第11話
「……ああ」
「わかったわよ。カイルのお願いなら聞いてあげてもいいわ」
「ありがとう」
仕方なさそうに答えたシンシアに、素直じゃないなとカイルは苦笑を浮かべる。ドーラに冷たいのも警戒心はあるのだが、これでも不憫な目にあったドーラをシンシアは多少、心配しているのだ。魔物だが一応は次期当主でもあるシンシアはその役目を果たそうとしている反面、カイル以外の人間と会うことには大きな躊躇いがある。
実際、森に入ってくる人間はだいたいが大人か少年かで、ドーラのような少女は前例がない。それに森の入り口付近で捕まるのがほとんどで、奥まで来るのは今までのを考えても数少ないのだ。
だからこそ、この機会はシンシアのためになるとカイルは思っている。シンシアはカイルがいるおかげで『友達が欲しい』と言ったことはない。だが、こうして人と触れ合うことは重要なことだ。例え、シンシアを人間として生かした魔導師や父親が彼女を外に出し人目に触れることを望んでいなくても、カイルはシンシアに外の世界を経験して欲しいかった。もう十七と時期的にはかなり遅いが、今からでも遅くないと信じている。
シンシアもそれは何となくだが察していた。しかし外への期待以上に抱えている不安が保険として、カイルのお願いだということで聞き入れることにさせたのだ。
「でも、やっぱり私は外には出ないわ」
シンシアの一番といえばカイル。この存在がいつも幼い頃から一緒にいたのだ。魔導師と六歳まで住んでいたとは言うが彼は部屋から滅多に出てくることはなく、たまに出かけたと思ったら深夜に帰ってくるような人物だった。もっとも長くいたのは当たり前のようにカイルなのだ。だからこそ、シンシアは彼にわざわざ危険な目にあって欲しくないと思っている。それも、自分のためにだけは。
「シンシア、約束したじゃないか」
「私が約束したことは他人と関わることだけよ。だからドーラがこちらに来て。見張りには金を渡しておくから、貴方の言う一度ぐらいは見逃してくれるでしょうし。彼女になら外の様子も聞くことが出来るわ」
やられたとカイルは眉間を押さえ、ため息をついた。普段子供っぽいシンシアだが、こう人を誘導するのも得意らしい。念を押すように『貴方の願いなのか』と聞かれたのもその一環か、とシンシアの新たな一面を見た気がした。
「……負けたよ。ドーラ、少し危険だけど君はいいかい?」
「どうせ私に決定権はないんでしょ?」
半ば投げやりでドーラが言うと、カイルはすまなさそうに苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。このやり取りに、もう相談は終了だと言いたげにシンシアは紙とガラスペンを取り出し何やら書き込んだ。そして再確認と書いた文に目を通した後、ドーラに差し出す。
「誓約書よ。読み終わったらここにサインを」
「わ、かった」
生まれて初めてのサインに緊張しつつ文を眺める。しかしドーラは平民なので何と書いてあるかはさっぱりわからない。そんなドーラの代わりに、結局はカイルが内容を読み上げることになった。
書かれている簡単な内容はやはりこの屋敷のことの他言無用や先ほど話した一度の訪問だ。外に出たことのないと言う箱入り娘のシンシアに、村の様子を教える。たったそれだけの行為でも、シンシアには貴重な経験になるのだろう。
やはりドーラには侵入する際、危険にはなってしまうのだが帰って適当にごまかしてもう一度見張りの気をそらしてくれるようにすればいい。以上を守ればこの度の侵入を許すとも記入してある。
それならばとドーラはペンを落とさないように、唯一わかる名前を慎重に書いた。
「ドーラ・メルヴィル、ね。確かに受け取ったわ。来てもらう日はそちらに合わせるけど、最低でも数日は開けた方がいいでしょうね。今回の侵入で警備が硬くなるでと思うから。まあ村の子供相手だから少しすれば緩むだろうけど」
「うん、じゃあ一週間後に来るね」
シンシアに対しても受け答えがしっかりとしてきたドーラを、シンシアは奇妙なものを見る目でまじまじと観察した。肩で揃えてある茶色の髪に同色の瞳。着ているのは赤と緑などの布が縫い合わされている泥のついた服だ。微かだが日焼けをしており手が荒れているのは、やはり仕事での労働のせいだと推測できる。
そして頬にある傷は森で負ったものだ。血も止まり、怪我も浅いせいか目立ってはいないが痕が残っては女として辛いであろう。
「……塗り薬を取ってくるからここで待っていて」
言い逃げとばかりシンシアは部屋から早足で出て行った。部屋にはカイルとドーラの二人が残り、気まずい雰囲気が流れる。とは言ってもカイルはシンシアが自ら動こうとしたことに対して嬉しいのか笑顔を浮かべており、気にしているのはドーラだけのようだ。
「あの、シンシアさんは何故ここに住んでいるんですか?」
シンシアは心を開いてくれるのに時間がかかるようで、警戒心を持たれているドーラは聞けなかった。方や穏やかな性格でありそうなカイルになら質問しやすいのではとドーラは踏み入った疑問を口にしてみた。
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