《砂の街》2
仕事から帰った
色とりどりの野菜、果物。鮮やかに咲き乱れる花。何処から調達してきているのか怪しい魚介類、ソーセージやベーコンに加工された肉。ありとあらゆる物が所狭しと並べられ、訪れる人々はひしめき合っては軒先で喋り散らす。まるでガラクタをひっくり返したような賑わいだ。これが午後にはぱったりと店仕舞いしているのだから面白い、と、睡羽はそんな事を考えながら市場を歩いた。
「睡羽!」
声を掛けられて振り返る。
「おはよう睡羽。相変わらずお人形さんみたいに可愛いのね。あ、叶哉さっき帰ったでしょ? 昨夜は特にお客さんが多くて遅くなっちゃったのよ。ごめんなさいね」
捌けた口調のこの美人は、叶哉が働きに出ている先の店主、
「睡羽は? おつかい?」
おつかい、という単語に自分が子ども扱いされているような気がして、睡羽はムッとして口を噤んだ。小蝶さんはいつもそう、あたしを『叶哉の金魚のフン』ぐらいにしか思ってないんだから。……睡羽はそっと、心の中でだけ呟いた。
「じゃ、あたし行くわ。こっちに車停めてるの。市場は混むから人攫いに気を付けなさいね、睡羽あんた可愛いんだから」
ひらひらと手を振る小蝶の背中を見送り、睡羽は掌の白銅貨をぎゅっと握りしめた。
買い物を終え、ずっしりと重い紙袋を抱え直そうと睡羽が立ち止まった時。
コツン、と背中に硬い物がぶつかった。睡羽は辟易した表情を浮かべると、後ろも見ずに歩き出す。
「学校には来ない癖に市場でお買い物? 相変わらずいい神経してるわ」
「来たら来たで『あんた達とは話しませんから』みたいな妙な上目線だし? イヤイヤこっちが話したくないっつーの、ねえ?」
背後から、悪意を含んだ甲高い声が降ってくる。同級生の少女達だ。ちょうど今が登校時間らしい。また背中に硬い感触。小石をぶつけられている事に睡羽は疾うに気付いているのだが、いちいち向き直って彼女らと視線を合わせるのすら面倒臭く思えて、睡羽はそのまま歩き続けた。
部屋に戻ると、珍しく起き出していた叶哉がコーヒーを啜っていた。
「重かったろ、頼みすぎたな」
「ううん、平気」
睡羽から受け取った紙袋の中身を出して並べながら、叶哉は睡羽の頭をぐしゃりと掻き撫でる。
「小蝶が寄ってった」
「そういや市場で会ったよ、買い出しに来たって。……で、小蝶さん何て?」
「帰りがけに睡羽に絡んでた不細工なお嬢ちゃん達は、あたしがビシッと教育的指導しといたから、ってさ」
壊れかけた冷蔵庫の、低く唸る音。
「えーと、それは」
どういう意味なのかな、と睡羽は苦笑いする。帰り道での同級生との出来事を、偶然小蝶が目撃していたのだろう。それにしても教育的指導って。叶哉は「小蝶が俺の代わりを果たしてくれたんだろ」とニヤリと笑った。
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