第4話 ライル の謎と分裂ポリマー

 第二章


 大きいものは月ほども。小さいものは岩ほどの。

 さまざまな天体が廻っている。

 小惑星地帯の軌道速度に同調させた調査隊の船から、目当ての天体へ探査艇がゆっくりと進んでいった。

 それを尻目に船外活動用の宇宙服で膨れたシャフトナーは、簡易推進装置を操って一人別方向へ向かって行った。


『シャフトナー博士、また、あなたですか! どこへ行くんです!』


ヘルメットの通話機を通して、船で待機している船長の苛立たしげな声が聞こえた。


『また、無断で、勝手な行動を』

『放っときなさい、船長。どうせ、すぐに、大音量で助けを呼んできますよ』

 

 副船長が、こっちに聞こえているのを承知で言っている。

 シャフトナーは、通話機のスイッチを切った。きっと、また船長が気づいてわめいているだろうが、彼の知ったことではない。


 こっちは調査で来ているのだ。乗員や調査隊メンバーとつまらぬお喋りをするためじゃない。意味のない社交辞令や懇親会など大嫌いだった。とうとう一度も船長主催のパーティとやらに出てやらなかったのを、きっと根に持っているのだろう。それに追従するように、誰もシャフトナーに話しかけてこなくなかったが、そのほうが彼にとって気楽というものだ。


 ――慣性航行中にちょっと船外に出た事だって、そんなに大騒ぎすることなどありゃあせん。


 シャフトナーはヘルメットの中で、にやっと笑った。


 ――退屈しのぎの散歩ってやつだ。もっとも、三本係留したはずのロープの一本が外れた時は、さすがに慌てたがの。


 副船長の奴は、まだ二本あるから大丈夫です、などとしらっと言っておったが、一本外れたとなれば、他の二本だって外れる可能性があるというもの。そうなってからでは、遅いじゃろうが! 緊急要請して当然のケースだ。乗員は、調査員の安全に責任があるのだ。その時の連中の対応を思い出し、彼は一人憤った。

 簡易推進器のノズルをわずかに開いて、方向を調整する。

 絶対零度の闇は、小天体のまばらな間から、どこまでも深く広く拡がっていた。遠く近くの星が揺らめきもなく無機質な光を放つ。地上とは比べようもない数。聞こえる音は彼の呼吸だけ。ただ一人、彼は、無数の星に包まれていた。


 ――あの中に、君はいるのか。


 ふと、シャフトナーは、友を思った。彼にとって、生涯のただ一人の友だった。彼を本当に理解してくれた、ただ一人の親友だった。

 栗色の髪をした優しい青い目の男は、二十五歳のまま、彼の心の中でいつも微笑んでくれている。

 

 シャフトナーは、目当ての小天体に辿り着いた。先ほどちらりと目にした金属反射が気になったのだ。小さい岩塊のようだったが、近づくと、それが巧みに偽装されたものだとわかった。

 

 それは、岩塊をまとった宇宙船だったのだ。


 そこに至っても、彼は待機している船に連絡を取ろうとは思わなかった。というより、調査隊の連中のことは、もうすっかり忘れ去っていた。


 ――十二メートル程の長さ。直径五メートル。形状は細長い卵か。


 宇宙船なら信じられないような小ささだった。陶質のような金属体。地球のものではない。冶金学にも造詣の深い彼は、確信を持っていた。

 シンプルで、何の突起も、窓も、開口部もない。つるっとした巨大な卵のようだった。

 博士は壁面を叩いて回った。考えると、ずいぶん非常識な行動である。

 すると、どうした弾みか、壁の一部にぽっかりと穴が開いたのである。彼は誘われるままに中に入ってしまった。


 そこは、人一人やっと入れるくらいの小さな部屋だった。小柄なシャフトナーでも狭く感じられた。穴は彼が入るとすぐ閉じてしまう。空気の流入が始まる。小部屋はたちまち満たされ、次のドアが開く。彼にも馴染みのエアロックだった。

 宇宙服についている検出器の目盛りを読んだシャフトナーは思わず声をあげた。


「ほう!」


 地球とあまり変わらない数値である。酸素が若干多めで、二酸化炭素は少ない。細菌類は全く検出されなかった。無菌状態といっていい。

 シャフトナーはヘルメットを外すと、息を吸い込む。船内の空気には微かに花のような芳香があった。

 ドアを通って先へ進む。柔らかい光が、辺り一面に溢れていた。照明はなく、壁自体が光を放っている。どんな物質なのか、柔らかく優しい印象を与える。細く狭い通路は直ぐに終わった。

