第13話

「おはようございます、今日もお疲れさまです」


 森の入り口であり、中にいるものが唯一出入りできる場所。眠そうに目をこすっている男の背後からカイルが挨拶すれば、気配に気づかなかったらしく彼は驚いて奇声をあげた。しかし声の主を確認したのち、先ほどの慌てぶりが嘘のように眼光が鋭くなる。


「何要だ」

「買い出しに出ようかと思いまして。そろそろ調味料が尽きてきましたから」

「そうか」


 淡々と答え、紙に文字を書き込んでいる彼を見て、相変わらず無口で固い男だとカイルは肩をすくめた。見張りを夜勤という形で勤めているこの男には早朝に会う機会が多い。カイルは吸血鬼ということで魔物ではあるが、森から出ることは許されていた。


 吸血鬼には多くの欠点がある——そう思われがちだが、彼らはそんなに柔ではない。日光に当たって灰になることも、十字架によって怯むことも、ただの伝説だ。全ては物語などの想像であり、人間の偏見だった。

 だからこそ、カイルは太陽の出ている朝に行動ができる。しかし理由なく出入りはできないため、見張りに了承を得なければいけないのだ。


 けれども、許可を取れる見張りは少ない。こうして口が固く、最低でも三十は超えている者でなけければいけなかった。また村の住民にカイルの姿が見られてはいけないので、夜か早朝のどちらかに出なければいけない。

 先日ドーラが金で通してもらえたのは、若い者が勤めている時間だっただけなのだ。この男がいたら、間違いなく彼女は連行されていただろう。


「昼までには戻るように」

「どうもありがとうございます」


 許可書を渡され、カイルは内容を確認したのちポケットへとしまう。一応外に他の人間がいないか確認し、ではと頭を下げて久々の森の外へと足を進めた。そして堂々と村の端にある、見張りの者がよく使っている店へと向かった。

 この日のために見張りの制服を着ているので、怪しまれずに済むだろう。どうしても淡麗なカイルの顔は目立ってしまうのだが『久しぶりだね』と話題に花を咲かせるだけになるはずだ。


 食料や衣服等はブラッドリー伯爵が定期的に送ってくれるのだが、どうしても足りないものが出てきてしまう。彼らにとって要注意人物であるシンシアが買いに行けるはずもなく、こうしてカイルが調達に出かけることが多いのだ。



※※※※※



 シンシアがおそらく、用意したある朝食を食べてあの時が止まったような場所で歌っているであろう時。カイルは買い込んだ食材や日用品を持って森へと戻った。そして見張りに許可書を見せ、中に入るのだが今日はそうとはいかなかった。十代半ばほどの少年が四人見張りの様子を伺っていたのだ。


 朝は見つからなくても、昼となると村から離れたこの森近くにも人は通るかもしれない。だからこそ細心の注意を払ってカイルは屋敷へと戻るようにしていた。けれどこうも明らかに人が集まっていると中々帰るともできないだろう。

 村人にも面識のないカイルが森から離れるように声をかけたところで、彼らが同意するとは思えなかった。むしろ怪しげに見えて警戒され、顔を覚えられたら厄介だ。


 どうしようかと彼らの背を見守っていると軽い足音が村の方から駆けてくるのが聞こえる。振り返るとドーラが走ってくるのが見えた。


「こんにちは、カイルさん。そちらに向かうのは、三日後ではありませんでしたっけ?」

「やあドーラ、元気そうで何よりだよ。今日は食料調達に来たんだけどほら、あそこで溜まっていると帰れないんだ」


 万が一のためにも見張りや少年達から見えぬような場所に移動すると、ドーラは彼らの姿を確認しため息をついた。


「ダグ達ですね。こっぴどく怒られたのにまだ諦めてないみたいなんですよ」


 ドーラにありもしない罪を被せ、無理やり森に追い立てた者達だ。挑発に乗ってしまったドーラも悪いが、暴力で脅したというのだから頂けない。視線を戻すと彼らは移動する気はないようで、短髪の茶や黒を揺らしていた。


「そういえば、ジャスティンとかいう少年の手鏡はどうなった? 何か進展はあった?」

「あ、それが……手鏡は見つかったんです」

「見つかった? でも一体どこから」


 ドーラが森に入ることになった元凶とも言える、ジャスティンの母親の形見である手鏡。大きさは掌ほどの装飾もなく、いたって簡素な作りだとドーラは本人から聞いていた。


 盗まれたと吹聴していた物が発見されたとなれば、カイルが詳細を聞くのも無理はない。ここ数日、本人は隠していたようだが事件のことを気にしているのがバレバレだったシンシアへのいい土産話になるだろうとカイルは聞いたのだが、ドーラは再度ため息をつき遠くのダグを見つめた。

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