第14話『禁断症状』

 家に帰るとローファーが一足あった。たぶん、奏ちゃんが帰ってきているんだろう。優奈は今日も部活があって遅くなると言っていたし。

 俺はローファーを脱いで玄関を上がる。

「今日も疲れたな……」

 先週はオリエンテーションなど年度初めで色々と楽なことが多かった。しかし、今週から授業が始まりそれと奏ちゃんが引っ越してきて、生活ががらりと変わった。

 階段を上がり二階に辿り着くと、奏ちゃんの部屋から私服姿の奏ちゃんが出てきた。上はTシャツで、下は膝丈のスカートというシンプルな服装だった。

「おかえりなさい、隼人さん」

「ああ、ただいま。奏ちゃん」

「何だかとても疲れているように見えますけど……」

「ちょっとね、色々とあって。文芸部の説明会はどうだった?」

「あっ、はい。一年生は人数は十人くらいで、女子の方が多い印象でした」

「意外と文学少女っているんだな……」

「活動日は毎週月曜日と木曜日らしいです。もし入部することになったらこの曜日は隼人さんとは一緒に帰れませんね……」

「ああ、そうだね」

 奏ちゃんも疲れているのか何なのか、表情が思わしくない。今日、俺と帰れなかったのが不安だったのだろうか。それとも寂しかったのだろうか。

 俺は奏ちゃんに理由でも訊いてみようかと思ったけど、したところで何もならないと思ったので止めておこう。

「説明会を聞いてみて、文芸部に入る気になった?」

 その質問に対し、奏ちゃんの反応は少しはにかむだけだった。頷くことも首を振ることもしない。

「まだ迷っています。でも本を読むことは好きなので……入部する方向で考えたいなとそう思っています」

「そうか。好きだったら入って大丈夫だと俺は思うよ」

「ありがとうございます、隼人さん。そう、言ってもらえて……」

「……悩むんだったら何時でも相談していいから。じゃあ、俺は着替えてくるから……」

 俺は自分の部屋の扉を開けようとすると、奏ちゃんがブレザーの左袖をそっと掴んだ。

「奏ちゃん?」

「……あの、その……」

「……どうした?」

 優しく問いかけると、奏ちゃんは慌ててブレザーを掴む左手を離し、再びはにかんだ表情を俺に見せてくる。

「いえ、何でもありません。ごめんなさい」

「そうか、別にいいよ」

 奏ちゃんはぺこりと可愛らしいお辞儀をして自分の部屋に入っていく。

 そのすぐ後に、俺もそのまま自分の部屋の中に入った。その時の扉の閉まる音がいつもより凄く重く感じた。



 この後、奏ちゃんの表情はずっとどこかに影があるように……。所々見せてくれる笑顔も心から笑っていないように感じた。そんな奏ちゃんを見て、自然と俺も作り笑顔になっているような気がした。

 今夜はいつもと違う気がした。いつもよりも見える景色は暗く見えて、風呂から出ても部屋に戻ると何故か温かさは消えていて、むしろ背筋が震えてしまった。

 そして、歯を磨くために部屋から出たときだった。奏ちゃんの部屋の前で俺は不意に立ち止まってしまったのだ。耳を澄ますと微かに聞こえてくる。

「うっ、うううっ……」

 これは……泣き声?

 本当に耳を澄まさないと分からないくらいの奏ちゃんの声が、彼女の部屋の中から聞こえてくるんだ。その声は俺や優奈に気づかれないように、必死に声を押さえているように思えた。

 扉にノックしようかと思ったけど、何だか今の俺相手じゃ……奏ちゃんはその声の理由をきっと答えてくれない気がした。

 だから、俺は結局何も出来ずにその場を離れた。だけど、ずっとそのことが気になってしまいあまり眠ることはできなかった。



 次の日、金曜日になって今週の平日登校は今日で終わる。

 俺は昨日以上に授業に集中できなかった。ただ板書をノートに写すだけだ。もちろん、その理由は昨晩のことだ。

 あれから、俺はそのことを優奈や彩音に話そうかと思ったけれど、結局は言い出すことができなかった。二人に話して、それが奏ちゃんの耳に入ったりしたら、もしかしたら奏ちゃんがもっと泣くことになるかもしれないと思って。

