第3話 失われた楽園にて

 そこは〝月の大地〟の上に広がる見事な庭園だった。

 所々に建物があるがそれらは殆どすべてが緑に覆われている、

 中央には大樹が聳えており、天高く日に向かって伸びている。


「誰か来る」


 庭園の一角にある、小さな屋根のある小屋に座って、

 タブレット端末を操作していた白い魔導着を着た美しい少女は端末から眼を上げた。

 ドラゴンライダーと呼ばれる王国の騎士団の中でもドラゴンに騎乗することを唯一許された一団。そのドラゴン達が一機の王家専用の飛空挺を先導して遙か庭園の外を取り巻く雲を破り、少女の方へ向かっていた。


 少女にいつも以上に仰々しく頭を垂れる、〝教会〟の執政官ゴルバルト。

 ドラゴン達の一団の列にの最後尾につけ飛空艇から降りるなり、

 迎えに出ていた少女に最敬礼をした。


「これはこれは姫君、御自らお出迎え頂けるとは、このゴルバルト光栄の極みにございます」


 ゴルバルトは豪勢な教会の緋色と黒の正装甲冑をまとい、にもかかわらず膝をついてまでして少女に下手に出ている。


「かまわぬ。面を上げよ。ゴルバルト。貴様何用で聖地を踏みに来た」


 踏みに、と少女に言われた時、ゴルバルトは自らの足の下にある、月の大地のタイルの間から茂っている若葉に眼を落とし、少し脚をずらして花を一輪すりつぶした。


「何用とは、これは、これは、姫君。姫君は今年で13歳。

 つい先頃初潮を迎えられたと、従者達より伺っております。

 つまり、後にも先にもご婚姻のご相談に上がった次第でございます」


 気持ち悪いくらいの作り笑顔で、顎髭を前に突き出してゴルバルトがそう告げる。

 少女はややウェーブのかかった肩まで伸びた髪を無為に掻き上げてから、


「相手はもう既に皇帝と決まっているんだろう?」


 にやつくゴルバルトの瞳を直視してズバリと言う。


「はっ、それが我ら教会の習わしとなっておりまして……」


「で、婚姻をせども、〝ココでの暮らし〟からの幽閉は解かれず、

 子供を産み、ココで命を落とすまで生活せよと云うのだな?」


「御意にございます」


 ふぅ。とため息をついた彼女は、まるでゴルバルトに興味を無くしたかのように、

 はだしの踵を返し奥の大樹の下に控える建物の方へ歩き出した。


「これは、姫、お待ち下さい! 今日も沢山のお土産をお持ち致しましたよ!」


 このやりとりを10000年もの年月、我が先祖は繰り返してきたのだろうか、

 と考えると詮無い思いしか浮かばない。

 緑豊かな月の大地の庭園に小鳥が空を舞い、綺麗な噴水が水を流し、

 風と光と緑と、この世の楽園に思える光景が溢れている。

 彼女に罵倒されようが、ゴルバルトはここを歩けるだけでどれだけ誇らしいことかと胸を張り、自らは黒のロングブーツでカツカツと少女の後を追いかけ歩き続ける。

 途中従者達の住居を過ぎる。

 彼らの家は皆地上の民と同じ住居である。

 庭園を歩く少女とゴルバルトに恭しく頭を下げている。


「ついてくるな!」


 少女は後ろを振り向かずそう告げ、

 あまり得意では無い早足で大樹の方へ向かう。


「しかし、そう言われてもデスね。

 皇帝閣下はいち早く月の姫御子様とお会いしたいとおっしゃっておられて、

 こうしてお手紙も賜っておるのですが」


 金の王家の封筒を甲冑の懐から取り出し、ぴらぴらさせるが、

 少女はそれすら見ようとせず、ずんずんと庭園を歩いてゆく。

 やがて大樹の創り出す陰に二人が入る。

 少女は何も気にせずその陰に入るが、後を追うゴルバルトは十字を切ってからその陰の中に足を踏み入れる。

 彼女は見ても居ないが。


「ゴルバルト、ここは聖地だぞ」


「はっ、解っております。しかし、此度はこのお手紙をお渡しするまでは私は帰れませんので」


 しばらく歩いた後、ふん。と両手を腰にあててから少女がゴルバルトに振り返る。

 頬を膨らませている。


「これ以上ついてきて、聖廟に入られると困る。

 受け取ってやるからさっさと帰れ!」


 いうなり、ゴルバルトの手から封筒を奪う。

 ゴルバルトはパッと笑顔を作って。


「なんと! 御自ら受け取って頂けるとは! ありがたき幸せにございます、

 では私は閣下にご報告に! よいご返事を!」


 くるりと方向転換して、足早に聖樹の陰から逃れようと去って行った。

 常人は聖樹の陰に居てはナノマシンの影響から寿命が縮むと云われているのだった。

 ここで云う常人とは勿論〝持つ者〟の事であり、この世界のほぼすべてを締める人種のことである。


「手紙、このような物、受け取っても、吾の心は――」


 奪い取った手紙を睨み付け、地面にたたきつけてしまおうかとも思ったが、

 握りしめるだけにして、少女はゴルバルトの方から大樹の方へ向き直り、

 再び歩き出す。


 しばらく歩くと、大樹の下には人工的な建造物の入り口があり、

 入り口には電子的な構えのゲートがあった。

 彼女は右手の甲に埋め込まれたチップをゲートの認証キーに宛てる。


『No.000251 アイネール・レプリカント・ソフィリア 認証しました。

 遺伝子の総合的な破損度、72.4パーセントです』


 黒い複数層あるゲートが開いてゆくのをぼんやりと眺めながら、

 少女は改めて時間が無いと思った。


「〝持たざる者〟の少女よ、伝承通りならば、貴女が――」


 そう呟くと、ゲートの奥に現れた下りの階段を降りていった。

 そこは蛍光灯が輝く研究施設のような佇まいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神託のアヴァレーノン Hetero (へてろ) @Hetero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