第7話  バリヌール人

第三章

 

 チャーリィはアカデミー付属病院の特別隔離病棟へライルを見舞いに訪れた。院長のモリス博士が直々に応対に出て、ちょっとチャーリィは驚いた。


「彼の件については、誰にも介さず、私自身で管理してるのだよ。彼を知る者は少ないに越したことはないからね。もちろん、誰にも会せたりしない。面会謝絶なのだよ」


 病室に向かいながら、モリスが打ち明けた。手を認証センサーにかざして、3つ目のドアを開く。三重のセキュリティで厳重に保護されていた。


「ああ、君はいいんだよ。私もLICチームの事は聞いている。彼に逢わせて良い人間は、たぶん、地球上では君達以外にいないだろう」


 やっと病室のドアが開いた。ここもセンサーで認証ロックされていた。モリスがチャーリィに説明する。


「意識が混濁している。会っても解らないだろう。生死の境にあるのだ。我々には殆ど何もできない。輸血もできない。リンゲルを点滴して見守るしかないのだよ」


 何もないひたすら清潔な白い部屋にベッドが一つ。調和を乱すのは、過剰な程のモニター装置だけ。これらの全ての情報は、モリス博士の個人専用オフィスに送られている。彼はこの貴重な患者を他の誰にも任せたくなかったようだ。それは、決して秘密厳守の為ばかりではなかった。

 ベッドには血の気の失われた青白い顔の、それでも夢のように美しい青年。まるで象牙細工の人形のようだと思った。


「しばらくここに居てもいいですか?」


 チャーリィが遠慮がちにモリスに訊いた。頷いた院長は、帰る時にはベッドについている呼び出しフォンで連絡してくれと言いおいて、出て行った。

 ドアの向こうに消える後姿を見送って、チャーリィはライルのベッドの横に椅子を運んで座った。

 ライルを見つめる彼の心は複雑だった。今でも、あの時のショッキングな情景が脳裏に甦る。


 UWCスキャンのPC処理された鮮明な映像。それは、彼の骨格だった。

 全体のバランスは似ている。重力がほぼ同じなのだろう。だが、胸骨の代わりに、デリケートな薄い盤状の覆いが拡がっていた。

 四肢の骨は、棒状ではなく鎖状に編みこまれている。かつて、ガニメデでの訓練の時、彼が軽々と驚くべき跳躍をやってのけていたことを思い出す。この柔軟そうな形状がそれを可能にしていたのだと、納得する。

 主要な関節の数は、殆ど地球人と同じ。だが、その背骨は何本もの複雑な網目となっており、発生段階から異質な環境なのだと思い知らされる。

 全体的に、地球人よりずっと華奢な感じである。骨の組成も違うのだろう。


 内臓はもっと違っていた。もともと配置が違うものを、無理やり地球人型の形に押し込んでいる気がする。

 消化器官は、透視できない複雑な盲管。腸らしきものはなく、肛門も地球人の外観を得るために作られた狭道に過ぎない。

 肺は、大きく拡がった網目状の膜だった。その左右に心臓に相当するものが二つ、複雑に脈打っている。


 ――異星人。


 信じられない事実が、現実となって彼の目の前にあった。この目で、何よりも雄弁な証拠を見ているにも拘わらず、未だに認識を拒む。

 だが、理性は、これまでの彼の不可解な言動に納得したりもしている。



 あの時、気絶したメアリ博士以外は、みんな呆けたように茫然としていた。

 ライルがスキャン装置から出て来た。

 真っ先に動いたのは、FBIのランフォード。生理的な衝動だったのだろう。いきなり銃をぶっぱなした。ライルがとっさに身を投げた。ランフォードの狙いが定まっていなかったのが幸いして、弾は壁に埋まった。


 ランフォードに勇が飛び掛って、チャーリィも混ざっていって……。


 決着をつけたのは、CIAのアレックス。

 自分の銃を天井に向けて撃って、全員の動きを止めた。それから、ランフォード、勇、チャーリィと順番に銃を向けて、冷ややかに告げた。


「全員、手を挙げて立て! そのまま、動くな! ランフォード、銃を捨てろ!」


 ギアソンは終始硬い顔のまま、動かなかった。

 ミーナがヒステリックな声を上げて、座り込んでいるライルに駆け寄り、ハリス長官が引きつった顔でぶつぶつ言いながら、彼に銃口を向けていた。


 そう、みんな正気じゃなかったんだと、チャーリィは思う。自分自身、あの時、何を感じ、何を考えていたかという事さえ、定かでない。

 結局、ライルの他人事のような冷静な態度が、あの事態を収拾したと言えるだろう。


 みんなが極度に緊張した状態の中、ライルはゆっくりと立ち上がった。ハリスの銃口などまったく気にもしないで、彼らの凝視に応えるように両の手のひらを上に向けて軽く腕を開いて見せた。


