《雨の街》7
窓の外は雨。
「こんだけ雨に降られると、脳味噌まで湿気でふやけそうだな」
「まさか、僕の脳がふやけてるとでも言いたいのかい?」
ソファでは、規則正しく寝息を立てて
「そんなの言うまでもないだろ。……そういや」
窓を離れ、書架のレコードを物色していた叶哉が、ふと思い出したように呟いた。
「
歯切れの悪い叶哉の口調に、そう、と答えて柊真は叶哉の隣に立った。無言のまま叶哉の手から古いレコードを抜き取りターンテーブルに載せる。針を落とすと、澄んだ少年合唱団の歌声が流れ始めた。その清らかな歌声に、柊真の脳裏には冷たい泉で喉を潤す青い鳥が思い浮かんだ。
と、ふいに叶哉が柊真の手に何かを握らせた。くしゃりと乾いた音を立てたそれは新聞記事の切り抜きで、柊真は叶哉を窺うようにちらりと一瞥してから活字に目を通した。淡々と事件の概要が綴られ、最終的には『当局は、何らかの事件性があるものとして捜査を進めるとともに、行方不明の女児(4)を捜索する方針を発表した』と締めくくられている。柊真は切り抜きを手に睡羽をしばらく見つめた後、丸めたそれを屑籠へと放り投げた。
「小蝶さんにも言ったけどね。僕は君達の過去を詮索するつもりは無いんだ。僕はこのままで、……許されるならずっと、ずっとこのままでいたい」
このままでいたい、と、柊真は胸が焦げ付くように強く願う。《蝶》に行けば小蝶に雑用を命じられ、それを見て叶哉が伏し目がちに笑う。そして、叶哉の部屋では妹の睡羽が彼の帰りを待っている(その睡羽が、時には雨を眺めながら自分の演奏を聞いてくれる事があれば尚結構)。
「そんなもの」
いつかは壊れる時が来るかも知れないけどな、と叶哉が言ったのを、柊真は敢えて聞かなかった事にした。
不変は絶対ではない。絶対もまた絶対ではない。自分の願いとは相反する事実ではあるが、それでいいと柊真は思う。
「ところで叶哉。小蝶さんはさ、」
全く本当にいい女だよね、と、顔を下から覗き込むようにして言った柊真に、叶哉は眉を寄せて「はあ?」と素っ頓狂な声を上げた。
「気付かない振り? それとも本気で『ただの幼なじみ』なの?」
「……やかましい」
わあああ叶哉が照れてるー、と茶化す柊真の声に、睡羽がぱちぱちとまばたきして上体を起こした。此処は何処、と不思議そうな表情で辺りを見渡した後、叶哉と柊真に気付いてほうっと息を吐き出す。
「……良かった。ふたりとも、ちゃんと此処にいた」
「嫌な夢でも見た?」
「違うの。目が醒めてひとりじゃなかったから嬉しくて」
睡羽は立ち上がると、叶哉と柊真の手を片方ずつ取り、花が咲き零れるように静かに微笑んだのだった。
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