《雨の街》6
「–––それで、先生はスイハのお兄さんと入れ替わりであっさり帰って来ちゃったって訳ですか」
「そうだよ。だって元々、女の子が夜にひとりで留守番じゃ心細いだろうと思って行っただけなんだから」
「ふぅん」
柊真はテーブルに置いたままの煙草をちらりと見たが、レッスン中だと思い直して視線を逸らした。
「……ねえ先生。先生って、もしかして超鈍感だったりします?」
「へ」
「いや、気付いてないなら別にいいんですけど」
別にいいって何だよ、とふてくされたように言いながらテキストを開こうと伸ばした柊真の腕を、霞月は含み笑いをしながら掴んだ。
「星祭りって今夜でしたっけ。勿論行くんでしょう、スイハと」
「そのお兄さんの叶哉もね。……あ、もしかして君も行きたい?」
ぱっと星が瞬くように笑う柊真の腕を離して、霞月はがくりと項垂れた。
「いいえ。脳内お花畑の先生に、今夜は赤い星のご加護がありますように」
胸の前で十字を切る仕草をする霞月に、柊真は首を傾げながらテキストの頁を開いてみせた。
「とにかく、今日からこの曲に進むからね。繰り返しが多くてつまんないだろうけど、指使いの練習だから文句を言わないように」
「……僕がいつ練習曲に文句なんか言いました?」
口を尖らせる霞月の額を軽く小突いて、柊真ははいはいお手本聞いててね、と言いながら霞月の隣に座ってピアノを奏で始めた。
定刻通りにレッスンを終えて霞月を送り出すと、柊真は傘も持たずに雨の庭へ降り立った。この街は何処もかしこもこんなに雨に煙っているのに、と、《砂の街》の乾いた風を思い起こしながら柊真は考える。髪を頬を肩を優しく撫でるように降る雨は、確かに湿気を嫌う楽器にとっては厄介だ。学生時代の友人達はこぞって、雨か砂かという極端な気候のこの地を離れ、手も届かないような世界で活躍している(志半ばで戻る者も多いが)。それを思うと、自分の今の立ち位置が正しいのか間違っているのか、ふと不安になったりもする。ただ鍵盤に触れていたい、と、それだけでいいと自分に言い聞かせて生きてゆくのは
そう思い至って心が
霞月には
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