5

「おい、頼むから家に帰らせてくれ!」


「落ち着いて下さい」


「いつまでこんな所に閉じ込められなくちゃいけないの! お願い、外に出して! 一度でいいから家に帰して!」


「こ、これは一体……」


 ドームの中は混乱と人に溢れていた。若い人も、年配の人も、男性も女性もたくさんの人がドームの中に立っていたが、あちこちで悲鳴交じりに叫ぶ声となだめる声が入り乱れている。事情を聞きたかったが、志乃と名乗った女性は迷わず先を歩いており、その間にいる少女は……無理だ。私は諦めた。足の痛みは大分収まったが、流石にもう一度チャレンジする勇気はどうしても持てなかった。


「うるさいわね。何があったの」


「とりあえずこちらに……彼らに姿を見られると、大変な事になると思うので……」


「それって、一体どういう事ですか?」


「部屋についたらご説明しますよ、分さん。それと、ええと、厘さんも」


 志乃さんは振り返ってそう言った。とりあえずまともな説明を受けられそうな事に安堵した。私達は大ホールに沿うように設置されている通路を通り、一番奥にあった控室へと案内された。


「どうぞ、お掛け下さい……分さん、無事で良かったです。心配していたんですよ」


「あの……私の事を知っているんですか?」


「え?」


「忘れているのでしたらすいません。最近色々な事があり過ぎて……あの、一体何処で会ったのか教えて頂いてもよろしいですか?」


 私の言葉に、志乃さんは途方に暮れたような顔をした。困り切ったような瞳で私を見つめ、それに少女が口を挟む。


「アンタ、この木偶の坊の事知ってるの?」


「でくの……」


「え、ええ。笹明分さんですよね? N丁目で使父をしてらっしゃる……今一緒に暮らしているのは祥吾君、清華ちゃん、新太君、天良ちゃん……そう言えば、祥吾君達は? 今日はお一人でいらっしゃったんですか?」


 今度は私が途方に暮れる番だった。私の隣で少女が面倒そうに息を吐いた。


「アンタ、こいつと知り合ったのは何年前?」


「一年ぐらい前だと思いますが……」


「え? いや……ええと……」


「どうやらこいつ、記憶喪失になっているらしいのよ。隕石の事もコロニーの事も知らなかったし、ここに来るまで始終鳩が豆鉄砲喰らったような面してたわよ」


 少女の乱暴過ぎる言い草に、志乃さんは顔を曇らせた。もっとも、私のように少女の粗雑な言い方に傷付いた訳ではなかったらしく、「やっぱり」、と小さく声を漏らす。


「やっぱり?」


「いえ、実は……このコロニーにいる人達にも、記憶障害が出ているみたいなんです」


「このコロニーにいる人達にも?」


「はい……一昨日、ぐらいでしょうか。目を覚ました人からここは一体何処だと騒がれて……何人かの方が外に出たんです。そして外の様子が変わっているとひどい剣幕で訴えられて……なんとか能力者達でなだめているのですが、皆さん何も思い出されなくて……」


 私と同じだ。喉の奥に巨大な氷の塊を落とされたような重く酷い寒気がした。少女は「ふーん」と声を出し、それから愉快そうに笑みを浮かべる。


「記憶障害起こしてるヤツと起こしてないヤツの違いはわかる?」


「はっきりとは……ただ、能力者で記憶障害を起こしている者はおらず、非能力者の方のほとんどが記憶障害を起こしていて……」


「能力者?」


「隕石が世界に落ちた後、突然異常な能力を発現した人達がいるのはご存知ですよね? 私達はそれを能力者と……」


「それって、疚人の……」


「ヤマイビト?」


「こっちで突然死ぬ能力者はいないの? 能力が発現して一年後に突然真っ黒になってくたばるヤツは」


「ど、どうしてその事を!?」


 少女の言葉に志乃さんが驚きと怯えを同時に見せた。少女は今まで聞いた事もないような真剣な調子で志乃さんを問い詰めていたが、顔に一瞬失望を浮かべ、それからにやりと笑みを浮かべた。


「ああ、そう……こっちじゃまだそういう認識なのね……まあいいわ。とりあえずあの騒々しい連中は一昨日から記憶を失くしているらしく、頼むからおうち帰らせてよ~っていい歳こいてビービー喚いているワケね」


「君……なあ、一体どうしてそういう言い方を……」


「何よ、じゃあどういう言い方すりゃいいって言うのよ」


「理由はわからないけれど、一昨日から記憶障害を起こした人達が不安に駆られて能力者の人達に詰め寄っている……」


「クソつまらないヤツ」


「……」


 クソつまらないって……この状況の何処につまらなくなさを求めているんだ……そう思ったが、あまりに不毛な言い合いに発展しそうだったので黙っている事にした。


「ま、状況はわかったし、どうでもいいわ。所で食料が欲しいんだけど、ある?」


「食料って……こんな状態の一体何処に食料があるって言うんだ。君、いくらなんでも少しは常識っていうものを……」


「はい、じゃあ、ホールの人達に見つからないように移動を……」


「え?」


「え?」


 私の横で、少女が呆れたように息を吐いた。


「コロニーには普通、食料を出せる疚人が在中しているのよ。そうじゃなければ薬人を養えないからね。とりあえずこんだけの人間が元気に騒いでいるんだもの。食料があって当然、って考える方が『常識』でしょう?」


「……薬人?」


「疚人?」


「……面倒臭い。とりあえず食料をわけて頂戴。食料を出せる能力者とやらはいるんでしょう?」


「あ、はい、それでは、こちらにどうぞ……」


 志乃さんは立ち上がり控室から出ていった。私は志乃さんが遠ざかってから少女にこそりと口を寄せる。


「なんだ……薬人って」


「ここを出たら説明してやるわよ。どうやらここにいる疚人……いえ『能力者』ってヤツはまだ現実を直視してないみたいだからね」


「現実って……一体なんだ」


 私の言葉に、少女は黒い目をギラつかせて口元ににやりと笑みを浮かべた。


「自分が死ぬって事よ」

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