《砂の街》7-1


 赤い星の見下ろす《砂の街》には、鐘楼で打ち鳴らされる甲高い鐘の音を取り巻くように、人々のざわめきと哄笑とが響き渡っている。

 天幕を張った屋台から漂う甘ったるい匂い、見世物小屋の呼び込みの野太い謳い文句、移動遊園地に集う子ども達のはしゃぎ声。今まで噂に聞くばかりだった星祭りの情景が、柊真トウマにはどれも物珍しく心愉しく、浮き足立っているのが自分でも解ってしまう。


「おい柊真、はぐれるなよ?」


 紙コップに入ったビールを手に、にやりと口端を持ち上げて叶哉カナヤが笑う。隣の睡羽スイハはというと、さっき柊真が買ってやった派手な色のジェラートを不思議そうな顔つきで口に運んでいる。


「睡羽、美味しい?」

「……あまい」


 そっか、と微笑む柊真の指先を、睡羽は空いた方の手できゅっと握りしめた。


「お兄ちゃんがね」

「ん?」

「今年からは柊真に繋いで貰えって」


 聞こえない振りなのか本当に聞こえなかったのか、数歩先を歩く叶哉はこちらを見もせず飲み干した紙コップをぐしゃりと潰して投げ捨てた。


「うん、僕は光栄だけど」


 『今年からは』という科白せりふが微かに胸の奥で引っ掛かりながらも、柊真は「でも、叶哉は淋しいかもね」と言った。溶けてきたジェラートに苦心していた睡羽は、しかめっ面のまま「だってお兄ちゃんがそう言ったのに」と訝しげに答えた。


「睡羽、柊真が迷子にならないようにきっちり見張っててくれよ」


 新たな紙コップを手にした叶哉が戻ってきて、睡羽の頭をぐしゃりと撫でながら言った。何処に行くのかと問う隙も与えず、ほんの一瞬柊真に目配せしてみせると、叶哉は人混みでごった返す露店の方へとさっさと歩いていってしまった。


「……行っちゃった」


 柊真が呟くと、睡羽は肩を竦めて「お兄ちゃんってほんと我儘」と柔らかく笑ってみせた。


 しばらく歩くと、中央広場から少し離れた場所に設えられた狭い野外劇場の前に出た。どうやらスクリーンに映し出される映像に合わせて、楽隊の生演奏が聞けるという趣向のようだ。上演までまだ時間があるらしいが、客席には空席が目立つ。この星祭りの狂騒の最中に招かれた楽隊が少し気の毒に思えて、舞台上で調律している奏者達から柊真はふと視線を逸らした。


「柊真」


 ぽつり、睡羽が柊真を呼んだ。


「どうした? 気分悪くなった?」


 覗き込むようにして尋ねたものの、人波と熱気に飲まれて具合を悪くしそうになっていたのは柊真の方だった。睡羽は小さく首を振る。


「……あたし、本当はね、」


 ふいに開演のブザーが鳴り、睡羽の言葉は掻き消されてしまった。柊真は立ち尽くしたまま、何かを言わんとする睡羽の双眸を凝視した。

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