 俺の左隣に座る海堂にも相談しようか迷ったが、結局言い出せなかった。話すことと言えば、昨日の先生と松木との一件だ。

「なるほどな、ラノベ部か。別にそれでも良かったんじゃないか? バスケ部の連中も読んでる奴は結構いるぜ?」

「でも、書きたい奴を五人集めるのが大変だろう。部活の勧誘は大々的にできるのは金曜日までなんだ。二日だけじゃ難しい」

「明日までに生徒会までに出さなきゃいけないのか……」

「ああ、だから俺は文芸部にラノベを主に書いていく班って言えばいいのかな。それを作ってみればいいんじゃないかって言ったんだ」

「確かに、それだったら少し決まるまでに時間がかかっても部内のことだから、生徒会の方にも融通が利くってことか」

「そういうことだ。創部するわけじゃないからな」

「さすがだな、新垣は!」

 海堂に背中を思い切り叩かれた。うん、運動部男子の平手打ちはけっこう効きますわ。

「痛いな……」

「でも、色々と片付けられてよかったじゃないか」

「……まあな。俺も変に巻き込まれずに済みそうだからな」

「もしかして、新垣は自分が巻き込まれたくないためだけにそれを考えたのか?」

「海堂も人聞きの悪いことを言うんだな。確かにそれもあったけど、綾瀬先生の力になりたかっただけさ……」

 大人とは思えない純粋な顔で見つめられると、ね。それに、莉奈先生は企みを持っていたけど、その先にあったのは儚い自分の夢だったわけだし。

「思ったんだけどさ。普通は先生が生徒の力になるもんじゃないか? 今の話だって普通は先生が思いつくことだろ。何だか新垣と先生の立場が逆転しているような」

「言われてみれば確かに。何だか先生を見てると先生っぽくないんだよな」

「高校生みたいな感じだからな」

「海堂もそう思うんだな」

 莉奈先生に妙に興味を示す男子が多いこのクラスなのだが、海堂や松木や俺はあまり興味を示すことはなかった。俺も莉奈先生が担任になってからずっと高校生っぽい人だなと思っていたのだが。これはもはや一般人の意見なのか。

