第24話 Schlacht―会戦―
夜が明け、決戦の時が来た。
ミュンヘン公アルブレヒトは、朝日によって闇が払われていくとともに眼前に現れたランツフート陣営の布陣を見て、息を
「ボヘミア
アルブレヒトが珍しく気弱になり、これは決戦を挑まずに持久戦に持ちこんだほうがいいのではと悩み始めた。
そんな時、一人の貴公子が
そして、
「
貴公子は高笑いすると、馬首を返して自軍に引き返して行った。
(あれは、敵の大将ループレヒトだ。おのれ……。二十三歳の青二才が、ローマ王の義弟である
激怒したアルブレヒトは、興奮した時のいつもの癖でブッと鼻血を噴き出し、鼻から血をだらだらと流したまま剣を振り上げ、
「全軍、総攻撃―――っ!!」
と、怒鳴った。
攻撃命令が下されると、先鋒のランツクネヒト隊が、騎兵隊を前に押し出し、その後に続いて槍隊が突撃した。
第二陣のシュヴァーベン同盟軍は、ニュルンベルク部隊が中心になってカルバリン砲をぶっ放し、ランツクネヒト隊を援護射撃する。
今回は、パッペンハイムが二年前の失敗を繰り返さないように「味方に撃った者は斬首する」と事前にニュルンベルクの荒くれ傭兵どもを脅していたため、ランツクネヒト隊の兵が味方の砲弾に吹っ飛ばされるということは今のところ起きていないようだ。
「ちくしょう、何で俺たちは後方に布陣しているんだ。戦いてえ!」
第三陣のブランデンブルク
フリッツがいつ勝手に飛び出すか分からないと心配した兄のナイトハルトは、「落ち着け、フリッツ」と言った。
「初陣したての若武者ではないのだから、勝手な行動をして陣形を乱してはならん。ゲオルク様のそばにぴったりとついてお守りしているゲッツを少しは見習え」
「ふん! ゲッツも大変だな。辺境伯に子守りを押しつけられて」
「こ、こら! 何という無礼なことを……!」
ナイトハルトがそう言い、フリッツを説教しようとした時だった。
ドゴーーーン!
ナイトハルトとフリッツの背後で爆発音がしたのである。二人が驚き振り向くと、兵士たち数人が砲撃で吹っ飛ばされていた。
ニュルンベルク部隊の砲撃を受けたループレヒト軍が、大砲を撃ち返してきたのだ。
味方は、ニュルンベルク部隊だけでなく、辺境伯軍やミュンヘン公軍も大砲を撃って応戦しているが、命中
「こんなところで大人しくしていても、砲弾に当たって死ぬのを待っているだけだ! 俺は出撃するぞ!」
「あっ、おい! 待て、フリッツ!」
フリッツ隊は、ナイトハルトの制止を振り切り、突撃した。
辺境伯軍の先陣であるフリッツが前に出たものだから、出撃命令が出たのかと早とちりした辺境伯軍傭兵隊隊長のアプスベルクまでもが前進を開始し、ブランデンブルク辺境伯が気づいた時には手勢の半分近くがニュルンベルク部隊の前に出ていたのである。
「誰も突撃命令などは出していないぞ! 残りの部隊はとどまれ!」
「父上。どうも戦況が思わしくありません。ランツクネヒト隊や、我が軍のフリッツ、アプスベルクたちの手勢だけでは、
両軍の戦いを冷静に分析していたカジミールがそう言うと、辺境伯は「むむ……」と
(ニュルンベルク部隊の前に出るのは危険だが、たしかに今の戦況ではそうせざるを得ないか……)
と思った。
「大砲隊は私とゲオルクの部隊が守りますので、父上はどうか心置きなく戦って来てください」
「何だと? 戦の経験が少ないゲオルクはまだしも、そなたもここに残るというのか?」
「当たり前です。老い先短い父上が戦死しても、私が生き残れば、ホーエンツォレルン家は
(父親に向かって、よくもずけずけとそんなことが言えるな……)
辺境伯は
大砲隊に多くの守備兵が必要だったのは、たくさんの馬や人が引っ張らないと移動できないほど大砲はとても重たくて、戦闘中に一度固定してしまうと動かすことができなくなるのである。だから、敵軍に大砲隊が攻撃されても、大砲を移動させて逃げることができないのだ。敵兵に大砲を奪われないようにするためには、相当な数の兵士を守備につける必要があったわけだ。
(おいおい、俺は後方で
ゲッツは、出撃する辺境伯軍を後方で見送りながら、下唇をギュッと噛んだ。
* * *
(辺境伯軍が前進して来た。我らランツクネヒト隊の不甲斐なさに
ランツクネヒト隊の連隊長レオンは、騎兵を敵軍にぶつけて大打撃を与え、敵兵が
しかし、
「嫌々押しつけられた先陣だが、このまま戦果を上げられないまま後詰めの辺境伯軍に手柄を取られたら、我が武名に傷がつく……」
レオンがそう
ボヘミア傭兵隊がいくつも築いた
「あそこの陣形が崩れたぞ! 体勢を立て直す前に攻撃する!」
レオンはそう叫ぶと、直属の騎馬隊を率い、
「そこの
荷馬車の
「馬鹿め。貴様ごときに俺が殺せるものか。……消え失せろ」
老傭兵――ケヒリは、迫り来るレオンに、虫けらを見るような視線を向けると、短剣を抜き、左腕の筋肉を躍動させてレオンに投げつけた。
流星のごとき速さで短剣は飛び、狙い過たずレオンの額に突き刺さった。絶命した連隊長の
「連隊長! お、おのれーーーっ!」
中隊長のフルンツベルクが激怒し、ケヒリの隊に突撃しようとしたが、ケヒリの荷馬車隊は驚異的な迅速さで移動して、あっという間に
「甘いぞ、若造。全ての荷馬車は、我が手足のごとく自由自在に動く。この程度の陣形のほつれなど、すぐに立て直せるのだ」
ゲッツたちが二年前に戦ったニュルンベルク軍の
連隊長がまさかの戦死を遂げ、命知らずのならず者が集まったランツクネヒト隊もさすがに浮き足立った。十二人いる中隊長のうち七人が退却を開始したのだ。
本陣で戦況を見ていたループレヒトは、
(ここが攻め時だ)
そう判断して、ケヒルの息子ヘルゲが率いる
騎銃兵たちが、その機動力を活かしてフルンツベルク隊の陣形をかき乱しながら銃撃し、嵐が過ぎ去ったように退くと、次は騎馬隊が突撃して来て、多くの兵を殺した。
「てめえらの好き勝手にはさせねぇぞ!」
フルンツベルクが自軍の壊滅を覚悟しかけた時、辺境伯軍のフリッツとアプスベルクが駆けつけ、ヘルゲ隊と壮絶な戦いを開始した。
さらに、辺境伯の本軍もループレヒト直属の騎馬隊と死闘を始めた。だが、辺境伯軍の将たちは、敵の騎馬隊を率いている
「お、お前は……! 生きていたのか!?」
と、
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