《砂の街》6-2
叶哉が玄関扉を開けて最初に聞いたのは、屈託の無い睡羽の笑い声だった。睡羽は一人きりで留守番していた筈なのに、と不審に思って足を踏み入れると、色褪せたソファに並んで座る睡羽と柊真の姿が視界に飛び込んだ。
「……は?」
意味がわからん、とまばたきする叶哉に、跳ね上がるようにして睡羽が駆け寄った。
「お兄ちゃんお帰りなさい!」
「お疲れ様、叶哉。お邪魔してるよ」
柊真はね、小蝶さんからあたしが一人だって聞いて来てくれたんだよ、と、睡羽は嬉しそうに言う。
「お前、《蝶》は」
「僕は元々、単なる臨時のピアノ弾きだから。帰ろうと思えばいつでも帰れる。理由は何とでも言い繕えるしね」
「……あっそ」
何処か釈然としない口振りの叶哉に、柊真は殊更居心地が悪いふうもなく「大丈夫、お兄様の怒りを買うような事は一切致しておりません」と、むしろ叶哉を揶揄して楽しむような口調でおどけてみせた。
「ともかく叶哉も無事帰って来た事だし、僕はこれでお
柊真は立ち上がって睡羽の頭をポンと撫でた。
「え、もう帰るの?」
「明日は午前中に授業が入ってるからね。と言っても相変わらず生徒は一人なんだけど。……それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、なさい」
少し
- - -
「ねえ、お兄ちゃん」
壁に凭れてコーヒーを飲んでいた叶哉を覗き込むようにして睡羽は声を掛けた。
「柊真が此処に来た事、怒ってるの?」
「怒る? 何故?」
「だって、なんだか不機嫌だから」
「俺は生まれつきこういう顔してんの」
「じゃあ怒ってない?」
「怒ってて欲しいのかよ」
子供じみた
「本当に?」
「ああ、怒ってないよ。第一何を理由に怒るんだよ。妹を心配して仕事サボってまで来てくれた奴に」
そうだよね、と安堵したように笑い返すと、睡羽はソファに腰かけてブラシで髪を丁寧にとかし始めた。
「お兄ちゃん、あたし柊真が居てくれたから怖くなかったんだよ。一人でお兄ちゃんの帰りを待ってるより、ずっとずっと楽しかった」
その言葉に、ずきん、と胸の奥が軋むように痛んだのを、叶哉は自ら気付かない振りをした。解っていた事だ。睡羽が自分の『妹』になった時から、それは解っていた事なのだ。叶哉は瞼を伏せた。
「星祭り、柊真も来ればいいのにね」
星廻りの歌だってとっても上手だったし、と呟いて、睡羽はそっと窓の外を眺めた。その視線を追うように窓の向こう側に目を向けた叶哉の視界の遠く、星祭りを象徴する鐘楼は高く
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