「……まあ、寡黙で堅そうな人間よりかは全然いいけど。新垣もそう思わないか?」

「俺もそう思うよ」

 つうか、あの先生に寡黙で堅そうという雰囲気が全く感じられない。

「それにしても先生と松木と気が合うなんて意外だったな」

 そうだ、海堂はついさっきまで莉奈先生の好きな物を知らなかったんだ。それなら、今の一言は当然のことなのか。

「……あの二人を意気投合させちゃいけない。危うくそのおかげで、昨日は酷い目に遭っていたかもしれないからな」

「俺も早くそんな風に息が合うと恐ろしいって言われる人間と、ぜひ同じチームで戦いたいもんだよ」

 海堂はいかにもスポーツマンと言えるような爽やかな笑みを浮かべた。

「あんまり詳しくないから気に障るようなことを言っちゃうかもしれないけど、海堂が司令塔に立って海堂中心のチームでいいんじゃないか?」

「それは全員が強くなって初めて言えることだ。俺のチームの他のメンバーはみんな発展途上中だ。もちろん、俺も同じだ」

「……ごめんな」

「そうだな、もし新垣……お前がバスケ部にいたとしたら、真っ先に俺と恐ろしいコンビだって周りの奴らに言わせる自信がある」

「運動は頑張っても平均的にしかできない。強いて挙げるなら、足が速いことくらいしか取り柄がないよ」

「……それでも俺はきっと言わせるだろうな」

 海堂から感じるこの静かなる情熱の源は……何なのだろうか。そこまで俺のことを信頼しているのか? それだったら、俺のことを買いかぶりしすぎだ。

「今日も部活か? 毎日お疲れさん」

「バスケ楽しいぜ。今からでも入ってみるか? お前だったらいい線行くと思うぞ」

「もう部活の勧誘はこりごりだ」

「そうか」

 俺はバスケが向いてるほど背は高くないし、何よりも体つきが女っぽくてね。運動をしても筋肉があまりつかないし。

 しかし、ずっと笑っている友人の存在は、何だか今の俺にとってはとても安心できる存在だった。ありふれた時間を送れているような気がして。

 だけど、そんな時間もいつの間にか過ぎ去って……奏ちゃんと帰ろうかと思えば既に帰ってしまったらしく、俺は一人で帰った。

 ここ何日かずっと晴れていた空も、今日は太陽も疲れているのか……今日は雲という名の幕の後ろに居座っているようだ。その変わりに灰色の幕が空を包み込んでいた。



 昨日と同じように、今日も夕飯の後はずっと自分の部屋に一人で過ごしている。

 俺は今日の授業で出された課題をずっとやっている。何もやる気が起きず、とりあえずやらなければならないことを片付けることに徹しようと決めたからだ。

「よし、もうすぐで終わりそうだ」

 時計を見ると午後十時を回っていた。

 課題が全て終わったら風呂に入って、少し音楽でも聴いて寝るか……。そんなことを考えていた。

 外から雨音が聞こえだし、あっという間に激しくなった。もしかしたら雷雨もあるかもしれないな。

 全く静かであるよりも、このように雨音でもいいから何か音のする中で勉強する方が集中してできる。この音に外から守られているというか、そんな感じがして。

 そして、ラストスパートをかけようとしたときだった。

『コンコン……』

 扉からそんなノック音が響いた。

「ん? はい……誰ですか?」

「奏です。隼人さん、お話ししたいことがあるので、部屋に入ってもよろしいですか?」

 外からは、ここ一日の中で一番はっきりとした奏ちゃんの声が聞こえる。

「奏ちゃんか、どうぞ」

 扉の方に振り向くと既に寝間着姿になっている奏ちゃんが俺の部屋に入ってくる。奏ちゃんは静かにドアを閉めて、俺のベッドに座る。

「どうかしたの? 夜遅くに」

「すみません、勉強中だったみたいで。終わるまでここで待っていますので、気にないで続けてください。話はその後ゆっくりしたいので」

「ああ、分かった。悪いね。もう少しで終わるから、そこで待ってて」

「はい」

 奏ちゃんが部屋に来るなんて……少し意外だったな。

 俺に話したいこと……。もしかして、昨日の夜に泣いていたことが関係しているのかな? 何だか気になってしょうがないな。

 だが、そんな中で俺は急にやる気が上がり、残りの課題もさっきまでとは違ってスムーズにできた。なぁんだ、俺は奏ちゃんと話さないことがよほど寂しかったのだろうか、と自分自身を嘲笑ってみた。

 その間も奏ちゃんは静かに待っていてくれた。ありがたいことだ。

 課題が終わり、ベッドに座っている奏ちゃんの方を見ると俺のことをじっと見つめていた。

「終わったよ。で、話ってなに?」

「……こちらに来てくれませんか?」

 トントン……と、奏ちゃんはベッドのマットレスを右手で軽く叩いた。

 俺は奏ちゃんに言われるがまま彼女の右隣に座る。

「やっぱり、ここの部屋って隼人さんの匂いがするんですね」

「えっと、その……今からでも空気を入れ換えようか?」

「いいえ、私はこの匂い好きですから。隼人さんが勉強をされている間、私……ちょっとベッドに横になっていたのですが、隼人さんに包まれているみたいですごく居心地が良く感じました。ずっとこのままでいたい気分です」

