第10話

「まあ、あなたの言い訳はわかったわ。でも、それだけで勝手に入っていいと許されることはない。村で噂になっている通り、侵入者は二度と戻ってこないの。それは私がお父様に身柄を渡しているから。まあ、その後がどうなるかは知らないのだけれどね……貴方も例外には入っていないわよ」

「そんな……」


 上げて落とすとはこのようなことを言うのだろう。同情したと思ったら、罪は罪だと告げられる。自分の仕出かした事の大きさに震えるドーラを見やり、シンシアはどうしたものかと今まで黙って聞いていたカイルに寄りかかった。


 十年以上一緒に住んでいると、やはり用意された友人役というよりも兄妹のように思える。親に甘える事のできなかったシンシアが、必然的に自分に頼るのは当然なのかもしれないとカイル自身も思っている。

 だからこそそんな彼女にカイルは動揺することもなく、ごく自然に話に移った。


「俺としては今回は見逃してあげてもいいと思うけどね。条件付きではあるけど」

「カイル!?」


 何を言っているのかとシンシアは驚愕して、隣で平然と座るカイルを見上げた。それはドーラも同じで、先ほどまで青ざめて絶望的な表情だった顔をそのままカイルに向けた。


「飯場無理やり屋敷に来させられたようなものだし、多少は考えてあげないと。それにシンシア、君よりも年下だよ」

「でも今までの侵入者にはそんなに甘くしなかったわ。確かに私より幼い子供は入ったことはないけれど、大人や子供。全てお父様に引き渡していたじゃない。この子だけと歳だけ考慮してやめるのは不公平でしょう」

「そうかもしれないけれど、罪を被された者は初めてだ」


 そう言われ、シンシアは過去を思い出すがカイルの言う通り身に覚えのない罪を押し付けられた人間は来た覚えはない。数秒押し黙るが、ただの屁理屈だと反論しようとした。しかしカイルに遮られてしまう。


「ただし条件はつけるつもりだ。シンシア、君を外に連れ出す役をドーラにしてもらおう」

「……外に?」


 カイルの言葉の意味がわからず、シンシアは更に眉をひそめる。説明しろと言いたげな視線にカイルは向かい側で固まっているドーラを一目した。


「外に出す役と言うよりかは案内役かな。シンシアは森に閉じ込められているから簡単には抜け出せない。君が入ってきたように隙をつけたのは村の子供だからだ。俺たちがやると最悪の場合は……撃たれるだろうね」


 ドーラの場合、石での攻撃が止まなかったから脅しで見張りは銃を構えたのだ。ただの子供のいたずらで、将来軍に入隊するかもしれない大事な素材を易々殺すわけにはいかない。

 しかし、魔物であるシンシアとカイルは別だ。シンシアは怪我をする程度で済むだろうが、カイルの場合はそうはいかず命まで取られるかもしれない。カイルは所詮は友人役で、伯爵家の娘であるシンシアとの価値は差がありすぎるのだ。


「だから森から連れ出すのは俺がやる。その後君が村を案内してくれ。沢山はできないが、一度なら上手くいくかもしれない」


 カイルの話の大半は、ドーラには理解ができなかった。何故、このような危ない森の奥で暮らしているのか。何故、見張りが付く形で幽閉されているのか。だが彼の真剣な眼差しにドーラは頷くしかない。


「でも、それじゃ貴方が危ないわ!」


 ドーラが言葉を返す前、割り込むようにシンシアはカイルの服をつかんだ。その白い手は小さく震えており、宝石のような青い瞳は不安げに揺れている。


(もし抜け出したのを誰かに見られたら、もしもドーラがこの話をもらしたら。きっと彼は殺されてしまう)


 シンシアの考えを察して、心配をまぎらわすようにカイルが手を握り返したが落ち着くことはない。すると彼は子供に言い聞かせるような、まるで手の焼ける妹を世話する兄のようにシンシアに目線を合わせた。


「俺は君に少しでもいいから他人と関わってほしい。君がここに住む理由は知っているけれど、何も知らないまま成長するのはセリーナにも申し訳ないだろう。それに将来のためにも準備は必要だ」


 本当のブラッドリー家の長女であり、シンシアの体の主である今は亡きセリーナ。自分の分身とも思えるほど身近な存在の名を出され、シンシアはいたたまれなくなり目をそらした。

 シンシアは彼女に代わっていつかは伯爵家を継ぐのだろう。そのために命を死にかけた体に入れたのだ。その場合、必ず人と関わらなければいけない時が必ず来る。その時になってもカイルに頼りっぱなしということはできないのだ。


 それに、外に出たいと願うのはいつものことだった。屋敷に飾ってある絵画を見て、海や街に行ってみたいと考えたこともよくあることで。


「それが、貴方の願いなの?」


 シンシアの真剣な眼差しがカイルに注ぐ。もう瞳は揺れることも逸らされることなく、真っ直ぐに灰色の瞳を見つめていた。

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