2.嘘つき女 嘘つき?それがどうかした?
嘘は罪か
決まってる。否、だ。
人を殺したって、正当防衛が適用されるでしょ? 生きるためなんだから仕方ないのよ。嘘をつくのも何するのも。そりゃあ才色兼備なお嬢様を装うためならなんでもするわ。テストのカンニングでも、少し厚めの化粧でも、夜のトレーニングでも、なんでもね。
普段家を出て帰るまでは常に気を張ってなきゃいけないの。お嬢様然と背筋を伸ばして、
年下はだめね。年上かそれでなくても同年代で、しかも病弱そうな奴ならなおいいわ。
早く結婚して、早く死んでもらわなくちゃ。そうしなきゃあ折角結婚して金持ちになっても、その財産は私のものにならないもの。
自分の自由にできるお金が欲しいの。それも山ほど。貧乏に生まれれば誰もが持つささやかな夢よ。誰にだって邪魔はさせない。決してね。
その
このご時世に、ラブレター! 信じられる?
でもそれを聞いたらあのじじい、こう笑いやがった。
『お前の学校の人間は、よほど目が悪いらしいながっはっは!』
「……あのじじい、いつかぶっ殺してやる」
「え? 何?
私ははっと我に返った。
今は昼休み。私は席の近かったクラスの女子三名と机をつき合わせ、給食を食べているところだった。進学先にこの高校を選んだ理由の一つには、昼食が給食制だったからというのがある。給食だったらその残りものをもらって食費は浮くし、光熱費も節約できる。一石二鳥とはこの事だわ。
もちろん、数日前に終わった夏休み中のバイト先だって、
居酒屋を選んだのは高校の人間が客として訪れるリスクを最小限にするため。
つまりこの多岐
「多岐さん、今何か言った?」
突然じじいへの恨みごとを呟いた私を、女子三名は
高校生活において女子っていうのは何がしかのグループに所属することになる。四月の進級から夏休み明けの現在にいたるまでに私が取捨選択の末所属しているのは、この『可もなく不可もなく』グループである。三人の中二人が一年の頃からのクラスメイトであるという縁で自然と彼らの中に入ることができた。
この、四人グループというのが絶妙にいいのだ。
二人か三人のグループは密すぎる。彼らの多くは夏休み中も長い時間を共に過ごし、思い出を共にしている。
それが四人グループなら、一人で行動しても『そういうキャラ』で受け入れられるし、付かず離れずの距離を保つところができるというわけだ。
もちろん、五人以上のグループも他にあるわけだけど、人間関係が増えるのは正直面倒臭い。だから私にとって、四人というのが一番ちょうどいいというわけ。
グループには所属せずに一人でいるという選択肢もあるにはあったのだけれど、優秀すぎて可愛すぎる私がそれを選ぶといじめられるおそれがあった。
別にいじめられてもいいけど。返り討ちだけど。
いじめられていては玉の
高い目標のためには日々の努力が肝心なのだ。
私はにっこりと微笑んだ。
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたわ」
「やだ、多岐さんでもそんな事あるのね」
「珍しくない? 何考えてたの?」
「
「なによぅ」
冗談を言い合って女子三名が笑う。その様子を見て私も笑う。
あくまで口元を隠して、大人しくだ。決してこの子達のように大口を開けて笑ってはいけない。
「でも多岐さんて本当に大人っぽいよね。笑い方とか。やっぱお金持ちのお嬢様ってかんじ?」
三名の一人が言った。
私はただ微笑んだ。
お金持ちのお嬢様?
誰が?
今こうしてる間にも、給食をお代わりする人間がいないか目を光らせてる私が? 毎日夜遅くまで学校から離れたスーパーでバイトしてる私が? じじいの愛人の家に間借りして肩身狭い生活をしている私が?
ちゃんっちゃらおかしいわね。
私が 《お金持ちのお嬢様》 であるという根も葉もない噂は、この高校で生活していくうちに勝手に生まれてきたものだ。
そういう噂は簡単に広まる。私はただにっこりと笑えばいいのだ。
お嬢様らしく。
清楚にね。
それだけで皆
私はお嬢様になる。
お金持ちの、才色兼備のお嬢様。
玉の輿に乗るための第一歩。
「あーあ、私もお金持ちになりたい」
「パンピーのうちらがそうなるためには、やっぱ玉の輿よね!」
「ねぇねぇ、知ってる? うちのクラスの
お金?
その言葉に私以上に敏感な人間はこのクラスの中にいないだろう。
「荻原? 誰?」
「ほら、窓際の一番後ろの。
そう言って女子が目線を後ろの席に流す。
そこには三人の男子がいて、二人が一つの机で、一人は椅子だけを二人の方に向けて給食を食べていた。私の記憶が確かなら、一つの机を共有している内の、 向こう側にいる方が荻原君だ。短めの黒髪で、これといって特徴のない顔立ちをしている。もし彼と一年の時同じクラスでなければ、私は顔の区別さえもできなかっただろう。
「あーはいはい。荻原ね」
「彼ね、なんでもすっごい名家の息子らしくて、家なんかもうでっかい日本家屋よ。家政婦さんとかいるんだって。家の中には茶室なんかがあって、池のついた庭もあるらしいよ」
「あんたどこでそんな事知ったのよ?」
「他のクラスの子が、なんかテレビで紹介されてるのを見たんだって。チラっとだけど、萩原君も映ってたらしいよ」
ああー。テレビ。そのメディアはうちにはないわ。
いやあることにはあるけど、自由なチャンネル選択権が私にはない。
今住んでるのじじいの愛人の家だから。とほほ。
ちなみに私は携帯も持っていない。知らない人間からメールきたりするのが嫌だから、というもっともらしい理由を公言しているが、実際はそんなお金がないからだ。
そう。すべてはお金だ!
「うっそ本当? 本人に確かめたの?」
「青柳が聞いたみたいよ。そしたらやんわりと話逸らされたって」
「なんで逸らすの?」
「金持ちだってバレたらやばいレベルの金持ちなんじゃないかなって話。ほら、誘拐とかさ」
「マジか」
「私そんなに金持ってたらコンタクトにしたいわー」
「なぜコンタクト。あんたウケるわ」
「だって! もう眼鏡ちゃんやなんだもん! コンタクトって高くない!? うちの親が許してくれないのよ…」
「あーわかる。ねぇねぇ今度、一緒にピアス開けにいかない?」
「えー。私ピアスとか怖い」
「怖くないよ。あんまり痛くないんだって。病院とか行けばすぐ終わるらしいよ」
話がここまで逸れると、私は完全に自分の思考に飛んだ。
コンタクトだろうが眼鏡だろうが、裸眼で二.〇の私にはどうでもいい事だ。ピアスも開けないし。繰り返すようだがそんなお金ないし。
それよりも、なんですって?
日本家屋? 家政婦? 茶室? 池付きの庭?
私は愕然とした。
一体この一年、私は何をやっていたのだろうか。こんな近くにいたではないか、お金持ちの王子様が!
荻原
金持ちの同学年。それに貪欲さからはかけ離れたあの平凡な容姿はいかにも長生きできなさそうじゃない?
よし決めた。
善は急げ。
いい物件があったのなら、早めに押さえておかないとね。
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