秋桜
倉持 麻衣
第1話
「そこにいるのはだぁれ」
声は反響もなくただ闇に吸い込まれた。
「だぁれ」
幾度問い掛けてみても、返ってくる気配のない返事。
耳鳴りがするほどに辺りは静か。
ときたま木々の囁きがさわさわと鼓膜を揺する。
秋桜が揺れる月の夜、少女は大岩にもたれながら「誰か」を呼び続けた。
「なんで答えてくれないの?」
雨が一粒二粒と、柔らかい草叢を濡らした。
木々の間を吹き抜けてきた風が、遠くから押し寄せる。
それが少女の髪を揺らし、老木から一枚の葉を奪った。
生を受けて数百の年月を経た老木の、数百度目の落葉である。
「やっと答えてくれたね」
ゆるい回転と共に少女の手のひらまで到達した一枚の葉。
生命を主張する複雑な葉脈は、それ自体が一本の木であるかのように太くたくましい。
かと思えば、手で簡単にちぎれてしまうほど脆い。
「貴方も私と同じなの?」
老木は、風に揺れている。
「いつかはいなくなるの?」
老木は、風に揺れていた。
「あなたはだぁれ?」
老木は、葉を落とす。全てが無くなるのではないか、と思えるほど突然に。
「あなたはもしかして……」
幹は、朽ちる。
葉の無い枝が、渇いていく。
「私自身?」
老木は、揺れた。大きく大きく揺れた。
そして崩れ落ちた。
数百一度目の落葉を数えることなく、老木眠りの時を迎えた。
数百の年月の中で刻まれた記憶を背負い、少女は月夜を彷徨う。
「そこにいるのはだぁれ?」
雨が幾度も草叢を濡らす。
「そこには、だれかいるんでしょう?」
少女は、震える声で
「誰か」を呼ぶ。
「誰か」なんていないのに。
秋桜が揺れる。
秋桜だけが揺れる、月の下
秋桜 倉持 麻衣 @Kuramochi
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