常松さんが死んだことに理由はありません。

常松さんが死んだことに理由はありません。

「私は別に死にたかったわけじゃないのよ」

僕の頭の上でふわふわ浮かぶ彼女が言う。

「気づいたら死んでたってだけの話なの」


彼女――常松(ツネマツ)さんが死んだのはつい先刻のことだ。遮断機が下りていたにも関わらず、彼女は踏切を渡った。そして僕の目の前で電車に撥ねられて死んだんだ。彼女の細い身体がぐちゃぐちゃに飛び散る光景は、永遠に忘れることができないと思えるほど衝撃的なものだった。

「譲(ユズル)くん」

と、立ち尽くす僕の目の前に現れたのは、ただの肉塊に成り果てたはずの彼女だった。

「ゆーずーるーくーん」

唖然とする僕の顔の前で彼女が手を振る。ちょっと待ってくれ。何が起こっているのか分からない。

「常松さん、今電車に……」

「ええ。轢かれて死んだわ」

だからほら、透けているでしょう? と、僕の身体をすり抜けながら彼女はあっけからんと言う。死んだけどそれがどうかしたとでも言っているようだ。

「譲くん。私は別に死にたかったわけじゃないのよ」

僕の頭の上でふわふわ浮かぶ彼女が言う。

「気づいたら死んでたってだけの話なの」

彼女曰く、彼女には遮断機が下りているのも、電車が来ているのも見えておらず、ただ踏切の向こう側にいた僕の方に歩いてきただけらしい。そして電車に轢かれてしまったと言う。

「そんな話信じられない」

「そんなこと言われても、事実なんだからどうしようもないわ」

それよりも、と彼女は僕の顔を上から覗き込んだ。

「私、死んでよかったと思うの! だってこれからは譲くんとずっとずっとずっとずっとずーっと一緒に居られるんだもの!」

恍惚とした表情を浮かべ彼女が言う。僕はそんな彼女がどうしようもなく恐ろしくて、叫び声をあげて逃げ出した。どうして、どうして今日出会ったばかりの人間にこうも狂気的なまでの愛情を抱けるんだ!

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