02/城里美奈穂
穂邑の表情がみるみると変わっていく。
そりゃそうだ。いきなり魔術師と言われて、はいそうですかと納得できる人間の方が少ないだろう。私だって彼の立場なら納得しない。
でも、口達者ではない私はそう言う他に方法が思いつかなかった。
「ま、魔術師……? 城里が?」
肩から手が離れる。
離れた手はだらんと項垂れ、その表情は信じられないものを見たと言わんばかりに見開いていた。
「ええ。さっきの炎を消したのは私。ま、元々は幻覚だったみたいだからそう影響はなかっただろうけど」
幻覚。だからここの教室はさっぱり綺麗に無傷のまま。
多分、実際に教室が燃えているように見えたのは此方側の人間だけだろう。グラウンドから見えた此方の教室は何事もなかったように映っている筈だ。
時間操作。そう呼ばれる魔術属性の中の完了した動作を起こる前に戻す能力。それが私の魔術。先ほどの炎もそれを燃えてしまった炎を燃える前に戻しただけの話。
万能に思えるこの魔術だが、私の魔力量的に一日に使える回数に限度がある。それに元には戻せるが、元に戻せる対象は一つのため全てが元に戻るわけではない。だから、本当にこの教室が燃えていたら今ごろここで授業を受けられる状態ではなかっただろう。
「幻覚……でも、確かに熱かったし、現にまだ喉が」
そう言って咳き込む。よっぽど影響を受けやすいのだろう。軽い火傷状態になっているようだ。
仕方ない。
残った魔力を使い、火傷を受ける前の状態に戻してやる。
赤くなっていた皮膚が血の気の良い、部活で程よく焼けた肌に戻る。
「……あれ?」
「もう大丈夫でしょう? 火傷を受ける前の状態に戻したんだから」
その言葉で少し状況を飲み込めたようだ。ごくん、と喉を降る唾の音がこちらまで聞こえてきた。思っていたより理解が早くて助かる。
「前の状態に戻した……つまり、城里の魔術は元に戻す魔術なのか」
「そういう事。理解が早くて助かるわ。それにしても私が魔術師だってあっさり認めたわね。驚いた」
「うん、なんでだろう。俺にもわからないけど何故かしっくり来るんだ。城里が魔術師って言うの。それに嘘も付いてないみたいだし」
「あら、それはどうかしら。案外私は悪い魔術師かもよ?」
在り来たりな照れ隠しだ。悪い魔術師が人を助けたりなんかしない。むしろ利用して、無残に殺して、研究材料にしているはずだ。
そんなことはわかっている、と言いたげに穂邑は情けない顔で笑った。その顔を見ると、何故かチリッと焦燥感に駆られ蹴りたくなる。
その気持ちを抑えて私は早々と教室を出た。
とりあえず彼は無事で教室にも害はない。犯人はわからずじまいだが、とりあえずは上々だ。その事を報告しないといけない。そして、彼にも色々と話さなくてはならないことがある。
「穂邑くん、申し訳ないけどちょっと付き合ってくれる?」
◇
案の定、約束の場所に相手はすでにきていた。
ショートカットを夜風に揺らして僅かに魔力の宿った紫雲色の瞳で星空を眺めていた。
「
名前を呼ぶ。
ぐるん、とこちらを向いた顔は幼く、しかし月明かりに照らされて妖艶に見えた。不思議だ。相変わらずどちらの意味でも同い年に思えない。
瞳が私達を捉えるとらんと輝き、もたれていたポールから、ピョンっと身体を移動させこちらに歩み寄ってくる。その動作はまるで人懐っこい猫のようで、足音なんてものはしなかった。
「遅いよ〜、美奈穂ちゃん。遅すぎるよ。僕のお腹はとっくにぐーぐー鳴ってるのにさ」
ぷんぷん、と擬音を口にしながら一華は笑う。怒っているのは口調だけで、すぐに冗談だということは長年の付き合いからわかった。
「どうせ貴女もさっき着いたばかりでしょう」
「あはは、バレた? さすが美奈穂ちゃんだね。それより、彼は?」
相変わらず、結果をすぐ求める子だ。世間話もそこそこどころかいきなり本題に入るのが彼女らしい。何故こんな野暮ったい子があの有名なお嬢様高に編入出来たのか今だに不思議だ。おまけにバカだし。
とはいえ、時間も時間。男の子がいるとはいえ、女の子が出歩くような時間ではないのも確かだ。速やかに報告を終え、対処を煽るのが最善だろう。
「彼は私の同級生で恐らく、呪術協会に狙われている人よ」
「わお。それは大変だ。呪術協会に狙われてるって事は魔者?」
首を横に振る。
魔者、ではない。彼は恐らく、昔から魔術師だったから。
「ふーん。その辺の事情は知ってんの? てか、知ってるから連れてきたんだよね?」
「全部知ってる、わけじゃない。でも、だいたいの検討はつく」
「なるほどね。とりあえず呪術協会に狙われてるから学院で保護してもらおうってわけ。美奈穂ちゃんは機構の人だもんね。彼が余程大事なんだ」
「そういうわけじゃないわよ!」
「はいはい〜。ま、僕から話はしておくよ。彼、名前は?」
先ほどまで蚊帳の外だった穂邑がびくりと肩を揺らした。初対面相手に緊張している様子だ。何度か視線を泳がせると、「影井穂邑です」と裏返った声で名を告げる。
「穂邑くん、穂邑くんだね。僕は橘一華。あ、こんな喋り方だけど、僕、女の子だから」
そう言って、制服の裾をピラリと持ち上げた。ワンピースになっている彼女の制服から、一糸纏わぬ生足が見え隠れする。慌ててそれをやめさせると穂邑を睨みつける。
「見た!?」
「見てない見てない見てない!」
顔を真っ赤にして背けている様子からしてこういった事には慣れていないみたい。にしても、本当に毎回行動の読めない子だ。わかっててやっているのもタチが悪い。
「一華も変なことしないで!」
「もー、悪かったよぉ。だって穂邑くんかわいいから」
てへっと舌を出す。我が友ながら油断ならない。
「それでこれからどうすればいいの?」
「そうだな〜。とりあえず、今日僕が上に判断を煽ってみるから結果が出るまで美奈穂ちゃんが護ってあげなよ。彼がどういった経緯で狙われてるのとかわからないことには、こっちもあんまり動けないからさ」
「そう……。わかった、ありがとう一華。じゃあ学院側への報告はお願いしたわ」
「了解。じゃ、また連絡するね〜!」
ぴょんっと軽く飛ぶ一華。それだけで体がまるでふわりと浮いたように跳躍する。元々運動神経も猫のようなやつで前世はきっと猫だったんだろうっていう話を二人で何回かしたぐらいだ。
闇に消える一華を呆然と見守っている穂邑の手を掴む。緊張からの汗でじっとりと濡れた手は私の一回りも大きかった。
「城、里?」
「今から私の家に来て」
焔の軌跡 織倉こた @yoru53
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