 奏ちゃん微笑みながらそう言った。

「どう反応していいか分からないな。嬉しいのかどうなのか……」

 奏ちゃんってこんなことをさっと言えてしまう子だろうか? それに、何だか奏ちゃん、いつもよりも積極的になっているような。

「隼人さんって可愛いんですね」

「ついに、奏ちゃんにもそう言われるか……」

 しかし、不思議と奏ちゃんに言われてもそこまでがっかりはしてこない。何だろうな、奏ちゃんが可愛いからなのかな。

「ふふふっ」

 奏ちゃんは俺の顔を見ずにそう笑う。何に笑っているのか分からないけど。

 さて、世間話はここら辺にしておいて、本題に入ろう・

「奏ちゃん、話したいことってなに? 俺に何か相談したいことでもあるの?」

 俺が優しく奏ちゃんにそう訊くと、奏ちゃんは口角を上げて、

「……隼人さんって察しがいいんですね」

「えっ?」

「私、そんな隼人さんのこと……」

 ――好きになっちゃいました。

 奏ちゃんから確かにその言葉が聞こえたんだ。

そして、初めて彼女の本当の眼を見た。

――何か求める強い欲望をむき出しにしている眼を。

その瞬間、俺は奏ちゃんに信じられないほどの強い力で仰向けの状態に押し倒され、奏ちゃんが俺の身体の上に乗ってきた。

「奏ちゃん、一体これは何の真似なんだ……?」

「隼人さん、いや……隼人君。私ね、隼人君のことが好きになっちゃったみたい」

「えっ?」

 突然のことで混乱している中、このことだけは分かった。

 ――目の前の奏ちゃんは奏ちゃんじゃない! 

でも、その姿、声、温もり……それは俺の知っている奏ちゃんそのものだった。唯一、違うと言えるとすれば、

――妖艶という言葉が最も似合っている、ということ。

普段は控えめな奏ちゃんが、今においては真逆な印象だ。積極的になっていて、理由は分からないけれど、俺を求めているようだ。

 俺は両腕をぎゅっと奏ちゃんの両手で掴まれて身動きが取れない。意外と力があって、この拘束から解放されようと思って俺が力を入れる度に、奏ちゃんが俺を抑える力も段々と増してきていく。

 まさか、これが……奏ちゃんの抱えている『未知の病』の症状なのか? 精神的なことらしいし、性格が急に変わったのでその可能性は高そうだ。

「奏ちゃん、俺は何もしないから……。だから、こんなことは止めよう、な?」

「……いや」

 奏ちゃんはゆっくりと首を横に振った。

「さっきまでの奏ちゃんはどこに行ったんだ!」

「知りたい?」

 すると、俺の左手が持ち上げられ……奏ちゃんの胸の近くまで持って行かれる。

 幸い、二つの膨らみに触れることはなかったが、左手の指先が奏ちゃんの胸元の部分に直接触れている。奏ちゃんはお風呂に入ったと言っていたから、その温もりはやけに熱かった。

「あんっ……」

 奏ちゃんはそんな喘ぎ声を出して、息づかいが少し荒くなった。

「隼人君の手が私に……触れてる」

 と言って奏ちゃんは恍惚な表情を浮かべる。

「……普段の私はね、私の中にいる。今の私も、普段はここにいるの」

 ということは今、目の前にいる奏ちゃんはもう一人の奏ちゃんということか。つまり、『未知の病』の症状は二重人格が現れるってことなのか。

「どうして……どうしてじゃあ、今の奏ちゃんが俺の上にまたいで座っている? どうしてこんなことをする? 教えてくれ」

「……それはね、隼人君のことが欲しいから」

「俺のことを?」

「ううん、一緒の家に住んでるからそれは別に今はいいの。今は、隼人君の温もりを感じて、匂いもね、直接感じたいんだ……」

 再び俺はさっきと同じように両腕を拘束される。

 奏ちゃんの右手によって、俺の着ていたワイシャツの第二ボタン、第三ボタンが開けられる。逃げることができるかもしれないと思ったけれど、不思議ともう力を出すことができなかった。彼女のされるままになってしまう。

