第2話 Triumph―凱旋―

 こうして、老騎士タラカーの私闘フェーデは、今回もゲッツの活躍によってタラカーの勝利で終わったのである。


 二十二歳のゲッツは、このような命がけで荒々しい青春の毎日を過ごしていた。彼は、シュヴァーベン地方有数の資産を持つ騎士として知られていた故キリアン・フォン・ベルリヒンゲンの末っ子で、二年前まではブランデンブルク辺境伯へんきょうはくという殿様に騎士見習いの身分で仕えていた。


 ところが、ある日、ゲッツはブランデンブルク辺境伯の元から突然出奔し、盗賊騎士として主にシュヴァーベン地方を荒らし回っていたタラカーという老人と行動を共にするようになったのである。


 盗賊騎士とは、正真正銘、騎士の身分ではある。騎士ではあるのだが、古来より貴族の特権であった「私闘フェーデ」という自力救済じりょくきゅうさいの方法を悪用して盗賊まがいの行為をする、困ったやからたちなのだ。


 騎士たちは、自分の利益が侵害された場合、侵害者に対して私闘フェーデ――つまり、決闘――を挑み、自力で問題を解決することが認められていたのである。


「俺の領土を奪いやがったな! 殴り込みをかけて取り返してやる!」


「俺の従者を怪我させただと!? 許せねえ! 賠償金を払え!」


 といった感じだ。私闘フェーデは騎士が自らを救済するための権利だった。


 タラカーなどの盗賊騎士は、その騎士の権利を利用し、裕福な騎士や大きな都市に因縁をふっかけて私闘フェーデを挑み、「許して欲しかったら金を寄こせ」と迫ったのである。恐い物知らずの盗賊騎士にいたっては、広大な領土を持つ大領主である諸侯しょこうにも喧嘩を売ることがあった。


 そういった問題児の騎士たちが、当時の中世ヨーロッパにはごろごろといたのである。そんな中でも、ゲッツと肝胆相照かんたんあいてらす仲のタラカーは、神聖ローマ帝国の君主マクシミリアン一世の耳にも入るほどの悪名高き盗賊騎士だった。


 ゲッツは、タラカーがどこの貴族なのか、どんな経歴の持ち主なのかなどはよく知らない。タラカーという名が通り名で本名は別にあるらしいことを最近知ったぐらいだ。


 ゲッツとタラカーが出会ったのは、ゲッツがブランデンブルク辺境伯の元を去って故郷のヤークストハウゼンに戻っていた二年前の春のことだった。タラカーがヤークストハウゼン城を訪ねて来て、


「あんた、相当な暴れん坊だそうだな。ブランデンブルク辺境伯のお城で喧嘩ばかりしていたそうじゃないか。俺は、今からヴェルテンベルクの殿様相手に私闘フェーデをするんだ。手を貸してくれよ」


 と、初対面のゲッツに厚かましくも助っ人を依頼したのである。


(この男、年寄のくせして諸侯と喧嘩をやる気か。おもしれぇ)


 近頃面白くないことばかりあって、城で鬱屈うっくつとした日々を過ごしていたゲッツは、タラカーの誘いにあっさり乗ってしまった。これが、生涯を盗賊騎士として生きるゲッツの全ての始まりだった。



             *   *   *



「ヴェルテンベルクの若殿様の騎士たちとやり合った時もそうだったが、お前さんは本当に恐い物知らずだなぁ。あっはっはっはっ!」


 赤鼻の騎士から和解金をぶんどったゲッツたちは、意気揚々、コッハー川沿いの都市ニーデルンハルに凱旋がいせんし、この都市の代官のクンツ・フォン・ノイエンシュタインの館で戦勝祝いのごちそうを食べていた。


 ノイエンシュタインは、ゲッツの遠縁にあたるおじさんで、子どもの頃から可愛がっていたゲッツの頼みを聞き入れてタラカーとその傭兵たちの衣食住の面倒を見てくれていたのである。


 タラカーは、そんな気のいいノイエンシュタインが出してくれた、ただ飯をガツガツと食べながら、ゲッツの武勇を褒めたたえていた。ゲッツが大暴れしているのを見るのがタラカーは大好きなのだ。「俺にもこんな勇敢な息子がいたらなぁ」と言うのが口癖だった。


「しかし、あんな命知らずな戦い方を続けていたら、いつか犬死しますよ。今日も俺が助けなかったら、どうなっていたことやら」


 タラカーに十年近く仕える傭兵ようへい隊の古株ふるかぶハッセルシュヴェルトは、ゲッツの蛮勇を心配しているらしく、そう忠告した。しかし、ゲッツは、ビールをぐいっと飲み干すと、「けっ」と言って笑った。


「騎士が死を恐れていられるかってんだ。それに、ヴェルテンベルク公と戦った時も、俺の大胆さが功を奏して、勝てたんじゃねえか」


 ゲッツがタラカーの助っ人として初めての私闘フェーデを行なった時、ゲッツは、タラカーの傭兵十数人を率い、ヴェルテンベルク公ウルリヒに仕える貧しい騎士の従者を捕えた。そして、


「こいつを生きて返して欲しかったら、金を寄こしな!」


 と、その騎士の小さな城の前で吠えまくったのだ。傭兵たちには一門の大砲を引かせ、砲口を小城のぼろぼろの塔に向けていた。実は、その大砲は木でつくられた偽物で、鉄製に見えるように黒く塗っていたのである。


 貧しい騎士の城は、崩れた城壁の修復もままならないし、火縄銃や大砲といった強力な兵器は一つもなかった。ゲッツはそれを知っていて、脅しをかけたのだ。騎士はゲッツの言うことを聞くしかなく、泣きながらなけなしの金をゲッツに払った。


