪はそれ以上の言葉を重ねることができなかった。事実、ヒノカグツチはどこか憂いを含んだ表情をしている。表向きは神の子を奨励しているが、受けた仕打ちを思えばヤマト神群にいい思いを抱いていないのだろう。

「もはや道は交わらぬ。汝を切らぬのは、今までの義理故。だがこれ以上某の道を止めるというのであれば、諏訪殿と言えども切り捨てる」

 鯉口に手をかけ、強く拒絶する。そのまま背を向け歩き出す光正。

 向かう先は闇。全てを切り裂く焔刃となるべく、修羅の道を突き進む。


 そして極寒の絶界アイランドを生む怪物の事を知る。そしてそこに集うであろう神子達の事を。

 それらを斬れば、さらなる強さを得ることができるのだろう。

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