ラーメン魔界転生
めらめら
ラーメン魔界転生
「キーーー! 一体何者なのよ、こいつら!」
聖痕十文字学園中等部二年、
ツインテールを掻き毟りながら憤怒に燃える眼でモニターを睨むエナ。
ブラウザに表示されていたのは、彼女が参加しているSNS『ネバネバブログ』の、ジャンル別アクセス・ランキングだった。
#
学校では、清楚なお嬢様&まじめなクラス委員というイメージを堅持しているエナには、人知れぬもう一つの顔があった。
今、気鋭のラーメン評論で人気急上昇中の謎のJCラーメンブロガー『なえタン』の、中の人である。
毎週彼女がアップするラーメン食べ歩き記事は『ネバネバブログ』の中でもトップクラスの人気とアクセス数を誇っており、サイト内における彼女のラーメン
だがここ数日、エナの心中は穏やかではなかった。
『ごっくん&ルーシーのラーメン漫遊記』
この、なんともふざけたタイトルのラーメンブログが、あろうことか彼女のラーメン行脚の精華である
『なえタンのラーメンちゅるちゅるぶろぐ』のアクセス数に、急速に肉迫して来たのである。
そしてついに今日。
ジャンル「ラーメン」のアクセス・ランキングにおいて、エナの『ちゅるちゅるぶろぐ』を差し置いてトップの座に躍り出たのは、『ラーメン漫遊記』であった。
「くそ! 新参の分際で! 一体どんな小細工を……!」
自身のラーメン行脚に絶対の自信を持っていたエナは、猜疑に満ち満ちた目で敵方のブログを検めた。だが……
「こ……これは……!」
ブログの記事を通読したエナは、再び愕然とした。
「ぐぐぐ……! 面白い……!」
渋々ながら、エナもその一点は認めざるをえなかったのだ。
祖父の『ごっくん』と孫の『ルーシー』。
この、超歳の差コンビの掛け合い形式によるラーメン食べある
祖父の『ごっくん』は昔ながらの老舗のホスピタリティと、実直な味作りを評価するオールドスタイル。対する『ルーシー』は作家性が前面に出た、アーティスティックな最先端ラーメンに目がないクチだ。
この二人のラーメン審美眼の違いが、一杯のラーメンを巡る丁々発止の掛け合いに、なんともスリリングな面白さを与えているのだ。
全く対照的な二人が、揃って『いいね!』判定を出したラーメン店には、翌日行列が出来る程の影響力なのである。
「それにしても、こいつら……」
記事のクオリティは認めつつも、エナは、何かが納得行かなかった。
軽快なフットワークと鉄の胃袋、多摩市聖ヶ丘の名家『炎浄院』の令嬢としての豊富なお小遣い。それが自分のラーメンブロガーとしての強みだとエナは自負していた。
とはいっても、まだ中学生の身分では、ラーメン
ところがだ。
こやつらときたらどうだ。
休日ともなれば飛行機に乗り回って北は北海道から南は沖縄。
エナが逆立ちしても敵わない機動力で、日本全国の名店を喰い荒らしまくっているのである。
その、『飛行機』というのがまた引っかかった。
----------------------------------------
今日は! ついに! あの幻の名店『一清庵』さんにお邪魔しましたあ!」
----------------------------------------
つい先日ブログにアップされた、ごっくんの前口上。
そんな馬鹿な! エナは我が目を疑う。
木曽御嶽山の山中に彼岸にだけ庵を開け放つ、幻の木曽ラーメン店『一清庵』のレポートなのである。
清流を啜り霞を手繰るが如き幽明のラーメンを供する、ラーメンマニアが最後に辿りつく地とされている聖店である。
だが、人里離れた山深い湖畔に庵を構えたその店に辿り付くには、王滝口からの登山でもフル装備で最低十時間はかかるはず。
エナと同じく東京近郊を根城にしていると思しきやつらが、老人と子供連れで、そんな場所に、日帰りで?
考え得るただ一つの手段……ヘリコプター……『自家用機』!?
「間違いない! こいつら……!