 ゲッツは、同じ行為をヴェルテンベルク公の領内で繰り返し、


「貴様らの殿様がタラカーに和解金を払うまでは、やめないぜ」


 と、豪語した。


 騎士たちはヴェルテンベルク公ウルリヒに泣きつき、何とかしてくださいと頼んだ。封土を受け継いだばかりの十三歳の少年君主ウルリヒは、領内に突然現れた盗賊騎士の横暴をどう処理したらいいのか分からず、泣き泣きタラカーに大金を払ったのである。



            *   *   *



「しかし、ヴェルテンベルク公がゲッツ殿におびえず、逆に『何と無礼な男だ』と怒り狂って大軍を差し向けていたら、ゲッツ殿の頭と胴体はつながっていなかったと思いますよ。あれは危険な策でした」


「うるせえなぁ。ハッセルシュヴェルトはいつも辛気しんき臭いから嫌いなんだよ。せっかくの戦勝祝いだっていうのに、料理がまずくなる」


 ゲッツはそう言い、鵞鳥がちょうの串焼きにむしゃぶりつく。他の傭兵たちも、


「そうだ、そうだ。ハッセルシュヴェルトの兄貴は辛気くせえ」


 と口々に言い、料理をがっつき食いながらげらげらと大笑いした。


「俺は、ゲッツ殿の命知らずな性格よりも、欲がないところが心配だぜ。ゲッツ殿は、ヴェルテンベルク公から大金をぶんどった後、タラカーの親父に分け前をもらうと、脅迫して金を巻き上げた騎士たち全員に金を返しちまったんだぜ? 信じられねえよ」


 馬面うまづらのせいか馬に好かれやすく、馬術が巧みな傭兵カスパールが、油べったりの豚肉にかじりつきながら言った。「敵から奪い取った物は全部俺の物だ」というのが傭兵たちの考えだ。だから、ゲッツのあの時の行動が奇異きいに感じたのである。


「あれはな、ヴェルテンベルク公との喧嘩に勝つために、貧乏な騎士たちを揺さぶったんだ。そうしたら、騎士たちが自分の殿様に泣きつくだろうからな。あいつらのなけなしの金が欲しかったわけじゃねぇ。揺さぶった結果、俺は勝った。目的は果たしたのだから、返すに決まっているさ。俺は弱い者いじめは嫌いなんだ」


 (十分弱い者いじめでしたよ)と家来のトーマスはゲッツの話を聞きながら内心そう思っていたが、短気な主人にそんなことを言ったらぶん殴られるに決まっているので、黙っていた。


「ゲッツ、ゲッツや。ナイトハルト殿からお前宛に手紙が来たよ」


 食欲旺盛な荒くれ者たちが料理を全て平らげ、それでもなおビールや葡萄酒ぶどうしゅをがばがば飲んでいると、館の主のノイエンシュタインが温厚な笑みを浮かべてやって来て、ゲッツに一通の手紙を渡した。


「ゲッツ。料理は足りたかい。まだお腹が空いているのなら、料理人たちにもっと作らせようか」


「いや、いいよ。もうお腹いっぱいだ。ありがとう、おじさん」


 ゲッツは十三歳の時、父親のキリアンの命令により、一年ほどこのニーデルンハルの街の学校で勉強を嫌々させられていた。その間、ゲッツはノイエンシュタインの館に預けられ、学校に通っていたのである。ほんの一時期だがゲッツの親代わりをしていたノイエンシュタインは、図体ずうたいが大きくなったゲッツのことを今でもまだ子どもだと思い、甘やかすのである。ゲッツの母のマルガレータから「たまには叱ってやってくれ」という手紙をもらうぐらいだった。


「それにしても、ナイトハルト伯父上から手紙とは……」


 何となく嫌な予感がしながら、ゲッツは手紙に目を通した。ゲッツの母マルガレータの兄であるナイトハルト・フォン・テュンゲンは、ここニーデルンハルから北へ丸一日歩いた、ザーレ川近くのゾーデンベルク城の主だ。優しいおじさんのノイエンシュタインとは対照的に、とても口やかましい人なので、ゲッツはナイトハルトのことが少し苦手なのである。


(どうせ「盗賊騎士などやめて辺境伯家に帰参しろ」などと小言こごとを書いて寄こしたに違いない。やれやれ、あの人の説教はたくさんだ)


 ゲッツはそう思い、辟易へきえきとした表情で手紙を読んでいたのだが、最後まで読み終えると急に上機嫌になり、「ヒュー!」と口笛を吹いて、タラカーにナイトハルトからの手紙を見せた。


「あのけちん坊な伯父上にしては珍しいぜ。『良馬が手に入ったから、お前にくれてやる。我が城まで来い』だとさ。早速、出立して、その良馬とやらを頂戴してくるよ」


「その話、何だかくせえなぁ」


 タラカーは、自分の白髭にべとべとについた豚肉の油を手の甲でごしごしと拭き取りながら、そう言った。


「お前さんの伯父上は、盗賊騎士と呼ばれている俺とつるんでいるお前さんのことを以前から怒っていたはずだぜ? それなのに、馬をくれるだぁ? うーん。やっぱり、何だかくせえなぁ」


「俺とタラカーの親父を引き離そうっていう魂胆だと言いたいのか? それはあり得るかも知れないな。だが、馬をもらったらすぐに逃げちまえば、何の問題もないだろう。大丈夫だって」


 お気楽なゲッツは、もう一杯ビールをぐいっと飲むと、椅子から威勢よく立ち上がり、でかいげっぷをした。そして、


「トーマス、夜が明けたらゾーデンベルク城に向かうぞ。寝坊するなよ」


 と、言うのであった。

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