魔法老婆トシコ

 わたしの住む街には邪悪な存在がいる。

 夜になると罪のない人を襲う醜悪な化け物だ。奴らが出現するのは公園か路地裏が多い。理由は分からないけれど、日中のオフィス街に現れることはなかった。

 シャイなのかな?

 なんて、呑気なことも言っていられない。今、わたしの目の前では会社帰りのOLらしき女性がうねうねとした触手に捕まえられているのだ。


「誰か、助けて!」


 女性の金切り声に、化け物は無情な答えを返す。


「グハハハハ、助けなんて来るわけがないだろう! このままお前を猫かわいがりしてやるー!」

「やめて! 猫かわいがりなんてしないでー!」

「抵抗しても無駄だー! 俺の猫かわいがりは群を抜いてるぞー!」


 女の人のピンチだ! わたしは魔法のコンパクトを片手に呪文を唱えた。妖精さんの魔法により目にもとまらぬ速さで変身が完了する。

 そして、わたしはゆっくりと化け物の前に歩み出た。


「――待ちなさい」

「なっ、お前はまさか!」

「そう、わたしはトシコ――魔法老婆トシコと申します」


 紫色が交じった白髪、ひらひらとした着物、顔に刻まれた深い皺は優しさと知性に比例する。


「くそう、縁側でひなたぼっこしてるような顔をしやがって……」

「ほらほら、女の人を離しなさい。いやがっている人を無理に猫かわいがりするのはよくないでしょう?」

「ぐあああ、孫に言い聞かせるような優しい声色はやめろ! 罪悪感でこの女を猫かわいがりできなくなる!」


 どうやら魔法説教が効いているようだ。わたしは愛用している座布団を召喚し、その上で膝を折った。化け物は一瞬呆け、それから「ひっ」と短い悲鳴を漏らした。


「こちらに来なさい」

「うるせえぞ、糞ババア! お前の命令に誰が従うか」

「あらあら、元気のいい子。でも、だめよ、くそばばあなんて汚い言葉を使っては……ほら、お菓子をあげるから座りなさい」

「うおおお、引き寄せられるッ! 独特のセンスによりチョイスされたお菓子に引き寄せられるッ!」


 化け物がよろよろと近づいてくる。その瞬間、どうやら触手による拘束が緩んだらしく、OLが地面に尻餅をついた。後は任せなさい、日本の経済は任せるから。そうアイコンタクトを送るとOLは小さく頷き、走り去っていった。


「さて……あなた、どうしてこんなことをしたの?」

「うるせえな!」

「いいこと? 女性に乱暴を働いてはだめなの。女性と仲良くしたいなら街に出て正面からいけばいいでしょう?」

「そんなの恥ずかしいだろうが! 大体、今はネットがあるんだ! 顔を合わせなくたって仲良くできるんだよ!」


 まったく、支離滅裂な言い訳をして。それとこれとは関係ないじゃない。わたしは呆れながら魔法により変形した携帯電話を取り出す。文字が大きく、操作がしやすいものだ。画面を突きつけると途端に化け物は寂しそうな顔をした。


「フォロワーが二百万人だと……俺の二百万倍じゃないか!」

「そう、でも、誰も本当のわたしなんて知らないのよ。あなたの一人はどうなの?」

「母ちゃんだよ……」

「あら、とても素敵じゃない。……あなたのアカウント、教えてくれる?」


 化け物はおずおずと、呟くように自身のアカウント名を告げた。わたしは即座に検索し、プライベートのアカウントで彼をフォローする。すると彼の持っているスマートフォンから産声のように温かい通知音が鳴り響いた。


「これで……二人ね」

「ばばあ……」

「トシコ、よ」


 化け物はようやく自分の罪を認識したようだった。項垂れ、涙を流している。わたしは微笑みながらひらひらとしたリボンがついている魔法のステッキを取り出し、お経を唱えた。神仏習合、魔法で尊い力が一つになり、化け物が纏っていた触手が剥がれていく。そして、現れたサラリーマンは気を失ってその場に倒れた。

 これで一件落着だ。本当は看病してあげたいけれど、ここに留まっているわけにもいかない。わたしは公園の藪の中に入っていき、呪文を唱える。纏っていた着物が光の粒になり、変身する前の姿へと戻った。


「ふぅ……」


 一息ついてコンパクトで顔を確認する。

 それにしても、どうして変身するとおばあちゃんになっちゃうんだろう。確かに化け物は愛に餓えていて、おばあちゃんから優しい言葉をかけられるとすぐに矯正しちゃうのが世の中の常識なんだけど……。

 腑に落ちないものを感じながら、わたしは家路を辿る。明日は朝からテレビのお仕事、それが終わったら学校だ。夜にはまた化け物が出るかもしれない。

 あーあ、三足のわらじを履くのも大変だなあ。

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