第42話 bergauf Schlacht―苦戦―
結局、クーフシュタイン城に残った兵の数は、半分以下の百六十数人となった。
夜、城を脱出して降伏した兵士たちは、マクシミリアンに城の見取り図と、ループレヒトの遺児たちの居場所を伝えた。子どもたちは、敵将クリストフの
「王様。どうか、若様たちのお命だけは……」
夜中に行なわれた軍議において、ジッキンゲンがそう
「分かっている。公子たちがいる居館の西側には砲撃をしてはならぬと全軍に伝えることにしよう」
マクシミリアンはそう言い、明日の城攻めの各々の部隊の布陣場所を諸将に伝えた。
クーフシュタイン城は、
その先鋒を命じられたのは、プファルツ軍のジッキンゲン隊とフルンツベルク率いるランツクネヒト隊だった。ジッキンゲンにはループレヒトの遺児たちを救う任務があるうえに、ローマ王に対するプファルツ軍の忠誠を示さなければいけなかったのだ。そして、フルンツベルクの精強なるランツクネヒト隊は、堅固な城を攻略するための突破口を開くことをマクシミリアンから期待されていたのである。
そして、この両隊に続き、ブランデンブルク辺境伯軍、ヴェルテンベルク公ウルリヒ軍、シュヴァーベン同盟軍の各都市の諸隊が突撃し、同盟軍の中でもカルバリン砲を多く所有しているニュルンベルク隊はその後方で援護射撃をすることになった。
(待て。
発表された布陣図を見た
(義兄は、情け深すぎる。子どもはいつか大人になり、両親の仇を討とうと我らに牙をむくはずだ。無力な内に殺さねばならん)
戦場のはるか後方から公子たちの命をどう狙うか。アルブレヒトは一人謀略を練るのであった。
* * *
そして、クーフシュタイン城の戦いは、翌日の払暁とともに始まった。
開戦の合図は、ゲッツが無理やり言うことを聞かせて指揮をとっているニュルンベルク大砲隊の砲撃の
「いいか、てめえら。絶対に居館の西側に撃つなよ。撃ったら、ぶち殺すからな。ジッキンゲンとフルンツベルクたちに当てないように、しっかりと狙いを定めて撃て!」
降伏兵の話でドロテーアが公子たちと一緒にいることを知ったゲッツは、砲撃手たちにそう命令し、大砲を一斉に撃たせた。
ズドーーーン! ズドーーーン! ズドーーーン!
カルバリン砲が火を噴き、砲弾は次々と城壁に
ゲッツは、籠城戦の
しかし、驚くべきことに、どれだけ命中させても、城壁や塔の壁はびくともせず、ほんの少しのヒビも入れられなかったのである。
「あはははは! クーフシュタイン城は、大砲に備えて、通常の城よりも壁を分厚く堅固にしているのだ! 並大抵の砲撃では、この城の壁を崩すことはできないぞ!」
ローマ王に降伏する機会を完全に失ってしまったピーンツェナウアーは、絶望のあまり昨晩はずっと発狂して朝を迎え、こうなったら破れかぶれだとついに居直ったのである。半ば気が狂ったようになったピーンツェナウアーは、
「殺せ、殺せ、殺せーーーっ!! 敵をみんな殺したら、俺は殺されない!!」
と、
一方、砲弾が城壁に傷ひとつつけられないのを見た先鋒のフルンツベルクは、
「これは、砲撃では無理だな。よし、我らの手で城門を開けて突入するぞ、ジッキンゲン殿」
そう言い、大剣ツヴァイヘンダーを抜いた。
「わ、分かったぜ、フルンツベルク殿。……ゲッツの兄貴がそばにいてくれないと、心細いなぁ……」
「心配しなくても、我らランツクネヒト隊が貴殿を守るゆえ、ジッキンゲン殿は公子たちを救出するのだ」
マクシミリアンからジッキンゲン隊の公子救出の手助けをしてやるようにと言われていたフルンツベルクは、王命を命に代えて守るべく、ジッキンゲン隊の盾になるようにしてランツクネヒト隊に崖の道を駆け上らせ、自身は隊の先頭にあった。
(頼もしい人だなぁ。ゲッツの兄貴が褒めるだけのことはある)
ジッキンゲンはそう感心しながら、フルンツベルクの後に続く。
「敵兵どもがのこのことやって来たか。……撃ち殺せ!」
城内のケヒリがそう下知した直後、ボヘミア兵たちは城壁の
城壁は崖の道の右手にあり、剣を右手、盾を左手に持っていたランツクネヒト隊の兵たちは、バタバタと
「か、
「とぼけたことを言っている場合ではないぞ! 城門から打って出た敵兵たちが、こちらに突撃して来る! ジッキンゲン殿、貴殿の鉄砲隊で防いでくれ!」
「お、おう! 撃て、撃てーっ!」
ジッキンゲンの鉄砲隊が慌てて撃ったが、
「我こそは、クリストフ・フォン・ギーク! 裏切り者のプファルツ軍よ、俺の怒りの一撃を受けよ!」
と、隊長のジッキンゲンの首を取ろうと襲いかかって来たのである。ジッキンゲンは、
「あ、あんまり、俺をなめるなよ!」