 ドアが通路を閉じていた。


 ドアの鏡面に、わし鼻の男の顔が映っている。だいぶ後退したぼさぼさのグレーの髪と広い額。62歳という年齢は隠せないが、とび色の目は未だにいたずらっ子の少年のように好奇心に輝いていた。


 引き返そうという気は全く起こらない。なぜか、不安感や緊迫感を覚えないのだ。この船に入り込んだ時から、暖かく優しい印象を感じる。この船が彼に害を為すはずがない。


 ドアを開ける。

 そして、そこに目にしたものを見て、彼は立ち止まった。


 ***


 ネバダの宇宙病理研究所の特別会議室は、その名の通り特別な仕様となっていた。ガラス壁で仕切られた、一般室と隔離室があり、会話は双方向性のマイクとスピーカーを介して行われる。両室にはディスプレイやPC、テーブル等必要機材もそれぞれに備わっていた。

 その隔離室側で、チャーリィは何度も椅子の上で姿勢を変えていた。安楽椅子のような背もたれがあり、様々な機器と接続するジャックや点滴用ポール、酸素などがついている患者用椅子である。

 隣にはミーナ、勇、そして、メアリ・マルテン博士もやはり居心地悪そうに座っていた。ミーナ達は奇跡の回復を果たしたばかり。勇のパジャマの襟元からは白い包帯が覗いている。マルテン博士は発症後ライルの投薬で回復、再発を恐れながら活動中であった。


 向こう側の一般室には、感染の危険を冒して訪ねてきたギアソン国防長官とアレックスCIA長官、そしてハリスNASA長官にFBIのランフォード長官。

 お歴々が自分達に何の用だろうと、チャーリィは落ち着かない。彼なりの推測は、不安を余計に掻き立てるばかり。


『奇跡の生還、おめでとう。こう言っても差し支えあるまいね。実は、君達の意識が戻ったという報せを受けてね。それでこうして君達に会いにきたわけだ』


 アレックスの声がスピーカーを通して届く。

 口調は穏やかだったが、グレイの目は冷たい光を放っていた。


『だが、なぜ、あなた方だけが回復できたのかね?』

「解りません」


 チャーリィが代表して答えた。これは嘘じゃないぞと、内心考えながら。

 アレックスの目はマルテン博士を捕捉した。


「きっと、ライル博士の処置を受けたのが早かったからですわ。彼もそう言ってます」

『どんな処置を受けたのです?』

「薬、だと思います。成分が解らないので。彼は決して、それが何か教えようとはしないのです」


 メアリはライルに助けてもらった恩は感じていたが、仕事を進める同僚として、やはり彼の秘密主義には腹をたてていた。


『どんなものだと思いますか?』

「色は赤く、印象としては、まるで、そう、血のようでした。生の血。ひょっとしたら、本当に血液なのかも……」


 考え考え答えたメアリは、今更ながらにぞっとした顔になった。血? 何の? いえ、誰の?


