第五夜 ものの話

 月も見えない暗い夜、石塀と垣根とに二重に囲まれた家が、ぽつんと建っている。木造の小屋のような古びた家である。山の中だろうか、非常に寂しいしずかな土地だ。私はそこに独りで平穏に住んでいた。筈だった。

 ある時「もの」が家に出た。侵入はいってきたのではない。何処からともなくいてきたのだ。

 黒くうねうねヽヽヽヽとしたそれは、蚯蚓みみず蛞蝓なめくじを足して二で割らずに其の侭にしたような、不気味な「もの」であった。

 不定形で、触覚もなく、頭も尾もなく、大きさも大小様々で、「それ」とか「もの」とかとしか言い様のない、生き物であることすら不明な妖物であり、私はそれに「もの」と名付けていた。

 最初に「もの」は箪笥たんすの下に涌いた。其の後、二匹であったのが少しずつ増殖し、我が家を侵食していく。

 しかし彼等の様子を伺うに、不図ふと、私はあることに気が付いた。彼等は水に弱い、と。

 案の定、水を掛けると「もの」はびくりヽヽヽとして不気味に固まった。

 だが、そうこうしているうちに「もの」どもは加速度的に殖えていき、最早もはや水など焼け石になんとやらで、「もの」はまさしく、冷めやらぬ焼け石のように増殖し、やがて家中を海の如く満たしていった。

 私は窓枠につかまって、必死の思いで「もの」をけていた。手にしていた「もの」を遠ざけるための水は、既に無い。

 「もの」は一つの生き物となったように——実際、一匹一匹が融合する様を見た——波打ち、うねり、影のような体で私を捕らえようとする。

 驚破すわ喰らわれん!というところで、何故か「もの」はすっヽヽと引いていき、吸い込まれるかのように消えてしまった。

 私は「しめた」と思い、外に出て床下を探る。何もいない。

 ——結局、家ごと燃やすことにした。火をつけて回っていると、何事かと人々が大勢来る気配がした。石の塀が囲んでいるので山火事にはならないだろうが、面倒事を敬遠して私は去った。

 結局、「もの」が何で、何処から来て、何処へ行ったのか、不明なままである。


               (起床)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る