「綺麗な身体してる。女の子みたい」

「奏ちゃん、一体俺に何をするつもりなんだ?」

「隼人君はじっとしてればいいから。大丈夫、痛いことは何もしないから。とっても気持ちいいことだよ」

 そして、奏ちゃんの顔がゆっくりと俺の方に近づいてくると思いきや、急に首筋に衝撃が走った。

「――ひゃあっ!」

 首筋を一回……すっと舐められた。

 奏ちゃんの唾液がついている部分には不気味にスースーしている。凄く気持ち悪い。

「隼人君、とってもおいしい。お風呂前に来て良かった。美味しいんだもん」

 ぺろっ、と奏ちゃんは自分の唇を舐める。

「奏ちゃん、そんなことしちゃだめだよ……!」

 だが、そんな忠告を聞くこともなく今度は耳元を今度はぺろっ、と舐められる。

 それに対し、俺はぴくっ、と反応することしかできない。

「奏ちゃん、やめてっ……!」

「隼人君って本当に可愛い反応をするのね。彩音さんの言う通り、男の子だなんてもったいないよ。こんなに可愛いのに。女の子になっちゃえばいいのに」

「奏ちゃん、気を確かに持って。こんなことをしちゃいけないよ……」

「そうだよね、隼人君が男の子じゃないと私はこんなことできないもんね。じゃあ、今度は隼人君が私に同じこと、して?」

 だめだ。今の奏ちゃんに何を言っても。まずは俺が気を確かに持たないと。

 とにかく、考えるんだ。

 どうして今の奏ちゃんは普段の奏ちゃんから変わってしまったのか? その原因は一体何なんだ?

「お風呂上がりだから、今の私は綺麗だよ? 隼人君の希望なら唇でもいいんだよ? そうなると、私の初めて……隼人君が奪うことになっちゃうね」

「……絶対にしない」

 こんな形で奏ちゃんのファーストキスを奪ってたまるか。

 俺が嫌がる素振りを見せると、奏ちゃんはより面白がった表情をして、

「じゃあ、隼人君がしたくなるようにしてあげるから」

 と、自分の着ている寝間着のボタンを一つずつ取ろうとする。白くて綺麗な肌が俺の目の前で少しずつ露わになっていく。

 どうにかして、早くこの場を切り抜けないとややこしいことになる。

 奏ちゃんは俺に何かを話したくてここに来たんだろ? いやでも、それは違って俺と今こうすることが目的なのか?

 とにかく、様子がおかしくなったのは昨日の夕方からだ。きっと、今の奏ちゃんになったのも昨日の夜のことで何か関係があるはず。

「……奏ちゃん、一つだけ聞いていいか?」

「なあに?」

「俺に何か隠していることはないか? 昨日の夜……俺は奏ちゃんの部屋の前で君の泣いている声を聞いたんだ」

 そう言うと、奏ちゃんの顔から今までの余裕を持った笑みが一瞬にして消えた。そして、性格が変わってから初めて俺から視線を逸らした。

「そ、それは……」

「どうしてなのか、言ってくれないかな」

「……そ、それはっ……!」

 ついに奏ちゃんは口ごもった。胸に手を押さえて、少し苦しそうな表情をしている。

「やっぱり、言えないんだね。別に俺は責めているわけじゃない。でも……その原因を言えない部分はどうやら変わっていないらしいね」

「う、うるさいわねっ! わ、私は……」

「いや、変わってないよ」

 きっぱりとそう言ってやった。初めて俺は今の奏ちゃんよりも優位に立ったような気がした。いや、奏ちゃんが優位に立った事なんて一度もない。ただ、奏ちゃんのすることに俺が惑わされていただけなんだから。

「……あっ、あははっ。隼人君ってやっぱり優しいんだね。そこまで察してくれるなんて。それに、何も怒ろうともしない」

「だからもうこんなことはやめて欲しい」

「……もっと嫌になっちゃった。でもね、もう止めた方がいいみたい。もうすぐこの部屋に人が来そうだから」

「えっ?」

 ついに、形勢逆転か? 俺が身体を起こそうとしたときだった。

「……じゃあね、またどこかで会おうね。その時は今夜の続き、してね?」

 そう言うと奏ちゃんは意識を失ったように、彼女の上半身が俺の胸に倒れ込んでくる。俺を拘束する手の力が抜けた代わりに、奏ちゃん全体の重みが俺の胸にのしかかる。

『ガチャ』

 そして、奏ちゃんの宣言通り……扉が開き、優奈がこの状況を目撃する。


「お、お兄ちゃん……? 何やってるの?」

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