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町は廃墟だらけだった。道路はひび割れ、隙間から生えた草は枯れ、街路樹は触れただけで折れそうな程にやせ細り、空気は妙に埃っぽく、肌寒く、人の姿は全くなく……ドームは道路に出れば直線状に姿が見える程に大きかったので、道案内に困る事はない。けれど、私の戸惑いは酷かった。一昨日見た景色から予想出来る範疇内だと言われればそうかもしれないけれど、それでも、最悪のパターンを想定するのと、それが動かしがたい現実だと認識するのは話が違う。子供達と震えながら見たゾンビ映画のように、異形の化け物が集団で襲い掛かってくるというわけではないけれど、誰もいない。誰の姿もない。誰の声も聞こえない。その圧倒的で暴力的な静けさが、じわじわと私の胸の内を食い潰していくようだった。
「なあ、本当に、一体何があったんだ……」
「何って、隕石が落ちて世界が滅びた、そういう説明でいいのかしら」
「隕石が!?」
「今更そんな驚く事じゃないでしょう。もう三年も前の話よ。世界各地に隕石が突然降り注いで、ほとんどの国が滅亡、巻き上がった粉塵が雲を作ってプチ氷河期状態……とりあえずこんな所でいいのかしら」
安っぽい映画みたいな設定よね、少女は事も無げにそう言った。それを安っぽいと言っていいのかどうかはわからないが、確かに小説や映画であればありふれた設定かもしれない。けれど現実は、決してありふれてなんかいない。映画のレビューでは「安っぽい」の一言で片付くような状況も、目の前に広がるそれは、決して安っぽくなんてない現実だ。急に寒気が酷くなって私は両手を擦り合わせた。指先はすでに氷のように冷たく凍え切っていた。
「その……他の人達は?」
「生きてるヤツは生きてるし、死んでるヤツは死んでるわ」
「生きている人もいるのか!?」
「そいつらが死んでいなけりゃね」
「どうして、そういう言い方をするんだ」
私は顔をしかめた。少女は振り返らずに答えた。
「だって知らないんだもの。ここいらに来たのは一昨日の事だし、コロニーが何処にあるのかさえも知らないのよ。ここらにいた人間が今生きているのか死んでいるのか、そんな事私にわかるはずがないじゃない」
「君は別の所から来たのか? コロニーていうのは一体なんだ?」
「次から次へと質問すんじゃないわよ。アンタ本当に聞く気あるわけ? 義務教育っていうのは質問する時は相手の都合も考えず自分の聞きたい事だけを矢継ぎ早に質問しろ、とでも教えているのかしら」
少女の言葉に私は喉を詰まらせた。確かに、次から次へと質問するのは悪い事をしたと思う。けれど
「でも、わからないんだ……不安じゃないか」
「アンタの都合なんか知らないわよ。まあ別に、アンタが私にアンタの都合を押し付けるのを咎める気はないけれど、だったら私がアンタに私の都合を押し付けるのも容認して欲しいものだわ。知るか。うるさい。黙ってろ」
少女は私を睨み付けてそう言うと、すぐに正面に顔を戻した。そう言われて、再度問い掛ける事なんて出来はしない。私は黙って少女の後をついていく事にした。
しかしこの子は、一体何処の誰なんだろう。どうして教会の天井になんて登っていたかもわからないし、何処から来たのかもわからない。厘という名前は教えてもらったけれど、それだけで、いくつなのか、家族は何処なのか、何故ここに来たのか……少女の事だけではなく、一体何が起こったのか、隕石が落ちたというのは本当なのか、みんなは一体何処にいったのか、生きているのか、死んでいるのか、ライトやコロニーや疚人っていうのは一体何なのか……
わからない事だらけだ。この心細さは、全く知らない土地に独りで放り出されたのに似ている。いや、そのものの不安だった。だから少しでも情報が欲しいのに、それを聞けるのは目の前にいる真っ黒で粗暴な少女だけ。私は首を横に振った。とりあえず少女には何か心当たりがあるみたいだし、もしそこで誰かに会えたなら、その人に聞けばいい。そう思う事にした。
「ドームって、あれでいいのよね」
「あ、ああ、うん、そうだよ……」
少女が指を差したので、私は確認して頷いた。途中にパチンコ屋だとか、飲食店だとか、ガソリンスタンドとかもあるのだが、やはり例外なく中は真っ暗で、ガラスは割れていて、人気のない廃墟だった。あのドームに辿り着いても、もしかしたら同じ事かもしれない……そんな不安がじわじわと私を襲ったが、少女は迷う事など何もないようにまっすぐドームへ歩いていく。私はその背中についていく事しか出来ない。
ドームが一歩一歩近付いてくる。いや、近付いてくるのはドームではなく、歩いている私達自身なのだが、ドームに近付いていくにつれ期待と不安が大きくなる。誰かいてくれればいい。誰もいなかったらどうしよう。誰もいないガソリンスタンドの横を通り過ぎ、電気のつかない信号機を横目にし、錆果てたホームセンターの脇を歩いていき……ドームはもうすぐそこにある。喉の奥に何か硬いものが張り付いたような感触がする。少女は、ドームの一つ手前の横断歩道に辿り着くと、突然前へと走り出した。
「!」
驚いた私は慌てて少女の後を追った。この少女がどこの誰かはわからない。けれど、この少女がいなくなれば私は一人になってしまう。私は必死で少女を追い、そして、急に立ち止まった少女にぶつかってそのまま前に転んでしまった。
「う、うう……痛い……」
「ったいのは……こっちのセリフよ! 早く退け木偶の坊! 一体何してくれてんのよ!」
胸の下から声が聞こえ、私は慌てて起き上がった。少女は痛そうに顔を擦りながら起きた後、全く反応出来ない速度で私の脛を蹴り飛ばした。
「!!!」
「何後ろから人を突き飛ばしてくれてんのよ! ああ顔いった……何処に目ェ付けて歩いてんのよこの木偶の坊が!」
頭上から何か色々言われたが、蹴られた所が痛過ぎて顔を上げる事など出来なかった。正直骨にヒビが入ったんじゃないかっていうぐらいに痛い。あまりに痛過ぎて悲鳴を上げる事も出来ない。
「ったく……ちょっと、いつまで地べたとお友達してんのよ。とっとと立て。置いていくわよ」
「き……君が……蹴ったんじゃ……」
「ちょっと脛蹴られた程度で何抜かしてんのよ情けない。ただでさえ邪魔臭いんだからこれ以上私の邪魔をしないでちょうだ……」
「あの、どうかされましたか?」
少女の暴言弾雨に紛れて別の声が聞こえてきた。脛の痛みから頑張って顔を上げると、そこには黒い少女とは似ても似つかぬ、見るからに優しそうな一人の女性が立っていた。
「そんなに痛そうな顔をして、どこかお怪我でもされましたか?」
「ああ、いいのいいの。こいつのただのドジだから。ところで、アンタこのコロニーのヤツ?」
「ええ、このコロニーで働かせて頂いてます、二宮志乃と申します」
「私は厘、こいつは分。ちょっとお邪魔してもいいかしら」
「ええ、もちろん。分さんもどうぞ」
そう言って、女性はコロニーへと歩いていった。黒いダッフルコートの少女も私に背を向け歩いていった。私はなんとか痛みを堪え、二人の後をついていった。足の骨はまだ酷く痛んだが、折れていない事を祈る事しか出来なかった。
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