『君達も同じものを?』


 チャーリィはあの時覚えた嫌悪感を思い出していた。彼も同じ印象をもったもの。

 ライルはその時点で、その疾病は死に至るもので、しかも伝染することを示唆した。一方で病名は解らないとも。それなのに、あれが有効だと確信もしていた。

 考えれば考えるほど、ライルの言動は矛盾と不審に満ちている。しかし、チャーリィはそれをアレックスには告げず、むっつりと押し黙って睨んだ。

 アレックスは目を外すと、他の二人に視線を注いだ。勇はそっぽを向き、ミーナは俯く。

 彼は苛々した口調で言葉を継いだ。


『答えたくないようですな。しかし、なぜ、彼はそういう薬を持っているのか。なぜ、彼だけ感染しないのか。一つ、考えてもらいたい』

「何をおっしゃりたいのです?」


 ミーナの声が震えた。


『解っているはずですよ』


 アレックスの声は冷たく厳しい。

 勇が勢いよく立ち上がった。点滴の針が抜け落ちたが目もくれず、怒りでがっしりした体を震わせている。


「あんた方は、始めっから彼を疑っているんじゃないか! でも、彼が犯人ならどうして俺達や患者を助けるんだ! それこそ、理屈に合わないじゃないか!」


 チャーリィも立ちあがった。


「それに、動機は何です? なぜ、ライルが疾病を広めなくてはならないのですか?」

「シャフトナー博士も亡くなったのでしょう? 彼が知っていたら、博士を見殺しにしたりするはずないわ。博士は彼の父親のような存在でしたのよ」


 ミーナも必死に立ち上がる。

 だが、アレックスは冷ややかに問い返した。


『そのシャフトナー博士が、彼を訪ねた二日後に発病して亡くなっていたとしたら?』


 ミーナは救いを求めて、チャーリィを見た。が、チャーリィは眉をしかめて頷くことしかできなかった。


「事実なんだよ。ミーナ。博士は出発の二日前に、彼を訪ねて基地に来たんだ。そして、二時間ほど話して、シティへ戻っている」


 追い討ちをかけるように、アレックスが補足する。


『しかも、博士が最初の発病者だった可能性が高い』

「そんな。だって彼が博士を故意に病死させる理由がないわ。出発前だって、博士と会えるのを楽しみにしていたのよ」


 楽しみでしょう? と聞くと、彼は黙ってうなずいた。その目に、確かに暖かいものが溢れていたとミーナは思っている。


『理由があるとしたら?』


 アレックスが彼女の顔を覗き込んだ。奴の目はネズミを飲み込んだヘビのようだと、チャーリィは思った。


『確かに、ルクセンブルクにある居宅で、彼はそのシャフトナーと同居していました。彼がカリフォルニアに移ってくると同時に、シャフトナーは火星に移住しています。地質学では高名な学者ですから、要請があったのでしょう。

 しかし、彼はどういう経緯で、一緒に暮らし始めたのでしょうね? 別に親戚でも何でもないのに。しかも、シャフトナーという人物は、正直言って、あまり好人物とは言い難い。普通ならとても同居したくなる人間ではないと、聞いてますよ。妻帯もしていないしね。そして、ライル博士はあの通り、我々が見てもはっとするほどの美貌の持ち主だし』

「な、何がおっしゃりたいのか、わかりませんわ……」


 ミーナが声を震わせて言った。チャーリィと勇も、あっと身を強張らせる。


『彼はどんな美女よりも美しいと、言ってるのですよ。彼が、シャフトナーとベッドを共にしていたのだとしたら? 彼がまだ無力な頃から、経済的な力で彼を拘束していたのだとしたら? 基地に訪ねてきて、過去を盾に行為を迫ったとしたら? 彼が博士に殺意を抱いても、おかしくはないでしょう?』


 真っ青な顔を引きつらせて、ミーナが思わず叫んだ。両の拳が胸の前で固く握りしめられている。


「ひどいわ! 嘘よ! 邪推よ! そんなはずないわ! だって、彼、キスだって知らなかったのよ! そんなこと、考えられる? 私がキスしたら、どうしてそんなことするんだって、聞いたのよ! 不、不衛生じゃないかって! 真面目な顔して……不思議そうに…………」


 チャーリィはびっくりしてミーナを見た。初耳だった。ギアソンも真剣な顔で見つめてくる。

 ミーナは口を押さえた。自分がとんでもない失言をしたことに気づいたらしい。


『なるほど。実に興味深い事だ。キスを知らなかった! 十七にもなって? 彼は無人島に、たった一人で生きてきたんでしょうかね? それでも、キスの一つや二つは、きっと知っていたでしょうねえ』


 アレックスがグレイの目を底光りさせて言った。ミーナはすとんと力なく椅子に腰を落とす。


『実はね、お嬢さん。我々が、貴女のライル君を調べてみたところ、実に不思議なことが解ってきたのですよ』


 彼は身を乗り出し、得々と話し始めた。ネズミどころかウサギまで飲み込んでいるようだ。


『彼の確かな記録は、十四歳以降しかないのですよ。それ以前は、全く白紙。しかも、彼が卒業したという学校も、大学も、全ての記録が完全な偽造であることが解った。みんな、シャフトナーが彼の為にでっち上げたのだ。

 さらに、彼の個人的な記録も全て偽造であることが判明した。レントゲン写真、血液検査、医療の記録。これがどういうことか、お解かりになりますか?』


 チャーリィもミーナ達も口をぽかんと開けたっきり、声も出ない。


『いったい彼はどこからきたのでしょうね? ライル・フォンベルトとは、何者なのでしょう?』


 そこから引き出される途方も無い考えに、チャーリィは唖然とした。


 ***


 所長のギフォード博士に呼ばれた時、ライルは病原体の完全な抽出と標本作成を終えたところだった。だから、何の疑念も抱かず、成果を携えて所長と会議室に急いだ。

 気密ドアへと向かうギフォード博士と別れて、ライルは隔離室に入った。発症こそしてはいなかったが、保菌者の可能性が高いと判断されていて、まだ隔離患者として扱われていたからだ。そこにチャーリィ達もいることに気づいて立ち止まったが、ライルの冷静な表情は動かなかった。


