第12話
しかし、やはり初対面の自分にはそこまで教えてくれるわけない。勇気を出して聞いたのにと謝るカイルに、むしろ申し訳なくなってしまった。
「シンシアも決して悪い子ではないのだけど、人一倍怖がりで君にも冷たい態度を取ってしまった。ごめんね」
「いや、勝手に押しかけたのも私だし、助けてくれてありがとうございました」
カイルが止めてくれなかったら、ドーラは今やどうなっていたかわからない。奴隷として働かされたかもしれないし、命すら取られてたかもしれないのだ。それにシンシアの気持ちも十分に理解できた。今まで静かに暮らしてたのに部外者が遠慮なく入ってくるのにもいい気はしないのだろう。
「でもどうかシンシアと仲良くしてほしい。君にとって今のシンシアの印象はいいとは言えないと思うけれど、気を許した相手には驚くほど態度が変わる。ただ素が出ていないだけで根はいい子なんだ」
「それは見て分かりました! 心を開いた相手には優しいんだとわかります、ただ私と仲良くしてくれるかなんてわからないし、それに一度だけ来る約束だって言っていませんでした?」
「今はそうだけど、俺は彼女にもう少し活発になって欲しいんだよ。いつだって自分のことより俺のことばかり気にしてくれたからね。君が来たのもいい機会なんだ、ドーラに頼みたい。それとも、いやかい?」
「そんなことないです! 私も村では貧乏だからって友達もいなくって……だから私もシンシアさんと仲良くなりたいです」
ドーラの日常は朝から夕まで働き、夜は遅くに帰ってくる母親のために料理を作る。年頃の娘のように買い物に行ったり、集まって話したりなど一度もしたことがなかった。ただ遠くから少女たちが楽しそうにしているのを見ているだけ。みすぼらしい服を着ている自分と綺麗な彼女たちを比べ、話しかける勇気すら湧かなかった。
けれども同じような境遇の少女がいる。自分を必要とされている気がしてドーラはカイルの提案を飲んでいたのだ。
「それじゃ、気をつけて。寄り道しないでしっかり帰るのよ」
戻ってきたシンシアに塗り薬をもらい、置き去りにしていた靴を持ち上げた。そしてドーラは見張りに渡す銀貨を持たされ、玄関から見送られる。さっさと帰れと追い払う動作をするシンシアの顔は明らかに不満げだが、先ほどの鋭い気配はなく多少は柔らかくなっている。少しは自分にも可能性はあるかと感じ取り、ドーラは嬉しげに微笑んだ。
「まあ、その……次会うときはよろしく頼むわね、ドーラ」
ぎこちなさそうに差し出された手のひらを、今度はドーラが呆然と眺めることになった。シンシアの表情を確認しようにも彼女はそっぽを向いているので難しい。ドーラが戸惑っていると、早くしろと言いたげに腕を上下するシンシアに笑いながら手を重ねる。
「うん、よろしくシンシア!」
うざったらそうにその手を離そうとしたシンシアの腕に何が何でもしがみつくドーラを、カイルは微笑ましそうに眺めていた。かつてシンシアと彼が初めて会った時も握手をして、それから一緒に過ごしたのだ。
ドーラに対しての警戒心はまだかなりあるようだが、順に解いていけばいい。そしてドーラが新たな友人として、カイルと同じように仲良くしてくれるに違いない。そんな微かな希望を抱き、心の中でドーラへ感謝の言葉を述べた。
※※※※※
去りゆく背中を見つめていたシンシアだが何を思ったのかカイルに視線を移した。数秒見つめていたのだが、言いにくそうにすぐに目を逸らしてしまう。どうしたのかとカイルが聞くが大したことではないと二階に上がって行く。
「私はこの平穏が続いて欲しいのに、カイルは違うというの?」
ぼそりと呟かれた言葉は誰にも聞かれることはなく空気に溶けていく。
薬を取って部屋に戻ると、ドーラとカイルは何やら話し込んでいた。シンシアが他人を受け入れることを極度に嫌うのを庇いつつ、仲良くしてくれるよう頼みこんでいるカイル。それに躊躇なくドーラも頷いていた。
「あんなに怯えさせたのに、馬鹿ね……。カイルもそんなに心配しなくてもいいのに、本当に過保護なんだから」
シンシアは寂しげな笑みを浮かべ、壁にもたれかかる。冷たい感覚が頬に伝わり、ゆっくりと目を閉じた。
思考を巡らせても、何を考えてのカイルの行動かはわからなかった。シンシアに友人を作りたいという思い以外にもきっと意味はあるのだろうが、今はこれでいいと己に言い聞かせる。そろそろ潮時なのだ。カイルに頼りすぎて生きていた自分も動かなくてはいけない。だから一歩踏み出そうとドーラに干渉したのだ。
いつだったかカイルが住み込む前に、迷い込んだ少年から聞かれたことをシンシアは思い出した。
「君はここに住んでいて孤独を感じたことはないのか」という質問。
それにシンシアは迷わず答えた。
『孤独を感じるほど、私は人と過ごしたことなどないわ』と。
今だったらどう答えるのだろうか。それが『彼女』だったらどんな表情を浮かべただろうか。しかしもう、その時の少年の顔は忘れてしまった。
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