第二夜 富豪と少女

 は夢を見き。

 池(或いは湖)在りて、當地の富豪なりきん是を買収す。付近の住民つねにはの池にや塵芥ごみを棄てむ故にか、みな反駁す。しかうして今にのみく棄つべきとて、蜘蛛の仔を散らすがごと奔走はしり去りぬ。

 さて、此處に至りて、をさなきながらも白面にしてらうたげなる——年紀としは十四、五なるか、頭髪かみは眞ツ直ぐな栗色、陽に綺羅〳〵と、ひどくつややか——一人の少女をとめ在り。皆と同一おなじく塵芥ごみを持ち來たるも、る天然への慈悲の心を起こしけむ(塵芥ごみと謂ふも、現代いまが如き大地つちに還らざるものに非ず、枝、糸屑、布の切れ端、鳥獸の骨などなり)、持ちたる枝はし木になどにつ。

 其處へ幾人いくたりかの者ども——人に化けたる兎の容貌かたちに見えたり——來たりて、汝は何をかしたる、と聞きたれど、少女をとめ氣付きづくなく、やがて過ぎ去りたり。

 兎人ヽヽらは挿し木なるものを知らざるに、是を拔きてみむとすれども、五、六尺をも差し込まれたる樹は動ぜず、次は強くしならせるも折れる氣配なきまゝ、やがて場面は溶暗。


 少女をとめは來たる、流れる川邊かはべ穿きたる腰布スカートは風のほこりに少々汚れたり。最前さつき二、三の、笠はあかみどり斑點まだらけれる、毒〻しいがぢつは非常に美味なるきのこを採りて、川邊に居り。ト、遠くからは富豪なりきん

「おゝい、此處で何をしてゐる、此處は俺の土地だぞウ。」

わめきて、渠は少女をとめの背負うかごの中身を盗み見て、

「む、む、む、其れは——知つて居るぞ、なんとか謂ふ、の旨い茸ぢやないか。小娘、惡いことは謂はない、大人おとなしく其れをンな此方こつちへ寄越せ。どうせ儂の土地からつたものだらう。さあさ、はやく。」

されど少女は、そのまゝ富豪なりきんの横を通り過ぎんとす。是は富豪なりきんに對し拒否の態度を示せるものならず、渠より向かふにの茸を見つけたればなり。富豪なりきんも其れに氣付きづき、急ぎ是を採らむとす。少女をとめもまた走りて、遂に先んじて是を採れり。

 而して、富豪なりきんには追い詰められたり。逃げむとすれども、河の在る反對はんたいぢつは斷崖が壁の如く聳え、また、その河岸を横斷するひろめの溝が何故か掘られてをり、行く手をさへぎりてけり。其の時、此の少女をとめからだ健康すこやかなれども氣はか弱きにやあらむ、果たして喪神きぜつし、河に落英はなぶさごと、ひら〳〵と落つ。

富豪なりきん周章狼狽あはてたすけを呼べど、豫人みならひつるこそ吾身わがみなれ。それ南無八幡と流れに飛び込む度胸もなければ少女をとめ驚破すはや大海の骸に、とや思さるゝところにて——溶暗。


 男はひとり林道を歩行あるきて、やがて大道へ出でむとす。其處へ女が二人、一人は二十五、六にもならう年增、もう一人は…花も恥らふ少女をとめなりけり。年增、男を呼び止めて、われこの少女を家へかへさむと思ふに渠單獨ひとりにては何とも心許こゝろもと無ければ、貴殿に頼みて少女をとめを預けむと欲したり、如何、と。男快諾す。

 其の途中、彼等は賊に襲はれたり。男は黙〻と是を蹴散らし、其の反對側には——此の話は夢の中なれば一〻いち〳〵の矛盾・非合理は在れど、そつと氣付かぬ振りをこそこひねがはめ。後の話も同一おなじき心構へにて——もう一人の少年在り、必死のていにて少女を守護せむとて闘ひぬ。

 賊の親玉にやあらむ、おほきなる男、隙を見て或る書類を奪ふ。少年是を取り返さむ、或いは、いつそ破棄せむと蹴りに蹴りたれども、親分は既に書類の中身を讀み終はれり。そして男に謂ふに、

「お前、此處に書いてあるのは何だ、おい、とんだ上客ばかりぢやねえか。エ、金額も無茶苦茶だい、只の用心棒ではねえな、通りでごはい。」

などて、急ぎ逃走にげ去りたり。さては男は只の親切心にて少女の護衞をしたるにあらず、の年增から金錢を受取りし、名實めいぢつたがはぬ用心棒ならむ、ト、此處でまた——。


               (起床)

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