そう怒鳴って剣を抜き、クリストフに斬りかかった。しかし、クリストフは、マントをバッと
「させるか!」
フルンツベルクが、風うなる大剣の
フルンツベルク、ジッキンゲンの両隊は、クリストフ隊と激しい戦闘を行なったが、狭い崖の道での戦いのために兵力差で押し切ることができず、しかも、城壁の狭間窓からは鉄砲玉と矢の雨が襲って来るため、帝国軍側は大いに苦戦した。
「どけ、どけー! 天下の盗賊騎士フリッツ様のお通りだぁーーーっ!」
帝国軍の第二陣である
(あっ、ゲッツの伯父か)
フルンツベルクと
「クリストフ。お前はゲッツの親友だ。特別に殺さないでやるから俺の捕虜になれ。ローマ王の命令なんて俺は知らねえ。たとえ城兵が皆殺しにされても、お前はかばってやる。だから、俺に降れ!」
「お心遣い痛み入るが、俺はここで死ぬと決めたのだ」
クリストフはそう言うと、部隊を後退させた。
「あっ、おい! 待て!」
フリッツが追い、フルンツベルクのランツクネヒト隊、ジッキンゲン隊、さらに、辺境伯軍の傭兵隊長アプスベルクとナイトハルトの部隊も後に続き、銃撃や矢の雨をくぐり抜けながら突撃をした。
クリストフと城兵たちは城門の中に逃げ込み、帝国軍が駆けつける直前に門は固く閉ざされてしまった。フリッツは、「門をぶっ壊せ!」と叫んだ。しかし、その時、
バシャーーーッ!!
熱湯が、フリッツ、フルンツベルク、ジッキンゲンらの兵たちに降り注いだ。城門の上を見上げると、鼻のように少し突き出ていて下に向かって開いている出窓から落とされたのだった。
「あっつーーー! やべえ、火縄が濡れちまった!」
ジッキンゲンが半泣きになりながらそう
これには、ただでさえ短気なフリッツが頭の血管が切れそうになるほど激怒し、
「てめえ! この糞野郎どもめ!」
と、城門の出窓を睨みつけて怒鳴った。しかし、
「糞まみれなのは、てめえらのほうだろうが!」
という、城兵の
「こんな門、突き破ってやる!」
ナイトハルトの部隊が急峻な道をひいひい言いながら
「それ! 叩き壊せ!」
ナイトハルトの下知のもと、彼の兵たちが巨大な丸太をドーン、ドーンと城門にぶつけていく。その間、フルンツベルクのランツクネヒト隊は、破城槌の周囲を取り囲んで盾を
「いいぞ! もう少しで門が壊れそうだ!」
ナイトハルトがそう叫び、ランツクネヒト隊やジッキンゲン、フリッツ隊などが突撃の準備をしようとした時のことである。またもや城門の出窓からある液体が降り注いで来た。
熱湯でも汚物でもない。油だった。油は、破城槌にたっぷりとかかり、
(あっ、これは嫌な予感がする)
その場にいた帝国軍の将兵は誰もがそう思って、我先にと攻城兵器から離れた。
その直後、出窓から小さな
そして、城兵たちは、火の勢いが城門にまで迫りそうになった頃に出窓から水をぶっかけ、鎮火したのである。
破城槌は無残な姿となり、吊り下げられていた巨大な丸太も綱が焼き切れてしまい、ゴロンゴロンと転がって崖から落ちた。また、三人の兵士が、転がる丸太の下敷きになって一緒に転落してしまった。
* * *
「おいおい、大苦戦しているじゃねぇか……」
後方でニュルンベルクの大砲隊の指揮をしているゲッツは、クーフシュタイン城の攻防を見てそう呟き、チッと舌打ちをした。後ろで援護射撃など、じれったくて仕方ない。やはり、自分は最前線で戦うほうが性に合っている。
「ゲッツ。そろそろ行くかい?」
タラカーが、一緒に酒でも飲むかと誘うような気軽さで聞くと、ゲッツはニヤリと笑い、「タラカーの親父は、俺の気持ちがよく分かっているな」と言った。そして、
「エッボ。悪いが、今からパッペンハイムのところに行って、『大砲を撃つのは飽きた。今日限りで、ニュルンベルクの傭兵隊長を辞任する』と伝えくれ」
と、エッボに命令すると、剣を抜いて鉄の手で持ち、「俺たちも城攻めに加わるぜ!」と、自分の傭兵たちとタラカー一味に告げた。
「ゲッツ様、体力は大丈夫なんですか?」
「いつまでも病人扱いするなよ、トーマス。まあ、正直言うと、まだ万全ではないさ。でもな、暴れたくてうずうずしているんだよ。この衝動は誰にも止められねえ。疲れてぶっ倒れた時は介抱頼むぜ」
「やれやれ。世話のかかる主人を持って、俺は不幸ですよ」
トーマスはそう苦笑すると、ゲッツと同じように剣を抜いた。他の傭兵たちも、次々と自分の獲物を手に握る。
「いざ、出撃!」
ゲッツたちは、大混戦中のクーフシュタイン城へと突撃した。
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