じゃんけんに熱狂する村

カスイ漁池

〈収束〉「それぞれの本気」

「かすみうめえ」と仙人は言った

 真っ赤な嘘である。かすみなんて食えるはずがない。

 そもそもかすみというのは現象だ。食用ではないのだから、俺が仙人であったところで栄養分として摂取することなど到底不可能なのである。

 だが、世間の目は厳しい。連日連夜、俺の住む山を訪れた心ない人々の「かすみ食えよ」という大合唱がやむことはなかった。


 神通力さえ使えれば、お前らなんてけちょんけちょんなんだからな。


 腹が減っていたために神通力を出せる気がせず、そう言ってやると人々は薄い笑みを浮かべてビニール袋に空気を掻き集め始めた。身構えたところに四方八方から口を縛られた袋が放られてくる。頭にぶつかり、ふわりと舞った袋を見た彼らは大袈裟に声を上げて笑った。


「お前のためにかすみを集めてやったぞ」


 なんたる愚弄だ。俺は悔しさのあまり、泣いた。家に帰り、神通力スマートフォンで「霞 食べる方法」と検索した。だが、神通力インターネットでは芳しい結果が出ない。漢字だとだめなのかと疑い、ひらがなで入力する。検索結果は変わらず、文字を付け足す。すると、いい店を発見した。

 検索ワードは胸の中だけに留めておこう。立派な仙人になるためにはさまざまな試験があり、内部情報を漏らさないよう協会側から徹底的に教育されるからである。


 山を出たのは翌日のことだ。神通力懐中電灯の電池が切れていたから仕方がない。俺は神通力徒歩で駅まで向かい、東北新幹線〈神通力〉に乗って東京へと出発した。

 東京は人が多い街だった。もしかしたら千人くらいいるかもしれない。無論これは仙人と千人をかけた非常にユーモラスなジョークである。俺くらいになるとこう言った冗談を言えるようになる。

 移動はもっぱら電車だ。中央線の乗客は仙人が珍しいのか、じろじろと俺を見つめてきた。まるで天狗でも見るかのような目つきだ。まったく失礼ではないか。天狗と一緒にされるのは堪らない、仙人と違って天狗など存在しないのだから。


 目的の駅に到着し、徒歩で、あ、神通力徒歩で少し進むと目当ての店を発見した。洋風の外装で外にまでよい香りが漂ってきている。俺は一切の躊躇なく、扉を開いた。夕飯時だからか、客はそれなりにいる。忙しそうにしながらウェイターが近づいてきた。


「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

「はい、予約していた仙田寛人です」


 仙人と千人をかけたジョークは使うことができない。なぜなら迷惑になっちゃうからだ。仙人にはそういった常識と配慮が必要なのである。


「仙田さまですね」


 若いウェイターはきびきびと動き、俺を席まで案内する。注文は予約するときに伝えていたため、彼はすぐに厨房へと向かっていった。

 胸が高鳴り、そわそわと料理の到着を待つ。

 待ちに待った瞬間が来るまでそう時間をかからなかった。目の前に置かれた皿に歓声を上げるのを堪えて、フォークを手に料理を口へと運ぶ。


「いかすみうめえ」と俺は言った。


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