そう気付いたエナは、自分の豊富なお小遣いを棚に上げて、どす黒いジェラスの炎をメラメラと己が胸に燃やした。
「許せない許せない許せない! あたしのブログを、コケにしくさって!!!」
名も知らず、顔すら知らぬ祖父孫を、一心不乱、呪うなりエナ。
基本、顔バレNG。
彼女の王座をもぎ取った、憎むべき、殲滅すべき『敵』であった。
#
エナの憤懣が
「げ……限定メニューが売り切れ?」
地元聖ヶ丘の行列店『とん三郎』のカウンターで、エナは声を荒げて店主にそう問うた。
この店が一日二十食限定で供する『濃厚豚ニボつけ麺』が、既に売り切れだというのである。
「へい、すいません。今日は品が出るのが早くて……」
すまなそうにそう答える店主に、
「だって! いつもはあたし用に一食とりおいてくれてたのに!」
納得いかずに食ってかかるエナ。
「それが、ついさっき来られたお年寄りとお子さんが、どうしてもと言うので……ブログに載せたいと言ってましたし……」
逆切れのエナに、店主は深々と頭を下げた。
あ……! エナの目が怒りに見開かれた。『奴ら』が来ていたのだ。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
心中で怨嗟の声を上げながら、しかたなくノーマルのラーメンを注文したエナは、程なくして到着したラーメン丼におろしニンニクと豆板醤をしこたまブチこんだ。
ずるずるずる……
憤怒の形相でラーメンを啜り上げていくエナ。
……
ゆがんだラーメン
#
そんなわけでその夜。
----------------------------------------
今日はおひさし! 多摩市聖ヶ丘の『とん三郎』さんに行ってきましたあ! o(´∇`*o)ワクワク
----------------------------------------
カチャカチャカチャ……。
暗い部屋で一人、パソコンに向かったエナが一心不乱にキーボードをたたく音。
今日の『レポート』を作成中なのだ。
----------------------------------------
限定メニューの濃厚豚ニボつけ麺を頼んだら、常連サンが予約済みで食べさせてもらえなかったですぅ(´・ω・`)ショボーン
なんだか仲良しのブロガーさんだけがひいきされてるみたいで、ちょっとカンジワルー!(>_<;)
代わりに頼んだ普通のラーメンは前よりスープが薄くなってて臭みも取れてなかったし……『とん三郎』さん、変わっちゃったのかなあ(T_T)ウルウル
----------------------------------------
「はっ! ざまあみろ! このあたしをコケにするからだよぉ!」
邪悪な炎を瞳に灯して、私怨に満ち満ちたウソ記事を着々と書きあげていくエナ。
----------------------------------------
おまけに、後から来店された車椅子のお客さんをすごく嫌そうな顔で追い返してたし、この店の追っかけ、もうやめようかなぁ……(´;ω;`)
----------------------------------------
「くくくく……」
完全なフィクションまで追加してとどめの一文を書きあげたエナは、嗜虐に口の端を歪めながら、ブログの書き込みボタンを押した。
「ふー! スッキリした!」
ウソ記事を捏造して『とん三郎』に『制裁』を加え、どうにか留飲を下げたエナは、数日ぶりに穏やかな顔でベッドに横になったのである。
#
だが翌朝。
「う……うそ!」
『ちゅるちゅるぶろぐ』のリアクションを確認しようとスマホを覗いたエナは愕然とした。
----------------------------------------
やいなえタン! 何様のつもりだ! 俺の好きなラーメンに難癖つけて評論家気取りってか? ふざけんな!
