第六夜 タルテの名

あるとき、ある場所に一つのむらがあった。

その邑に私はいた。そしてタルテも。

二人は仲がよかった。他に子供の姿がなかった所為かもしれない。

共に草原くさはらで遊び、雨の日には藁を編んだ。

ともあれ、二人は仲がよかった。

しかしタルテは消えてしまった。あの黒い連中に攫われて。

私は追った。どこまでも、いつまでも。


いつしか私は多くのことを知った。

多くのものの名、その形を。

そして見つけた。

タルテ、その姿を。


タルテは名前を失くしていた。

攫われたのは、その身分の所為。

貴い血筋の孤児みなしごは貴い血筋へ返された。

黒い連中に連れられて、途中で名前を落っことした。

彼女は今や城主の娘。図書館が遊び場。

なぜなら仲間がいないから。

冷たい石の家の中、名前を呼んでくれるひともいない。

だから本を読む。奔放までに。わがままに。

難しい学術書も。

二世紀も鍵の掛かったままの秘密の本も。

自由に読める、やさしい御伽噺も。

今や一月に七十と五冊。

今日もここへは遊びに来た。

そこで出会った。あの旧い、見知らぬ友と。


私はそこで彼女と出会い、名前を付けた。

あの旧い友人の名を。

そして彼女は新しい名を手に入れた。

古く懐かしい名と共に。


 わたしには名前が無い。皆は「お嬢さん」と呼ぶけれども。

 一度も名前で呼ばれたことが無い。

 きっとそれは名前が無いから。

 どこか遠くへ落としてきてしまったから。

 あなたはわたしを何と呼ぶ?

 あなたならわたしのことを名前で呼んでくれそうだから。


 私もそう思う。

 私ならあなたに名前をあげられる気がする。

 だから躊躇ためらうことなくその名を呼ぼう。

 私の旧い、懐かしい友よ。

 あなたの

 名は


タルテ!


               (起床)

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