日常
ランタンを持たされただけでドクの家から締め出された僕たちは、小さな傘一本を二人で使って、仕方なく硬い草を踏みしめて歩き出した。ランタンは足元を照らすのには不安だったけど、言葉の通じないレベッカに方向を示すくらいの役には立って、僕もレベッカも肩を半分ぬらしながら、最初はなんとなく腕が触れないような距離で歩いた。
通りを離れてくると、ぼんやり薄明るいだけの夜用の灯りに切り替わったハウス群が現れる。ハウス群はどこの村でも同じようなつくりをしているはずだし何がそんなに面白いのか僕にはさっぱりわからなかったけど、レベッカは興味深そうにじっと一つ一つを眺めているようだった。ハウスが終わるころには、細い獣道が始まり、硬い草の草原の中を適当に放ったロープのようにゆるゆる曲がりながら続いていた。
獣道に入ってしばらく進むころには、腕が触れるくらい気にならなくなっていた。というより、危なっかしくて、ちょっと恥ずかしかったけど腕を組む……というより掴んで歩いた。レベッカは明灯で照らされた場所しか知らないように無造作に足を出しては、何度も何度も石ころに硬い草の太い茎に足を引っ掛けて転びそうになった。最初緊張したように肩を張ったけれど、次第に慣れてきたのかいつしか僕に引っ張られるままになっていた。
知らないのは暗い道だけではないようだった。ドアを開けた瞬間、待ちかねたとでも言うように飛び出してきたぴょんは、あろうことか僕とレベッカを間違えた。見事な悲鳴に、レベッカ同様驚いたぴょんはベッドの下の物入れに駆け込んで行った。腰を抜かしたらしいレベッカを押してどうにかドアを閉めると、ランタンの淡い光の中で涙ぐんだ目が僕を見上げていた。
「ラディグだよ。ぴょん、って言うんだ」
ランタンをレベッカのそばにおいてベッドの下に手を突っ込めば、案の定、寝床にしている箱の中に、ちょっと硬いけれどふさふさした手触りを発見した。僕の手にぴくっと反応したぴょんは、しばらく冷たい鼻を押し付けて僕の手をかぎまわった。ようやく体を擦り付けてきた首根っこを捕まえて、おとなしくなったぴょんを引っ張り出した。
「ぴょん、だよ。ほらぴょんも。謝んなさい」
あんな風に突然飛び掛ってこられたら、きっと僕だって驚いたろう。けれど、ラディグ自体は草原へ出ればどこにでもいる動物で、初等学校でも大抵一匹か二匹飼われていたりするようなものだった。レベッカは僕が突き出したぴょんをおっかなびっくり、そのうちしげしげと眺めた。珍獣たちを扱う見世物小屋の前で、食い入るように見つめる子供みたいに。
「……ぽ、ん?」
「ぴ・よ・ん。ぴょん」
「ぴよん……ぴょん」
「そう」
恐る恐る手を伸ばしたレベッカは、鼻をつついて頭を触って、渡してみたらころんころん手の上で転がした。余りに回されすぎたぴょんに指を噛まれたりもしていたけど、表情は明るい。気に入ったようだった。じっと見て匂いを嗅いでちょっと変な顔をして、最後ににこっと笑った。
「き、気に入った?」
「ぴょん!」
慌ててレベッカに背を向けた。うれしそうな声が降ってきた。なんだか顔が熱かった。どうせ、のんびりお茶を飲んでいるわけにもいかなかったし、一度首を振ると振り返らずにそのまま荷物の整理にかかる事にした。
椅子を引いてちょっとだけ振り返って、背を叩く。僕は座らず棚に向かう。かたんと椅子が音をたてた。通じたみたいだった。
「ぴょんはさ、父さんと母さんが生きてた頃に森で拾ったんだ。まだ子供だったんだ。野生のラディグなんかわざわざ飼うもんじゃないって皆に言われたけど、一緒にいれば楽しいし、ぴょんはとても頭がいいんだ。僕が待ってろって言えば、ちゃんと待ってるし、どんな遠いところで放してもちゃんとうちに帰ってくるし……」
沈黙がなんとなくイヤで、通じないと分かっているのに、言葉を止められなかった。レベッカの方を見れないまま、作りつけの大きな棚から様々な荷物を引っ張り出す。