「これで、私が説明した事が事実であると、信じてもらえたでしょうか。分裂ポリマーは実在のものなのです。私が地球の人間ではない事と同じように」


 まったく、あいつは物事に驚くということを知らないのか。パニックを起こした彼には、まだ一度もお目にかかったことがない。


 あの時の記憶は何もかもごちゃごちゃと混乱しているが、ハリスの胸ポケットから顔を出していた黄色い猿に似たネズミのことは奇妙に良く覚えている。

 頭痛を訴えて退出するハリスを見送った時に、ふと目にしたのだ。やけに人間染みた仕草で振り返ろうとしているその動物に、チャーリィは強烈な嫌悪感を覚えた。


 チャーリィは昏睡を続けるライルをじっと見つめる。見慣れた美貌は、驚くほど無防備で幼く見えた。そして、なぜか、チャーリィには、どうしてもライルが女の性にみえてしまう。

 外見は確かに男に違いなく、女っぽいわけでもない。しかも、異星人なのに。そういう相手に、そんな気持ちになるのはどうかと思うのではあるが。それでも、見つめていると夢のような美女に見えてくる。

 

 こいつは俺達をずっと騙していたんだ、といくら自分に言い聞かせても、本人を前にしては説得力がなかった。

 異質感は覚えても、違和感や嫌悪は沸いてこない。そんなことなど気にならないほどに、彼を身近に受け入れてしまっていた。


 ――俺達だけでも信じてやらなくては。


 チャーリィは眠るライルの唇にそっと唇を近づけた。


 ***


 決して消えることのない核の炎の洗礼を受けるバリヌールの世界。庭園のように調和と均整の取れた美しい大地は、暴力の前に崩壊していこうとしている。


 昏睡しているライルは夢の中にあった。忘れることがなく、分裂素基の遺伝子に記憶を記録するバリヌール人の夢は、過去の記憶を再生させるものだった。彼は今、七歳の自分に戻っていた。


 見知らぬ巨大な戦艦が何十隻も飛来し、穏やかなバリヌールの惑星に、突然核攻撃をかけてきた。無数の核が空から地上へ注がれる。大地を破壊し巨大な穴をうがち、さらにその奥深くへと撃ち込まれていく。マグマが空へ向かって吹き出し、コアが引き裂かれる。

 しかし、バリヌールの人々は落ち着いていた。そもそも混乱する種族ではなかった。常に泰然自若として運命を受け入れる性質だった。

 絶え間なく揺れる大地の中で、世界中のバリヌール人は、今、一つの目標の為に力を合わせている。

 老リザヌールが、七歳のライルに告げた。


「全てが間に合わなくなる前に、船は完成するだろう。君は生き延び、そして、種族として完成されねばならない。それが、君に課された次代のリザヌールとしての使命だ」


 ***


 ライルは形成手術を受けた。体の構造まで作り変える時間の余裕はなかった。外見だけでも変えられれば良しとしなくてはならない。幸い、バリヌール人と地球人は大筋において良く似ているらしい。

 髪に触れた。有機セラミック質の細くさらさらとした紫の髪が、蛋白質の栗色の髪に変わっていた。

 左右の側頭部に一対あった呼吸器官と発声を兼ねたひだのあるデリケートなひれ状の器官は、小さな肉質の耳となって固まっていた。代わりに、顔の中央部に穴が開いた突起物がついた。鼻という。これからは、ここからも、呼気を取り入れることができるように、肺盤に繋がれていた。


 食物を取り入れる口には、白く硬い歯が並んでいた。これでものを噛むらしい。歯を指で触れてみる。ガルド人の牙ほど大きくないが、幼いライルにはなんだか楽しかった。

 しげしげと手を見る。硬い質感の有機セラミックではなく、柔らかい皮膚がついていた。指には爪がある。伸びたり引っ込んだりはできないけれど、セラミックの表皮のように唯一固い部分だった。指の関節は3個。少ない。不便だが慣れるしかない。