 同じ頃、気密服を脱いだギフォード所長がノーマルエリア側で席に着く。

 チャーリィは複雑な思いで親友を迎えた。

 ミーナは貴方の味方よと必死で目配せしたが、メアリ医師のほうは露骨に怯えと警戒を示した。

 彼は無言のまま、チャーリィ達の斜め横に用意されていたパイプ椅子に座った。

 

 アレックス達が彼を見て息を呑むのが見えた。

 だが、余りに整いすぎた造形と無表情の所為か、付き合いの長いチャーリィでさえも、まるで動く人形を見ているような異質感を覚える。

 アレックスは気を取り直すように身じろぎして、改めて自己紹介、用件に入った。


『貴方が、今回の疾病についてどう考えるか、是非お聞かせ願いたいと思いましてね』


 ライルは携えてきたP-Tbを操作した。


「その件ですが、病原体が解りました」


 所長を除く全員が、えっと立ち上がった。それを手振りで席に着かせてから、ライルは両会議室のそれぞれの壁にかかっている大きなディスプレイに注目するよう促した。

 そこには、螺旋を描くリボン構造模型と、たんぱく質様のものが醜悪に固まった高分子体が映っていた。

 彼は立ち上がると、大学で講義するように解説を始めた。


「これは、分裂ポリマーです。この場合、自己を複製するという点で、生物もしくは、準生物と言っても良いでしょう」


 それは、呼気を通して生物体内に取り込まれる。取り込まれた分裂ポリマーは、手近な組織細胞から生成物質を奪い、ポリマーを形成、分裂し、増殖する。構成が分子レベルのため、増殖速度も劇的に早い。

 一定量に増加すると、生体が過激なアレルギー反応を起こし、呼吸困難や臓器の活動の低下などの症状を示す。

 さらに、体細胞の構成物質、主にペプチド結合したアミノ酸を利用し、縮合重合したポリマー擬生物がこれに取って替わるため、組織が硬変、崩壊して、機能そのものが停止して、死に至る。

 しかも、完全に組み換えが行われるために、病変後の組織では、従来の細胞組織とポリマー組織の判別が極端に難しい。病原体の発見が遅れたのもこの理由にあった。


「これは、おもに動物が感染します。植物はセルロースによって守られているので、感染しにくいのです。しかも、このポリマーは、特に地球人に対して反応するようです」


 と、ライルは締めくくった。


「で、結局、どういうことなんだ?」


 チャーリィが遠慮もなく聞いた。彼は生物学が苦手である。ついでに言えば、物理も化学も数学も嫌いだった。

 ライルはちょっと戸惑った顔をしたが、何とか言葉を探したようだった。


「この分裂ポリマーが身体の組織細胞とそっくり入れ替わってしまうために、臓器の機能が果たせなくなり、死に至るということ。これで、いいでしょうか?」


 うん、それなら解る、とチャーリィはうなずく。最初からそう言ってくれれば話が早くすむのに。


『それで、治療のほうは?』


 期待を込めて、ギアソンが訊ねた。


「病原体が解れば、治療の手立ては自ずと明らかになります。この場合、ポリマーの分裂を阻止し、次いでポリマー本体を崩壊させれば宜しい。その為の物質、おそらく酵素という形になるでしょう」


 ライルは自信たっぷりに言い切った。ギアソンが希望に目を輝かせると、ハリスが、疑惑も露わに言った。


『博士が、これまで患者に用いてきた処方ですかな? それは?』


 ライルが固い口調で答えた。


「いいえ、違います。あれは……取りあえずの処置でした」

『しかし、非常に有効なものでしたね。あれは、何だったのです? あの赤い液体は?』


 彼は食い下がった。

 ライルは口を噤む。

 ハリスが敵意を込めて、決め付けた。


『それに、そんな分裂ポリマーなんて聞いたことがない。擬生物だって? どこにそんなものが在るというのだ? でたらめを言うんじゃない!』

「私がでたらめを言っていると、言うのですか?」

『でたらめじゃないという証拠は?』

「既に本体を抽出してあります。研究室のほうへ行ってご覧ください」

『そして、我々も感染させる? それが、一杯喰わせる為にお前が作り出したおもちゃじゃないとどうして解る?』

「分裂ポリマーは存在します。地球上ではありませんが」

『ほお、どこに在るんだね? 火星かね?』

「いいえ、火星でもありません。もし、火星にあるものならば、基地やシティ開発時に、既に汚染が始まっていたでしょう」

『じゃ、どこに?』


 ギアソン達が、尋ねた。

 ライルは決心した。このポリマーを発見したときから、いずれは避けられないと解っていたのだ。


「M18のG型星系の一惑星で、最初に発見されました。そこを開発しようとした移民団が感染し、要請を受けたバリヌールの医師が到着した時には全滅していました。同種、或いは、近似類種が、その後、数十種確認されています」


