《砂の街》6-1


 ざ、ざざ、と砂埃が舞い上がるような音がして、ラジオから流れていた曲は途切れてしまった。拾い物だから仕方ないか、とラジオを撫でると、睡羽はソファから少し身を乗り出して窓の外を眺めた。


 濃密な紺色をした夜空に浮かぶ、燃えるような強さの、けれど冷たい赤い星が見える。その赤い星を讃える星祭りは明日の夜だ。そのための準備で今夜も駆り出されるのだと、叶哉カナヤは面倒くさそうに呟いて出て行った。

 そんな先刻の出来事をぼんやり思い返しながら、睡羽スイハは昔、まだ自分が幼い頃に暖かな背におぶられて聞いた歌を口遊んだ。確か夜空をめぐる星達を歌ったもので、睡羽も歌詞はあまり憶えていない。


「誰、が、歌ってくれたんだっけ……」


 睡羽は誰に尋ねるともなく呟いて、手近にあった毛布を肩まで引き上げた。寒いのではない、が、こうすると暖かくて落ち着くような気がするのだった。



 どのくらい微睡んでいただろうか。そう思って柱に掛かった錆びついた時計を見てみたが、長針が僅かに30度ばかり傾いだだけだった。ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。遠く遠い、まだ揺籃ゆりかごに横たえられて眠るばかりの頃の、夢。夢の中では、さっきの歌が子守唄のように繰り返されていた。


 かさつく壁紙を指先でなぞった時、コンコン、と玄関扉がノックされた。叶哉が帰るにはまだ早い時刻だ(第一、叶哉ならノックなどせず鍵を開けて入ってくる)。睡羽はさっと身構えた。


「……睡羽。僕だ、柊真だよ」


 静かな声が、水面を打つように響く。睡羽は驚きつつも敏捷な仕草で扉に向かい鍵を開けた。


「–––トウマ、どうして」

「うん、どうしてだろうね?」


 困ったような柔らかな笑みが睡羽に降り注ぐ。叶哉も星祭りの準備で家に居ないって聞いたし君一人じゃ心配で、と、滑り込むように部屋に入った柊真が言う。


「迷惑だった?」


 そう尋ねられて、睡羽はふるふると首を振った。「そうじゃなくて」睡羽は焜炉こんろの前に佇んで柊真を見つめた。


「あたし、コーヒーいれるの下手なの」


 柊真はきょとんとした表情で睡羽を見つめ返すと、直後、弾かれたように笑ってみせた。


「いいんだよ、そんなの」

「だって」

「いいから座って」


 言いながら窓際のソファに腰を下ろして、柊真は此処に座るようにと自分の隣を手で示した。


「此処にはピアノが無いから、歌でも歌おうかと思って今夜は来たんだ」

「だって《蝶》は」


 し、と睡羽の唇を指で押さえて黙るように告げると、柊真はその指を膝の上に移動させてとんとんと弾ませた。秒針が時を刻むように。


「赤い目玉のさそり、広げた鷲の翼」

「え?」

「青い目玉の仔犬、光の蛇のとぐろ」

「……トウマ」

「オリオンは高く歌い、露と霜とを落とす」


 柊真の歌うなだらかな顫音trèmoloが鼓膜を震わせ、自分の脳を甘やかに溶かしてゆくように、睡羽には感じられた。そして、この歌詞。今しがた微睡まどろみの中で聞いた歌はこれではなかったか。


「睡羽、どうして泣いてるの……?」


 頬を伝う涙を柊真の指先で掬われて初めて、睡羽は自分が泣いていた事に気が付いた。柊真の慈しむような眼差しに向かって「わからない」と小さく呟いて、睡羽はそっと柊真の身体に腕をまわした。

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