「蛋白質の表皮です。一番苦労しました。我々にはないものですから。地球人の遺伝子からモデルを再構成しましたので、これで大丈夫だと思うのですが。地球人の見本は一体だけですし、しかも損傷の激しいひどい状態でしたから、万全というわけにはいかなかったんですよ」


  担当した外科医ヒューニヒルトが説明する。

 腹部に小さな窪みがあった。臍というものらしい。


「それは、どうやら、母体の中で成長する時に栄養を受ける器官の名残りらしいです。地球人は、我々と違って、両性種族なんですよ」

「ガルドの人達と同じなんですね」


 口を使って話すのが馴れないので、ぎこちなく音声を乗せた。


「そうですね。むしろ、雌雄2性ある種族のほうが、全体的には多いですしね。ラサン人のように、5性種じゃなくて良かったですよ。あの種族は、年齢を重ねるに従って性が変わっていくんで、そうなると、形成しようがなかったですから」


 さらに下に付加された器官を眺める。


「これは、何です?」

「地球人の生殖器官です。一応、遺伝子モデルに準じて、ほかと調和が取れるよう形成しました。機械的な反射反応は備わっていますが、本来我々には無い器官ですから、機能面では不完全です。外見の保証も全くありません」


 なるほど。地球人の目には触れさせないでおく方が安全かもしれない。


 ***


「ライル・リザヌール。準備が完了した」


 老リザヌールが穏やかに告げた。

 大きな地震がまた起きた。地殻が分断されようとしている。


「地上ジャンプするのですか?」

「核反応と地殻変動で、ジャンプ時の構造振動は探知される心配はない」


 口を開こうとした時、リザヌールが先回りして続けた。


「我々への心配は無意味だ。どのみち、間もなくこの世界は崩壊するのだ。ライル、我々は滅びることに悔いはない。君を世に送り出すことができたことを、我々は誇りに思っている。君は、おそらく、かつてどのバリヌール人も経験したことがないような多くの悩みや苦しみに出会うだろう。それは、君が完成するための試練なのだ。

 恐れてはならない。逃げてはならない。

 立ち向かうのだ。自分を信じるのだ。

その手伝いができないことだけが、私の心残りだ」


 ――老リザヌールの目に、何が見えていたのだろう。もう、決して訊くことはできない。


 わけの解らぬ衝動が、ライルの中にふいに突きあげて来た。気が付いたら、リザヌールの胸に飛び込んでいた。老いたバリヌール人の手が彼の背を暖かく包み、励ますように力を込めてくれた。リザヌールが――バリヌール人が、ライルをこうして包み込んでくれたのは初めてだった。きっと、老リザヌールも初めてだったに違いない。最初で、最後の抱擁だった。

 ライルの目から熱い液体が急にあふれ出て流れ出す。タンパク質の皮膜で覆われた頬が濡れていくのを感じた。


「さあ、行きなさい。ライル」


 ライルはもう一度、リザヌールとバリヌールの人々を見つめた。そして、彼らに背を向けると船に入った。小さな細長い卵型の船だった。攻撃を続ける艦隊の目を避けて辛うじてここまで作れたのだ。

 滑らかなコントロールプレートの上に指を滑らせる。動きに従って船が命を得、様々な機関が動き出しエネルギーが力強く満たされていく。

 この船が始動し始めると、亜空間ジャンプの収縮作用で、船の周囲を中心に脆い地質は一瞬で崩壊してしまう。

 複数の分裂素基の提供者の一人である老リザヌールは最も多くの遺伝子をライルに与えてくれた。彼は彼らの記憶と知識を引き継いでいくのだ。

 空間の振動が始まった。


 ***


 混濁した意識がふっと浮上し、夢から覚める。意識を呼び戻したのは……。


 ――誰かがキスしている。チャーリィ、君なのですか。……今の私は、応えることができません。身体中の全神経の調整能力を失っているので。君のキスはミーナのとは違います。人によって皆違うのでしょうか。君のキスは刺激的です。なんだか身体の奥から訳のわからないものが湧いてくるようで、落ち着かなくなります。

 不思議です。なぜなのでしょう。でも、嫌じゃありません。

 もう、止めるのですか? それとも随分長い間だったのでしょうか? 


