《砂の街》7-2


「あたし、ね。知ってるの」

「……何、を?」


 問い返した柊真の手から、するりと睡羽の指が離れた。楽隊の演奏が始まり、どん、と腹の底を抉られるような打楽器の音が響く。


「お兄ちゃんとあたしが、本当の兄妹じゃないって」


 砂塵風が、祭りの狂乱に苛立ったように強く吹き抜けた。柊真は、離れてしまった睡羽の薄い手のひらをそっと握り直した。


「でも、あの夜お兄ちゃんがあたしを『妹』にしてくれなかったら」


 直観的に、言わなくていい、聞きたくない、という感情が押し寄せてきて目眩がしそうになる。だが睡羽は続けた。


「あたし、きっと殺されてた。……死ぬより酷い目に遭ってたかも知れない」


 スクリーンには、夏期休暇を海辺の避暑地で過ごしているらしい家族が映し出されている。柊真が(きっと睡羽も)まだその目で見た事の無い海は深く青く、太陽の反射は金の花びらが翻るように美しく眩い。


「睡羽は……憶えてる、の……?」


 震えているのは睡羽なのか自分なのか。柊真は途切れがちに尋ねながら、ぼんやりとそんな事を思った。


「小さかったから、断片的にだけど」

「……そう」

「とにかく怖かった、と、思う」


 ああ震えているのは睡羽だったのか、と、柊真はもう一度その手を強く握り返した。

 映像に合わせて楽隊の音楽もくるくる回る。数少ない観客が拍手したり忍び笑いを漏らしたりしているのを、柊真は何処か遠い世界の出来事のように、睡羽と手を繋いだまま立ち尽くして聞いていた。


「あ」


 聞き憶えのある旋律。いつか《蝶》で睡羽にリクエストされて弾いた曲だ。同じく気付いたらしい睡羽が、柊真を見上げてにっこり笑う。


「トウマの曲だ」

「僕、の?」

「……そう。この曲はね、雨の匂いのするこの指で、静かに優しく弾いて貰わなきゃ駄目なの」


 この指にしか出せない音があるから、と穏やかな眼差しで言った睡羽に、柊真は胸が締め付けられる想いがした。

 ついさっき「死」という言葉を発した少女と同一人物とは思えない柔らかな笑顔。死などというのは、柊真には遠すぎて嘘か夢みたいなものでしかないのに。


「……ありがとう」


 ゆっくりと、柊真は睡羽の頬に唇を寄せた。白く冷たい、だが柔らかな頬。どういたしまして、と照れくさそうに目を伏せた睡羽が呟く。


「あたし、お兄ちゃんの妹になれて良かった。……トウマにも、会えたし」

「うん。でも、それは僕じゃなくて叶哉に言わなきゃね?」


 いつの間に戻ってきたのか、少し離れた場所で剥き出しの鉄柱に寄り掛かっていた叶哉を指さして、柊真は睡羽の背中を静かに押した。


「睡羽、今夜は誘ってくれてありがとう。叶哉には『またあした』って伝えて」


 大きく頷いて叶哉の元へ駆け出した睡羽を見送って、柊真は煙草に火を点けると、紫煙を深く吸い込んだ。

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