 そして、驚愕に、或いは、呆れ果てて麻痺したような彼らに向かって告げた。


「これは外から持ち込まれた病原体です。しかも、地球人用に調整された痕跡があります。何者かが、故意に地球を汚染させたのです」

「宇宙からの侵略……?」


 勇が茫然として呟く。

 ランフォード長官が嘲るように鼻で笑った。


『ははは……。馬鹿馬鹿しい。まるで安っぽいSF映画じゃないか。宇宙人が地球を汚染? では、その宇宙人とやらは、どこに居るのですかな? この事件はもっと単純なものだよ。だれか頭のねじが狂った天才科学者が、自分の作った作品を試してみたくなって、ばらまいたのさ。それとも、何か特別な目的でもあったのですか?』


 長官は容疑者に詰問する視線で、ライルをじろりと睨んだ。


『まったく、言うに事欠いて宇宙人とはね。天才の常識は、我々にはついていけんよ』


 唐突にハリスが立ち上がり、性急な様子で怒鳴った。


『そうだ。犯人ははっきりしている! 何をぐずぐずしている? 長官、彼を直ぐに逮捕すべきです!』


 チャーリィは立ち上がると、ハリスを睨んで一歩前へ出た。彼のカミソリのような視線に射すくめられ、ハリスは顔を強張らせて椅子に腰を落とした。上着の胸ポケットから黄色い小さな動物が一瞬頭を覗かせる。ハリスは眉間に手を当てて蹲った。

 緊張をはらんだ場を取りなすように、アレックスが落ち着いた口調で言った。


『まあ、待ってください。逮捕は彼の話を聞いてからでも良いでしょう。さて、なぜ、そんなことを言うのか。例の赤い液体は何なのか、答えてもらいましょう』


 ライルはじっとアレックスを見つめ、チャーリィ達を見、そして、アレックスに視線を戻して答えた。


「あれは、私の血です」


 思わず引いたチャーリィの足が椅子に当たってガタンと音を立てた。メアリは口を両手で押さえて、小さな悲鳴をあげる。勇とミーナは身動きも忘れたように固まった。


「私の体は、体内に取り込まれた全ての異物質に対して、直ちに無力化させるよう防御機構が働くようにできています。ですから、原因が不明の時点では、私の血を与え、その疾因に対する抗体を患者の体で、自動的に複製対処させるのが、最も早道だったのです。しかし、その為には、私の血液を各個人個人ごとに調整しなければならない。体力を消耗するのです。患者数が増えると、当然、提供する血液量も多くなる。取りあえずの処置といったのは、全罹病患者を賄うことができないからです。正直言って、私はもう限界でした」


 そういえば顔色が悪い、とチャーリィは今更ながら気がついた。

 ライルは一同に提案した。こんな馬鹿馬鹿しい実りの無い話は終わりにして、早く病原体に取り組みたい。


「ここには、UWCスキャン装置があります。それで、私を走査してください」


 全員で放射線室に移動した。技師が急いで機器の調整をする。UWC(ウルトラウェーブコンピューター)スキャン装置は、超音波とX線による連続した断層投射情報をコンピューターで映像処理するもので、験体の活動生体をそのまま観察できるため、広く臨床用として用いられている。

 ライルが入った部屋には、大型の装置があった。験体を等身大で走査するものである。その映像はその場で処理され、横にある大型モニターに映し出される。

 アレックス達は気密隔離服を着用し、用意されたパイプ椅子に腰かけた。


 ライルは僅かに躊躇い、そして、装置の入り口の縁に足を掛けた。


「やめて! ライル!」


 ミーナが叫んだ。

 彼は静かな視線を送ると中に入った。技師が装置を作動させ、映像が等身大に映し出された。


 ガタン! ガタガタ! と、椅子が耳障りな音を立てた。

 ミーナの口から悲鳴が上がり、チャーリィ達でさえ息を呑んだ。

 ある者は立ち上がり、残りの者は、椅子を後ろに引いていた。

 失神したのはメアリ博士。

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