 時間の観念が失われている。


 ――どこへ行くのですって? チャーリィ、君はどこへ行くのですか? 火…星?……


 再び混濁に飲み込まれたライルは、夢を見続ける。夢は過去へと立ち戻る。


 ***


 ついにバリヌールの大地が裂けた。

 亜空間の移行中に地殻の最終崩壊が始まった。移行は不完全に行われ、船体は多大な損害を受けた。長距離ジャンプは不可能になる。

 それでもかまわない。別に急ぐ旅ではないのだから。宇宙は見知らぬ世界ではない。むしろライルにとっては親しい世界だった。宇宙は空虚でも静かでもない。あらゆる波長、放射線が語りかけ、星々の秘密を覗かせてくれる。密度こそ低いけれど、様々な元素の展示場でもある。決して飽きることのない世界だった。

 地球へと航行するうちに、いつのまにか5年が経っていた。その間に、自分に伝えられた遺伝子に記録された知識の整理もしなくてはならない。情報は無尽蔵にあり、七年掛けてやっと半分も終わっていなかったのだ。退屈している暇などなかった。


 ***


 地球が見える。青い惑星。スペクトルが豊かな世界だと告げている。まるで、生物の宝庫のように見える。バリヌールを発って五年も過ぎているので、生命の活動を感じるのは嬉しかった。

 船の中枢知能セクションが情報を収集している。電波が洪水のように発信されているのだ。処理を終えた船が、しかし、クレームをつけてきた。地球は危険だという。直接接近して着陸するのは好ましくないらしい。

 ライルは暫く眠ることにした。そのうち、情勢も変化してくるだろう。アステロイド帯の中に紛れて船を静止させる。そして睡眠カプセルの中に入った。


 ***


 シャフトナー博士、おはようございます。今日も良く晴れていますね。とても明るくて眩しいようです。朝食は何を用意しましょう? 卵とハム? 私は、パンだけでいいです。卵やハムは、私にはちょっと……。

 まるで、殺人を犯したような気になるのです。それは生きていたのですよ。

 ……あなた方は命を摂取するのですね。

 ……わかりました。少しだけ。ほんとに少しだけ。

 ……すみません。気分が悪くて……失礼!


 ***


 昏睡から、意識が戻り、夢が途切れた。


 ――ああ、気分が悪い。むかむかします。ミーナ、君はそこにいるのですか? 胸が苦しいのです。私の体調整能力は、どうなってしまったのでしょうか?


 しかし、再び、意識は夢の中へと戻っていった。


 ***


 シャフトナー博士、船はあなたに私を託すことに決めたのです。私の遺伝子に興味があるのですか。あなたの親しい人だったのですね。地球人の遺伝子は、あまり情報を伝えてくれません。殊に、個人の経験によって得た情報は皆無です。

 シャフトナー博士、あなたが亡くなられて、私はとても残念です。これは……悲しいと表現して良いのでしょう?

 本来、バリヌール人は死に対し恐れを持たないし、個人の死に対しても感情的な反応はあまりありません。遺伝子に代々受け継がれてきた膨大な知識のほかに、個人の経験した記憶も残されるので、個人の死はある意味で存在しないのです。

 でも、あなた方地球人はそうではないのですね。個人の死は完全な情報の消去です。これは悲しむべきことです。シャフトナー博士、あなたにもう一度お会いしたかったと思います。


 ***


 ライルは、ぴくりとも動かない人形のようだった。

 その彼の閉じられた長い睫の下から、涙が一滴、糸を引いて流れ落ちた。

 それを見たギアソンは驚いて、思わず声をかけた。


「ライル博士? ライル君?」


 ライルの目が開いた。


「シャフトナー博士?」


 弱々しい声が微かに漏れた。目は焦点を合わせていない。見えていないのだ。夢を見ているのだろうか?

