第四夜 擬人物語

 機械の人間たちが洞窟を歩いている。その洞穴ほらあなと謂っていい今にも崩れそうな、炭鉱にも似たあなを、また炭鉱夫に似た男たちが列を作って歩いている。時々、砂がぱらぱらと頭に掛かる。

この世界には生身の人間はもうヽヽいない。かわりに見た目は人間とほぼ変わりない、擬人ひとににたものたちが我物顔で跋扈しているのみだ。

ある二人の男がいる。階級制でもあるのだろうか、多くの人をしたがえている。

ひとりは人々の信頼を得て、この洞窟の探検をまかされ、もうひとりは実力でのしあがり、独自に調査をしている。

前者を白、後者を黒とでもしようか。この二人はことあるごとに反目しあい、お互いに邪魔しあいながら、あなの整備を進め、奥へ奥へと入って行く。

あるとき「白擬人」は洞窟内を描くことを思い立ち、でき損ないの地図のような絵を書き出す。するとやがて、坑内に女が後ろを向いて椅子に腰掛けているのが見えた。白擬人は忽然と、

「彼女ハ私ノカツテノ妻ダ。」

 と思い、絵には描いたものの、その後、描くのをふっつりとやめてしまう。彼女を描いた絵で女は、黒い髪、影のように真っ黒い表情の無い顔、そこだけが白い目でこちらを振り返っている。

 「黒擬人」の方はといえば、白擬人のあとをついていくだけのようだ。それも明白地あからさまな邪魔をしながら。例えば白擬人を突き飛ばしてみたりなど。

無論、白擬人もやり返す。天井をつついて落とした砂を黒擬人に引っ被らせたり、その砂を実は自分も被っていたりなど。どうも二人の嫌がらせは幼稚なようだ。

また、この洞窟の先には『願いを叶えるもの』がある、ということが何となく判ってきた。

…いつしか見えてくるものがある。黄金で囲まれた部屋だ。正確には金の器や冠といった宝物が、所狭しと並べられている場所である。その部屋には、入ってきた道の他、三つのみちが備わっていて、何かのスイッチへと、夫々通じている。

どうやらこれらを切り替えない限り、『あれ』は取れないのだろう。白擬人と黒擬人は手分けしてスイッチのところへ行き、切り替えていった。

ふと見ると、部下たちが『あれ』のところで何か騒いでいる。咄嗟に頭に浮かんだのが『罠』だった。無知な部下たちなら、ああいう罠に嵌まるかもしれない。ただでさえ黄金や特に『あれ』には人の心を狂わせる力がある。盲目になってしまうのは考えられることだ。

「サワルナ!」

 と白擬人は焦燥あせってさけぶ。

そして騒ぎの場所に行く途中、小さな人形を見つける。ガラスケースに入っているものもあれば、無造作に置いているものもある。玩具おもちゃかな、と手にとって見ていると、隣の部下が、

「ソレハズット昔ニハ我々ト同ジク動イテイタノデス。」

 と謂い、白擬人はそれを聞いて、何だかとても悲しくなってしまった。我々もそのうち、こんなになってしまうのか、という思いが去来したのだ。この人形を笑うことなんて出来ない。猿がゴリラを笑うようなものだ。その悲しさを思いつつ、欲望から争っていたらしい部下たちのところへ歩み寄ると、

部下が一人、こわれていた。

もう何もかも厭になった。願いなんて叶えても、どうせ大したことなんて出来ないじゃないか、誰もが歴史に埋もれて、孤独に生きて孤独に死んでいく。それは当たり前のことだ。でも、それだけではさびし過ぎる。

「どうせ俺達は擬人まがいものだ!」

そういって白擬人は崩れ落ちる。心のなかにある牙城を突破されたような絶望によって。

 黒擬人はそれを冷たく、否、苛だちを以て凝視みつめる。お前はいつだって『いい顔』をしようとする。この偽善者め。という思いが表情に満ちている。

だが、白擬人はうす汚れた小箱に入った『あれ』に緩慢に近寄り、「願った」。

人間と、あの人形のようなものと、擬人たちが平等に仲好く暮らす、にぎやかで豊かな、そしてなによりしあわせな世界の在り方を。


               (起床)

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