----------------------------------------
私も先日とん三郎さんにお邪魔しましたが、味が落ちているなんてことは、全然無かったですよ! なんだか、悪意をかんじるなあ……
----------------------------------------
限定メニューが食べられなかった腹いせか……クズだな。
----------------------------------------
ってこいつ、プロフ見たら厨房かよ。ガキはおうちでカップヌードルでも食ってろよwwwwwwwwwwwwww
----------------------------------------
『ちゅるちゅるぶろぐ』には、エナの卑劣な嘘を敏感に見破った何百人ものネットユーザーの怒りの声が殺到していた。
ブログが、炎上したのだ。
「やばい! やばい!」
エナの野望の城が、メラメラ燃えていく。どうにか鎮火しなければ。そんなわけで……
----------------------------------------
どーも昨日はお騒がせしました。なえタンでつ o(´∇`*o)テヘヘ
昨日は誤解を招く様な書き込みをしてしまってゴメンなさいですぅ<(_ _;)>
『たべゴロ』さんのページには「濃厚豚ニボつけ麺限定四十食」って書いてあったから、いろいろ勘違いしちゃったみたいですぅ(-_-;)アセアセ……
とん三郎さんのラーメン、食べた時間がわるかったのか、いつもよりちょっと味が違ってたけど、誤差の範囲だったとおもいましたです<(_ _)>ペコリ
----------------------------------------
またしてもその場しのぎの嘘を交えて、とりあえず鉄火場をやり過ごそうとするエナだったが……!
#
翌朝。
「ひ……ひいぃ!!!」
『ちゅるちゅるぶろぐ』の鎮火を確認しようとスマホを覗いたエナは、絶望に身を捩った。
----------------------------------------
とん三郎店主の豚乃川と申します。
先日は当店の濃厚豚ニボつけ麺で不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
『たべゴロ』さんのページにも限定二十食と書いていたのですが……。今後はより多くの限定メニューをお出し出来るよう精進してまいります。
----------------------------------------
また嘘かよ……クズだな。
----------------------------------------
なえタン、オワコンすぐる……。
----------------------------------------
やいなえタン! ●●●●して●●●けつかるぞゴルァ!
----------------------------------------
『とん三郎』店主の直接の書き込みと誠意ある謝罪で、エナの嘘は脆くも崩れた。
浅はかな捏造とカマトトぶった文体、イラッとくる顔文字は、ネットにひしめくラーメンビッグブラザー達の怒りの炎に油を注ぐ結果にしかならなかった。
ブログには、更に数千件の罵詈雑言が殺到していた。
#
「くくくく……。よ~~ぉ燃えおるわい……」
大邸宅、冥条屋敷の書斎で悠然。パソコンのモニターを眺めながら、そう呟いてほくそ笑む老人が一人。
エナの通う聖痕十文字学園理事長にしてブログ『ラーメン漫遊記』の管理人。
若い頃は、『飯綱落としの凛ちゃん』なる異名で一世を風靡した凄腕ラーメン職人の獄閻斎だ。
今でも、一ラーメンマニアとしてラーメン情報のチェックは欠かさない獄閻斎であったが、一麺入魂を信条とするこの老人にとって、一日に五杯も十杯も食い散らかす『なえタン』の爆食系ラーメン
……このような女が、ラーメンブログの
獄閻斎は眉を寄せた。
ならば、ものは試し。金にあかせた孫娘とのラーメン諸国漫遊をブログでぶつけてみると……!
案の定、馬脚を露わした! 自らの手で破滅を招いたのである。
「うむ……よくみれば年端もいかぬ娘のようだが、悔い改めよ。ラーメン道は修羅の地獄と知れ!」
老人はそう言って、眦を決し、己がラーメン
#
翌朝。
----------------------------------------
こんばんは。『ラーメン漫遊記』管理人のごっくんと申します。
とん三郎さんの名誉のためにつけ加えておきますと、先日車椅子で来店した私と孫の為にテーブル席までご用意いただき、本当に感謝しております。
いやな顔で追い返されるなんて事、全く無かったですよ!
----------------------------------------
エナの卑劣な嘘を逆手に取った獄閻斎の書き込みで『ちゅるちゅるぶろぐ』は更なる爆炎を噴き上げた。
「ぐ……ぐぐぅううぅううう! 覚えてやがれ! ごっくん!」
ブログに殺到した怒りの罵声は数万件に達し、エナは屈辱と悔しさに無念の涙を流しながら、SNS『ネバネバブログ』の退会申請ボタンを押した。
#
その後、人々の記憶から『なえタン』の名前が薄れ、エナが再び爆食系ラーメンブロガー『マンモスちゃん』としてブログ界に転生を果たすまで、一年の雌伏を要したのである。
ラーメン魔界転生 めらめら @meramera
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます