第46話 Verbrecher―咎人―
籠城戦で疲れ果てて眠っていた城兵たちは飛び起き、慌てて防戦したが、城の第一の城門はすでに
狡猾公の軍は城内へと殺到し、半壊状態の第二の城門で待ち受けていた城兵たちと激しい戦闘になった。城兵たちも、城の内庭に入れるまいと必死である。
自らの傭兵隊と狡猾公アルブレヒトに与えられた精鋭部隊を率いるクンツは、この闇夜の乱戦の中、崖をよじ登り、砲撃で壁が崩れ落ちた城壁から城の内庭に侵入し、居館に向かっていた。クンツ隊は、クーフシュタインの降伏兵から取り上げた鎧を着ていたため、城兵たちとすれ違っても見とがめられることはなかったのである。
この夜襲には、敵の城兵だけでなく、城を包囲していた帝国軍の諸将も大いに驚いた。どこの部隊が抜け駆けをしたのだと騒ぎ合い、どうやらミュンヘン公の軍らしいと分かると、マクシミリアンは、
「義弟は公子たちを殺す気だ。王である余が助けると一度約束した命を散らせるわけにはいかぬ。公子救出隊はただちに出撃せよ! 他の部隊も、ゲッツたちの城内突入を助けるのだ! 全軍出陣!!」
そう命令を下し、ゲッツ隊、フルンツベルクのランツクネヒト精鋭選抜隊、ジッキンゲン隊は、大慌てで出陣した。ブランデンブルク辺境伯、ヴェルテンベルク公ウルリヒ、シュヴァーベン同盟などの諸部隊もそれに続く。
この時、鋼鉄の義手はまだ直っておらず、ゲッツは仕方なく試作型の鉄の手で出撃したのである。
「ゲッツ殿。修理が完了次第、俺が足の速いシュタールに乗って、鋼鉄の義手を届けてやるから、安心しな!」
カスパールがそう言ってくれたので、ゲッツは彼に愛馬シュタールを預け、クーフシュタイン城へと突入したのである。
* * *
一方、クリストフは、あらかじめケヒリと相談していた通り、居館の一室で監禁されていたピーンツェナウアーの縄をほどいて助けていた。
「今まで、自暴自棄となった俺たちの戦いに付き合わせて悪かったな。逃げるがいい。ただ、頼みたいことがある。若様たちとドロテーアを連れて、脱出して欲しいのだ。そして、ローマ王の元に届けてくれ。そうすれば、公子たちを狡猾公の魔の手から救ったおぬしをプファルツ軍のジッキンゲンが助命嘆願してくれるはずだ」
「ほ、本当か!? 本当に助命嘆願してもらえるか?」
「絶対とは保証できないが、それが今はおぬしの唯一生き残る道だ。ローマ王とて、何の名目もないのにおぬしを無罪放免にはできないだろう」
「わ、分かった。どうせどこかの街に隠れていても、見つかったら殺される。やってみよう」
離れて暮らしている老母の元に何としてでも帰りたいピーンツェナウアーは
「ドロテーア。今すぐ、ピーンツェナウアー殿と共に、若様を連れて城外へと脱出するのだ」
部屋に入って来るなり、クリストフがそう言うと、銃声に
「俺のことは、もう気にするな。忘れろ。お前は、ゲッツと幸せになることだけを考えろ」
「クリストフ様。でも、私は……あなたの……」
「もういいんだよ、ドロテーア。自分の気持ちに素直になれ。お前は、俺のことを兄として好きなだけなんだ。自分の気持ちを偽り続けていたら、俺のように後悔する日が来る。……俺は、
クリストフは、ドロテーアが久し振りに見る優しく穏やかな表情でそう言い、机に置かれていた木箱をドロテーアに手渡した。それは、ゲッツの右手が入った木箱だった。ドロテーアは、これをずっと大事に持ち続けていたのである。
「この右手が、お前をゲッツの元まで導いてくれる。……さらばだ」
「……分かりました。クリストフ様、さようなら……」
ドロテーアは、涙を必死に我慢しながら微笑んだ。
(クリストフ様は、イルマ殿のことを愛しているのだわ)
と、薄々察してはいたのだ。そして、ドロテーアもゲッツに惹かれていて、自分たちは最初からすれ違ってしまっていたのである。
……それでも、これから死にゆくクリストフを笑顔で見送ってあげたかったのだ。兄のように優しかったこの人を……。
しかし、二人の別れの時間は、死神の到来によって終わりを迎えることになったのである。
「公子たちを捕えろ! 妨害する奴らは殺せ!」
兵士たちの怒鳴り声が、部屋のすぐ近くの廊下から聞こえてきて、クリストフは「ミュンヘン公の兵が、もう来たか!」と叫んだ。
「ピーンツェナウアー殿。俺が時間を稼ぐから、早く逃げろ!」
剣を抜いたクリストがそう言うと、ピーンツェナウアーは「お、おお!」と頷き、眠っているフィリップをおぶったドロテーアと、オットー・ハインリヒを抱いている侍女を連れて、部屋を出た。
しかし、その時、ダーン! という銃声がして、侍女がバタリと倒れた。ミュンヘン公軍の兵士が撃ったのだ。兵たちはクーフシュタイン城の城兵の鎧を身に着けているが、クリストフは、
(敵が、城兵に化けてここまで来たのか。狡猾なミュンヘン公アルブレヒトらしいやり方だ)
と、すぐに察し、惑わされなかった。
幼いオットー・ハインリヒは、身動きをしなくなった侍女の横でわんわんと泣き始めた。その公子をピーンツェナウアーが抱き上げ、ドロテーアに「い、行くぞ! 逃げるんだ!」と怒鳴った。そして、二人は兵たちが来た反対側の階段を使って逃げようと走った。
「逃がすか! 撃て、撃てーっ!」
狡猾公の兵たちが再び発砲しようと火縄銃を構えた。
クリストフは、「そうはさせるか!」と兵たちの前に立ちはだかり、二人を
「くっ……。こ、ここから先は通さん!」
クリストフは痛みをこらえ、敵兵たちの指揮をとっていた男に斬りかかった。その男とは、クンツのことである。
「クンツ! またお前か! 今度は俺を殺しに来たか!」
「ち、違うんだ、クリストフ! 俺は、お前を助けたくて……」
クンツはそう言ったが、クリストフは問答無用でクンツに襲いかかる。
ドロテーアと公子たちを守ろうとするクリストフの必死の剣の前に、クンツは
ミュンヘン公アルブレヒト軍の兵たちは、こんな手強い騎士とまともにやり合っても犠牲が増えるだけだと考え、クンツがクリストフから離れた瞬間を狙い、クリストフめがけて一斉に
「あっ! や、やめろ! こいつは、俺の……!」
クンツがそう叫んだが、もう遅かった。
無数の矢が、クリストフの鎧を貫き、または突き刺さり、彼はどさりと倒れたのである。
「く、クリストフ! クリストフーーーっ!! ……何しやがるんだよ、てめえらぁぁぁ!!」
「こいつらを殺せ! 皆殺しだ!」
と、叫んだ。雇い主のクンツがコロコロと寝返ったり裏切ったりすることに慣れっこのクンツの傭兵たちは、特に気にすることもなく、今まで味方だったミュンヘン公軍の兵たちに襲いかかった。
「クリストフ! しっかりしろ! 大丈夫か!?」
クンツは、クリストフを抱き寄せ、さんざん不幸に陥れ続けた友にそう呼びかけた。クリストフは、ゆっくりと瞼を開ける。
「一緒に帰ろう、クリストフ。俺、一族の城を取り戻したんだよ。その城で、俺とイルマがお前の傷が治るまで看病するからさ……。だから……俺のこと、許してくれ……」
クンツが
「俺は……もう助からん。クンツよ、心の底から俺に申し訳ないと思うのなら、俺の最後の願いを聞いてくれ……。お前は……本当に心からイルマを愛しているのか?」
「ああ。好きだ。俺は、イルマを愛している」
「しかし、イルマはお前を一生憎むだろう。お前がどれだけ尽くしても、イルマの愛は得られない。愛する女に一生、憎まれる……。それが、お前が生涯背負う罰だ。……そんな罰に永遠に苦しみながらでも、お前はイルマを愛し続けることができるか?」
「……できる。できるよ、クリストフ。俺は、イルマに生涯尽くす」
「そうか……。ならば、お前にイルマのことを託そう。あいつを守ってやってくれ。これが、俺の最後の願いだ……」
クリストフはそこまで言うと、「うっ……」と
「……クンツ、お前の手で俺を終わらせてくれ。きっと、これが俺の運命だったのだろう」
「い、嫌だ……。俺には、お前とゲッツしか……」
「……苦しくて、とても痛いんだ。頼むよ。友だちなら……」
げほっとクリストフは吐血する。そして、もう一度、「クンツ、頼む……」と呟いた。クンツは震える手で剣を握ると、ふらふらと立ち上がり、
「う……う……うわぁぁぁーーー! ……うわっ! わぁぁぁーーーっ!!」
と、気が狂ったように吠え、剣を振り落とした。
その頃には、クンツの傭兵たちは狡猾公の兵たちを皆殺しにしていた。クンツは、友の首を斬り落として我が胸にかき抱くと、傭兵たちに、
「……帰るぞ。イルマを取り戻して、俺の城に帰るんだ」
と、亡霊のうめき声のような
この後、ミュンヘンで監禁されていたイルマを多数の兵たちを殺して奪い返したクンツは、ホルンベルク城に帰還した。そして、数か月は城に籠っていたが、すぐに盗賊騎士として残忍な
他人もおのれも不幸にするこの男の破滅的な戦いは、兄カジミールと領土を分け合ってブランデンブルク・アンスバッハ
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