僕の家は元々倉庫で、中身はほとんどそのままだった。二方面の壁に作りつけられた巨大な棚の片方を片付けて寝床にしていた。もう一方も同じように片付けるつもりだった。それに、掘り出す荷物のどこかにしまわれたままの毛布もあるはずで。そういえば、シャワーにカーテンくらいつけたほういいだろうかと思いつく。あの様子では今日だけってこともないだろうし。そんなことを考えながら、引っ張り出す対象にカーテンも加えて、手や目はやる事だらけだった。空いているのはそれこそ口ぐらいで。
掘り出した荷物はとりあえず入り口横に重ねてみた。椅子や箱や道具類は下のほうに。誰かの古着やなんに使うんだか巨大な幕をその上に重ねた。晴れたら木箱に詰めなおして、家の裏に回そうとちらりと考えた。毛布の袋を掘り当てて、取り出そうと手をかけた。動かない。もう一度手をかけて、足で棚板を蹴ってみた。少し動いた。
「ペットを飼うなら犬か猫だなんていう人もいるけど、それこそ僕には手が出ないし。かわいいと思うけど、正直ペットの分まで食べ物を用意するのは厳しいんだ。その点ラディグなら、その辺の草を勝手に食べてくれるし、糞を回収しなくてもいいしね。……んしょっと……あれ?」
ずると袋がようやく動いて、急に軽くなった。上に乗っていた何かが落ちたようだった。
「Pericoloso!」
「え?」
バランスを崩して、袋と一緒に掘り出した荷物に衝突しかけた僕は、やわらかいあったかい何かと小さな丸いものにぶつかって、それと一緒に積み上げた荷物にぶつかって……
「Yaaa~!」
「わぁっ」
キーッ。
ぼふんぼふんと降ってくる荷物の下敷きになった。
「Ahi……」
「うへぇ~」
やっとの思いで脱出してみれば僕を受け止めようとしてくれたのはレベッカで、レベッカと僕の間に目を回したぴょんが、挟まっていた。
「ぴょんっ!」
「ぴょん!?」
同時に発した声で目を覚ましたぴょんは、またも一目散に逃げ出した。
あっけにとられて見送った僕たちは、顔を見合わせて、二人で同時に噴出した。
窓からもれる淡いだけを頼りに、足元の鉢植えを避けて窓までたどり着いた。背伸びして中をのぞけば、エリヤヴィはデスクに向かっていた。固定されたままの左手でどうにかノートを押さえつけ、多分、書き物をしている。宿題だろうか。
こつんと軽く窓をたたいた。ぴくっと驚いたように一度顔を上げてドアを見ると、その後でようやく僕に気づいた。あからさまにほっとした様子がなんだかおかしかった。
「タルフ、こんな時間に来るなよ。びっくりするだろ」
「ごめん。レベッカをドクのとこに送ってから来たんだ」
「あの子を?」
全開にしてくれた窓に、よいしょとよじ登った。背伸びして窓をはさんで話すより入れてもらったほうがずっといい。誰かが訪ねてきたら、また窓の外に逆戻りするのだけど。
「うん。一昨日はドクの家にいたんだけど、昨日、連れて帰れって言われて締め出されちゃって。大変だったよ、掃除してベッドもう一個作るの」
「……なんで?」
「うん……」
思い出せば、今までどこかに置き忘れていたかのような不安がわき上がってくる。外を見ても、ガラスに映るのは僕たちの顔と沢山の鉢植えたち。
「聖地で、見つかっちゃったかもしれなくて、それを言ったら、うちのほうが良いって。全然わかんないけど」
「え、見つかったのか!?」
僕はあいまいに首を振ってから、昨日のことをゆっくり話した。エリヤヴィは最初面白そうに、最後はまじめな顔で、話を黙って聞いていた。
そして、ようやく話し終わるあたりでぽつんと言い出した。
「覚えてるか、悪魔の使途の話」
「……使途?」
「光の世界には、悪魔の使途が住んでるんだ。かつて、俺たちの先祖がこの世界に落とされたのは、悪魔の姦計にはまったからで、今、光の世界に住むのは、その悪魔の使徒たちだっていう」
「覚えてるよ」
僕は昔聞かされた話を思い出していた。光の世界、かつて僕たちの先祖が住んでいたという世界。聖書に出てくる神話で……御伽噺だ。僕たちは初等教育の最初にそれを学ぶ。いたずらすると光の悪魔に食べられてしまうとは、子供を叱る常套句だ。……いまさら信じてはいないけれど。
エリヤヴィはひとつ頷くと言葉を続けた。
「教会の連中は悪魔を警戒してる。当たり前だけどね……かなり神経質に」
僕は瞬きを返した。エリヤヴィが何を言いたいのか、さっぱり分からなかった。
「数千年の間にほんの何度か、悪魔の使途が『落ちて』来たことがあるって噂だ。落ちてきた使徒がどうなったのか、誰も知らない」
「……」
噂、とういのはどういう事だろう? 学校ではそんな噂が流行っているのだろうか。落ちてくるというのは、どういうことなのだろう。それに、僕が見たあの蒼、あれはそうすると……。伝説が本当なら、あの蒼の世界には悪魔と使徒たちが住んでいる事になる。悪魔が来る? 落ちてくる? 教会は敵だと言うだろう。僕たちには権利と義務があるのだと。
知らず腕を抱いた。一昨日から感じているぴりっとした違和感があった。何か引っかかる気がした。よく、わからなかった。
「……聖地を調べてるっていうなら、そういう事だろ。平気だよ見られたくらい。叱られるかも知れないけど」
「レベッカは……」
口に出してみた。そう、レベッカの事も気になる。落ちてくる。どこに? 光の下に? するとレベッカは、古代語を話すレベッカは……? そこまで考えて、でもと首をふった。なんだか、まだ……足りない。
「……お前、信じてんの?」
「え……」
「教会の言う事だよ?」
「でも」
「迷信に決まってるだろ。ばかばかしい」
「でも……」
エリヤヴィはすっかり焼けこげたパンをかじったみたいな顔で言い捨てた。けれど言葉とは裏腹に、僕にはなんだか泣きそうに見えた。
「でも、エリヤのお父さんは……」
「いいよ、あんなヤツは!」
がちゃんと、ガラスがなった。僕は思わず背を逸らし、背後のガラスにぶつかっていた。エリヤヴィが怒る事はあまり、ない。怒ってみせる事や、拗ねてみせる事はあっても、こんな言い方は初めてで。ただ、驚いてしまった。
「……ごめん。なんでもない」
しまったという顔をして謝ってきたのは エリヤヴィの方だった。エリヤヴィの家の事は、僕は余りよく知らない。エリヤヴィのお父さんはこの村の評議会議員で教会派だということと、エリヤヴィは……間違っても教会派とは言えないだろうということくらいだった。エリヤヴィは神話を信じていない。少なくとも、僕に対してはそういう態度を取る。……僕も、もう少し考えればよかった。
「ううん。……僕も、その、ごめん」
二人でしばらく愁傷な顔をして見せて、どちらからともなく、笑い出していた。
ひとしきり声を立てすぎないように笑った後で、ぽつりとエリヤヴィは言った。
「俺も、あの子にちゃんと会ってみたいな」
黙って頷いた。
明くる朝、まだ早いと言える時間に家を出た。灰水色の空に雨雲はなく、朝特有の冷えた風が吹いている。薄い緑の草の上では、朝露が光って風にさらわれすいと落ちた。文句なしのいい天気だった。最近は朝といえば仕事に出かけるか、仕事がなければ思わず寝坊してしまっていたから、こんなにすがすがしいのは本当に久しぶりだった。
「Wao!」
慣れない手つきで眼鏡を掛けたレベッカは歓声を上げるなり走り出した。ようやく慣れてきたのか、獣道すらない草原へ思い切りよく踏み込んでいた。レベッカの後をぴょんがうれしそうについていく。僕の膝くらいまである草の中を、手のひら大の毛玉が見えたり隠れたりを繰り返した。
「レベッカ、そっちじゃないよ!」
声を上げて手で大げさに示せば、大げさに頷き返して戻ってくる。それでもおとなしくなるわけじゃない。空を見て、草を見て、鳥を指す。最初、何をしているのかさっぱりだった僕も、徐々に何が言いたいのかわかってきた。
真上の灰水の天井は、『そら』 地平線沿いに漂う淡いワタは、『くも』 群れをなして飛び立っては舞い降りる小鳥は『スロウプ』 花びらの多い明るい色彩の花は『セリサンサム』 とげのような葉を持つ低木は『ピナギン』 ゆっくり区切るように言ってみた。小さな子供に言い聞かせるみたいに。レベッカはたどたどしい発音で、僕の言葉をその都度繰り返した。
目的地は水海だった。草原を突っ切り森を抜けると対岸が見えない巨大な水たまりが現れる。ドクはタンスイのウミだと言っていた。タンスイじゃないウミがあるってことだけど、僕は見た事がなかった。
空を映したような灰水色の水面にはさやさやと波が立ち、ぼやけた太陽の光があちらこちらで反射する。眼鏡の中の視界は光に溢れてとても綺麗だと、僕は来るたび思っていた。
「Bello!」
レベッカの歓声が再び響いた。脱ぐのももどかしいように靴を投げ捨て、寄せては返す波に足を浸す。手で掬っては空に向かって両手を広げ、いつまでも滴を追っていた。
僕は横目でレベッカを見ながら、ドクに頼まれた作業をこなした。作業といっても測定器のデータを回収するだけだったけど。測定器は水面の高さを測るものだと聞いた。測定器から伸びる感知器が水面に突き刺さり、そのまま底まで続いていた。本体の後のフタを開ければ、言われた通り巻かれた紙が収まっている。紙を回収して濡れないように落とさないように荷物に納め、新しい紙を入れ直した。
今日は、少しだけ水面が高いようだった。本体のすぐ下まで水が来ていて、大波一つで測定器ごと飲まれてしまいそうだった。
いつのまにこんなものが置かれていたのだろう。蓋を閉めてすっかり元通りになった測定器を眺めてぼんやりと思った。水海はそれなりに村から距離があったから、来たのは久しぶりだった。けれど、元々ここはそんなに知らない場所ではない。父さんたちが生きていた頃には、良く来ていた場所だった。……あの頃にはこんなもの、なかった。
「たるふーっ」
あぶなっかしい発音に振り向いてみれば、レベッカはヒザまで水に浸かって岸辺の実を指していた。ショートパンツの裾がぐっしょりと濡れているのも気にならない様子で、見事な赤い実に食い入るように見入っている。
「どうしたの?」
声を掛ければ、口を指した。指が実と口を往復する。食べれるのかと聞いているのだろうか。
「だめだよ、ダメ。お腹こわしちゃうよ」
慌てて口に手を当て×を作って見せて、とどめに思いきり首を振った。少し首をかしげて何を考えたのか、もう一度実をしっかり見るとようやく諦めたようだった。
「Deplorevole……」
「お昼にしよっか」
レベッカの手を引いて測定器の側まで戻って、持ってきたサンドウィッチを差し出した。
何を意地になったのか、帰りのレベッカはそればかりだった。違う実を見つけては小首をかしげて僕を見る。何度も、何度も。森を抜けて草原に出ると、遠くに見える動物たちまで指していた。僕は全てに首を振った。穀物に野菜、フルーツも家畜も、人が育てたもの以外は文字通り食べる事なんて到底できない。初等学校に入る前の子供だって知っている、ごくごく当たり前の事だった。
レベッカの知らない様子は動物や食べ物に留まらなかった。彼女にとっては昨日からかけている眼鏡すら奇妙なものの一つのようだった。
翌日は村はずれから続く丘に登ってみた。聖地の廃墟を眺める事ができる唯一の場所で、僕が知っている限り一番見晴らしの良い場所だった。
朝一番でサンドウィッチを片手に出発して、丘の上に着いた頃にはお昼近くになっていた。息がすっかり切れていても、レベッカはやっぱり楽しそうだった。しばらく仰向けに転がって空を眺めていたかと思えば、起きあがって聖地を水海を、僕たちの村をしげしげと眺めている。やがて、眼鏡を掛けたり外したり、不思議そうに繰り返していた。
僕もいつかやった事があった。眼鏡を外すと真っ暗でなにも見えない。かければ幕を取り去ったようにあたりがほの白く浮かび上がる。いつか父さんに聞いた事もあった。多分、ちょっと好奇心の強い子供なら誰でもやっているだろう。父さんは……多分、父さんも詳しい事何て分からなかったんだろう……ちょっと困った顔してこう言ったのをよく覚えている。「人間はお客さんだから、竜の目を借りないと見えないんだよ」 父さんも母さんも、教会派とはちょっと違ったけど、伝説を信じていた。
村で眼鏡を外せば、見えるのは闇ばかりだったけど、ここからだと少し違うものが見えた。闇の中に規則正しく並ぶハウスの灯りやひしめく家々の灯り、ぼんやり浮かびあがる廃墟、廃墟の向こう光の塊のように見える首都が、とても綺麗な宝石のように輝いて見えるのだ。レベッカは眼鏡を掛けては外し、外しては掛け、時折溜息のような声を漏らしていた。
僕はといえば、またまたドクに押しつけられた望遠筒を使って、聖地の中を覗いていた。ここから見ると『瓦礫山』の上はそこだけ明灯を集めたような白いカタマリが浮いているようになっていて、その下に僕が見てきた通り、沢山の人たちが何かを探すように動いていた。ドクの予想は当たっているようだった。当分『瓦礫山』の辺りは学者たちが陣取るだろうと。
ドクに言われたのはそれだけだったけど、せっかく来たのにそれだけもない。望遠筒を記憶を辿って僅かに動かす。『瓦礫山』の脇の『庭園』、太い筋のような通りを跨いで廃墟を進めば壁に出る。穴はここからじゃちょっとみえない。壁を越して草原を渡れば僕たちの村。エリヤヴィの家があって、その向かいは教会。学校では午後の授業が始まる頃だろう。ちらほら人影が見えるくらいだった。
今度は壁に沿って進んでみる。
村の反対側には首都。大きな教会は眼鏡の中では白く光って見えるほど、明灯を沢山付けていて、望遠筒を覗かなくても位置が判る。首都から外れた壁沿いに集まる建物は、ヒレルの勤める研究所の筈で、ヒレルの研究所と僕たちの村の間に、もう一つ小さな村がある。村はどちらかというと、聖地から離れたところに点在していて、大きな村へ伸びる常明灯の白いぽつぽつでできた筋が幾筋も見て取れた。
しばらく眺めた僕は、気になっていたらしいレベッカに望遠筒を渡して、サンドウィッチに手を伸ばした。レベッカは気に入ったようだった。筒を両手でしっかりもって、小さな歓声をあげ続けている。筒を覗いているわけでもないぴょんまで、歓声が漏れるたびその辺を飛び回っていた。
僕より少し高い背、女の子にしては幅がちょっとあって、握っても壊れなさそうなしっかりした肩。何処へでも走って行けそうなすらりと伸びた綺麗な足。言葉も通じないし、知らない事も多すぎるけれど、何でも楽しんでしまう様子も、好奇心のカタマリのような性格も、綺麗なものに反応する様子も、僕には普通の、ちょっと……かなり元気のいい女の子にしか見えなかった。言葉が分からないからちゃんと聞いた事はないけれど、多分歳も僕と同じくらいだろう。もしかしたら、僕よりちょこっと下かもしれない。
まだたった三日だし、ドクが何を考えているのか分からなかったし、明日どうするのかすら分からないのだけど……こうしていられたらいいなと、思った。
「たるふ」
じっと見ていたのに気付いたのだろうか。きょとんとレベッカは見返した。火照ったような頬は眼鏡に遮られているはずで。眼鏡があって良かったと心底思った。
「な、何?」
慌てた僕に首をかしげながら、望遠筒を渡してくる。壁の手前、隣村へ続く……明灯すらない踏みわけ道のあたりを指さしながら。
「何かあるの?」
多分、何か見つけたのだろう。筒を覗いてそれを……探すまでもなく見つかった。土煙を上げる大きな自動車。それも三台も。前と後に僕も見た事があるいかつい車。まん中に初めて見る立派な装飾の車。車体に大きく、黒い星。多分、教会の……偉いさんの車なのだろう。
なんだろう。いやな感じがする。僕のことが分かってしまったのだろうか。いや、それだけじゃない。それだけで、わざわざ首都の人が来るとは思えない。司教さんが重い衣装を引きずって、僕にげんこつ喰らわせれば良いだけだ。……残念ながら、初めてじゃない。
じゃあ何故、どうして。
「……」
僕を見て、首をかしげ続けるレベッカに、僕は背後の森を指してみた。「帰ろう」と。
戸惑いながら、レベッカは頷いた。
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