 目が再び閉じられた。静かだった顔にいきなり苦悶の表情が表れる。首が反らされ、何かを掴もうと腕が上げられた。医者を呼ぼうとしていたギアソンは、思わずその手を握り締めていた。

 ライルの目が再び開いた。今度ははっきりと、焦点を彼に結ぶ。肩で息をしながら、彼が口を開いた。


「ギアソン長官。あなたがなぜ、ここに? ここは? 私は……?」

「君はネバダの研究所で倒れてから、十日も意識が無かったんだよ。此処は、アカデミー付属病院の特別隔離病棟の一室だ。君はまだ、世間からは隔離されている。君の正体を知っている者は僅かな人間に限られているんだ」

「疾病はどうなりましたか?」


 ライルは何より知りたいことを訊ねた。


「ああ、おかげですっかり治まったよ。更に酵素剤の散布をWHOが中心に全世界的に行われている。あの酵素は劇的な効果を見せてくれた。ありがとう」

「いいえ、功績はミシガン博士達のものです。私は知っていることをやったにすぎません。本当に苦労したのは、彼らなのです。地球の人達は思考が柔軟です」


 そして、ギアソンを見上げた。


「……私は、ここにいてもいいのでしょうか?」


 彼は胸を打たれた。ひどく弱っている所為なのだろうか、見上げてきたライルは、とても頼りなげに見えた。まるで、保護を求める小さな子供のような。

 ギアソンは握っていた手に力を込めた。


「ああ、いいとも。好きなだけ居るといい。一番懐疑的だったランフォード長官も、君が二度襲われた時点で疑いを捨てたよ。今、奴は血眼で部下を走らせ、犯人を捕らえようとしている。何しろ、自分の部下の中に、訳のわからぬ裏切りが出たのでな。すっかり、頭に血が昇っちまっているよ」


 ギアソンは一旦言葉を切って、やつれていてもなおも美しい彼に見惚れた。


「私は、君を歓迎するよ。そのうち、世界中の人々も君を歓迎するようになるだろう。我々が、君から学べる事は数限りなくあるに違いない」


 ライルが静かに微笑んだ。ギアソンは胸が高鳴るのを感じる。年甲斐もなく、彼にキスしたいと思った。

 馬鹿な! 相手は、男で、しかも異星人だというのに!

 彼が戸惑っていると、黒髪の医者がせかせかした足取りで入ってきた。担当のモリス院長である。

 無駄のない細身を白衣に包み、神経質そうな灰色の目で苛々と睨んできた。


「患者の部屋には、短い時間でと言ったで……! 意識が戻ったんですか!」


 ギアソンに非難する厳しい口調で、


「どうして、直ぐ連絡しないのです!」


 ライルには優しく、同時に、当惑も込めて、


「気分はどうです? 何しろ生きているのが不思議なほどの重傷でしたからね」


 と、言いながら衣服を開いて傷口を調べた。

 陶器のような白く滑らかな肌に、銃創がまだ醜い傷跡を開いていた。しかし、医者は満足そうだった。


「最初の一週間は、傷の回復も見られなかったし、体力は極度に落ちていたしで、正直言って諦めていたんですよ。だが、二週間目に入ると、それがみるみる回復してきたんですな。驚きましたよ。ミス・ブルーが献身的な看護をしてくれていました。彼女には、感謝しなくてはなりませんよ」

「ええ、切れ切れですが、彼女が側に居るのが解りました」

「なんですって! あなたは意識が混濁していたのですよ。解るはずがない!」

「混濁していたのは知っています。それでも、時々、意識が戻るのです。チャーリィが来てくれたこともわかりました」


 医者は信じられないように、首を振った。そして、思い出したように、ギアソンに向かって言った。


「まだ、居たのですか? 患者が疲れるでしょう。早く帰ってください!」


 世界でも屈指のアカデミー付属病院の院長は、相手が国防省長官でも遠慮しなかった。


「私は大丈夫です。長官は私に話があるのでしょう。用が済んだら連絡しますから、どうぞ席をお外しください」


 医者は憮然とした顔をしていたが、手短にしてくださいよ、と念を押して出て行った。


「長官、チャーリィ達の事を話すつもりだったのではないのですか?」


 促されて、彼は本来の目的を思いだした。


「そうだった。チャーリィ君と勇君は、あの後間もなくに、火星へ発った。火星で特別実習訓練を受けた候補生達で隊を組んでね。彼等は、酵素体を受けなくても、もう感染する気遣いはなかったから。彼らの任務は、後始末と疾病の感染ルートを調べることだ。彼らに遅れて五日後には、第二次隊が月とルナステーションに派遣されている。君は、これが任意に持ち込まれたものだと言った。今でも、そう考えているのかね?」

「はい。これは、何者かが故意に地球を汚染させたものです。」


 ライルはきっぱりと肯定した。その答えにギアソンは満足げに頷いた。


「我々もこれを外部からの侵略行為とみなし、調査を開始している」

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