第3話平和

「これを見ろ」

 ツヨシはデスクの上から書類の束を手にし、ヒカルの顔の前でバサバサとゆすり注意を引いた。

「中東を平和なエリアにするための草案だ」

「学生時代からコツコツ練り始めた」

「オマエがブラジルへ行くったってどうせ上司のパシリみたいなもんだろう」

 ハーマンミラーのオフィスチェアーから立ち上がったツヨシは背後の窓のカーテンを開け、光を浴びながら言いつらねた。

「俺は違う。これを直接ヒラリー・クリントンへ送る」

 ツヨシは誇らしげだ。

「俺はトランプ大統領との間にホットラインを持っているのだよ」

 どうだ、と言わんばかりのツヨシ。ポカ〜ンのヒカル。

「それってtwitterだよね、トランプ大統領をフォローしてリプ送れるってことでしょ」

「そうとも言う」

「バカじゃねぇの」

 ヒカルは冷淡に突っ込んだ。

「俺のおかげで中東がラヴ・アンド・ピースになっちゃうなぁ」

 ツヨシが窓のそばに立ってたそがれている。ツヨシは太っているせいか呼吸音がやたらとうるさい。スポーツしてるわけでもないのに「ゼイハアゼイハア」鼻を鳴らしている。相変わらずだらしないし、かっこ悪い。

「で、あんたの生活費は誰が払ってるの?」

「パパとママだ」

「いい歳して親のスネかじってるよね、それ」

「うむ」

 ヒカルは容赦なくツヨシを責めた。しかしどういうわけか、それをツヨシは自慢げに肯定した。

「バカじゃねぇの」

 同じセリフで二度ツヨシを罵倒したヒカルはテキパキと帰り支度を整え、挨拶もそこそこにツヨシの実家を出た。ヒカルは、今日は無駄足だったと後悔した。

 外に出たヒカルはため息をつく。

「へい、ヒカル!」

 すると、たった今あとにしたツヨシが二階の窓から路上のヒカルに声をかけた。

 ヒカルはちょっとうんざりしたが振り返った。

 陽も暮れ、薄暗い中、少し気の早い街灯がヒカルの気持ちを新たにさせはしたものの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る