第17話 私は貴女を許せない

総面積9.5haある秋刀魚公園には、南西に大きな公園、東に大きな池、北にはそこまで高くないんだけれど、意外と大きな丘があり、その奥には一級河川が流れている。そんな大きな公園の入口付近には大きさで言えば大きい方の滑り台があって、そこは目立つから多くの人が待ち合わせに使うんだとか。

その滑り台の登り口付近に、沙奈江さんはびくびくしながら、私を探している。

まぁ、それは仕方が無いんじゃないかな。だって、沙奈江さんは私の事を覚えてなさそうだし。それに、今日配信されたAR搭載のゲームのせいで人にぶつかりかけたり、ケータイを向けられたりもしてるもんね。

かくいう私も後者は今経験していてとても迷惑イライラしてるからね。

まぁ、こんな感じで観察していて、このまま観察を続けるのも楽しいんだけど、待ち合わせまであと5分になったから、私は沙奈江さんという本日の敵憎い者に声をかけてみる。




「神橋沙奈江さん」




名前を少し明るめの声で呼びながら、右手を左肩にチョンと置いただけで、沙奈江さんは体を強ばらせて、左手で私の右手を払った。どうやら、私は相当嫌われているらしい。もちろん、作戦通りなので、心の中でほくそ笑む。

「スミマセン.....貴女が電話で話した人ですか?」

「えぇ、そうですよ。私は貴女に復讐しに来ました」

それは、嘘偽りない私の本心(言葉)。今日沙奈江さんにはもっと絶望してもらって、更に私の支配下において、お兄ちゃんが戻って来ても当分支配する。だから、今日は攻めて責める。後になってお兄ちゃんが何と言おうと、今回だけは私のエゴを通す。

「あのぉ......お名前を教えていただいても......もしかしたら思い出すかも知れませんし......?」

「こんな所で話すのアレなんで、移動しましょうか」

沙奈江さんには、お兄ちゃんと会わせる以外の希望を叶えさせるつもりは無い。これも復讐の1つだから。名前も前に教えたから、例え記憶を抜かれていても、教えない。




私は、沙奈江さんを秋刀魚公園の近くにあるコーヒー豆が店の名前に入っているチェーン店の秋刀魚公園店に連れて行き、互いに飲み物を購入した後、奥の席でせめ始めた。

「まず最初に、貴女には今度の土曜日の夏祭りで私のお兄ちゃんに会ってもらって、祭りの間は私達と共に行動してもらいます」

「え......?そんな急に言われても......!その日は用事が......」

「貴女に拒否権があるとでも?そんな甘えを許すとでも?会った時に言いましたよね?『私は貴女に復讐しに来ました』って。なので、貴女には必ず会ってもらい、その目で貴女の犯した罪をきちんと贖罪として、当分私の奴隷になってもらいます」

「なっ......!!」

そりゃいきなり奴隷になれって言われて驚かない方がおかしい。だけど、こんなので終わらせる訳がない。

「例えお兄ちゃんが戻って来ても、当分は私の奴隷として働いてもらいますし、戻って来たお兄ちゃんには会わせるつもりはありません」

「まさか、その......いきなり強面の人たちの所で......その......エッチな事をさせられるんですか…...?」

その発言で、確かに私の中の何かがブチギレた。

「くっくっくっくっく......あ〜はっはっはっはっはっはっはっは!!貴女本当はクソビッチなの?それともそんな同人誌しか読んでないの?バカ?公共の場でそんな事をいきなり言い出すとか、貴女相当なクソビッチでバカなの!?」

口調が荒れ始めたけど、ここまで1人でやってきたし、忘れて放置もしてたし、今まで我慢ばっかしてたから別に良いよね?いや......いいに決まっているじゃないか!!

「コッチはあんたのせいでどれだけ苦しんでると思ってんだよ?コッチは我慢して堪えてたのにいきなり頭お花畑な事を言い出しやがって。ふざけんのもいい加減にしろよ!!??下手に慣れない敬語で話してるからって舐めてんじゃねぇよ!!そんなぐらいなら、お兄ちゃんを返せよ!!アンタさえいなければ今頃笑えているお兄ちゃんを返せよ!!!!」

ここまで言っても私は泣かなかった。限界もとっくに超えているのに、私が泣かない理由は、沙奈江さんが前にいるというだけで、本来なら大泣きしているはずのものも、こらえているだけだ。




「スミマセン......あんなに大きな声で営業妨害してスミマセン......弁償はするので許してください......!!」

落ち着くと、私は店長さんに呼び出され、謝っている。もちろん、さっきあんだけ騒いだからだけど。

「いやいや、店的には良くないけど、君が少しでもスッキリしたなら、個人的には良かったよ。弁償も別にいい。だけど、分かるよね?」

「はい......連れと一緒に退店させていただきます」

当たり前の措置だ。弁償ものなのに弁償せず許して貰えて、奇跡に近いだろう。

「落ち着いたらまた来なさい。今度はゆっくりするつもりでね」

「はい!!ありがとうございます!!それと、ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした!!」

優しい人で良かった。だから、これ以上の迷惑をかけないためにも、沙奈江さんと出ていこう。

「沙奈江さん。取り敢えず、出ますよ」

律儀に席で待っている沙奈江さんに声をかけてこっそり退店する。

沙奈江さんも、少しは罪の意識が出てきたのか、俯きながら黙ってついてきている。

「あの......なんの罪が私にあるのでしょうか……?貴女の怒り方、尋常じゃありませんよね……?」

「貴女、本当に何も覚えていないのね」

私は溜息を吐いて言ってやった。

「こんなんだからよ。だから」




「私は貴女を許せない」




「......っ!!」

私は沙奈江さんの耳元で可能な限り低い声で、言ってやった。

「一つ聞かせて。貴女、ファーストキスはした覚えは?」

「いえ......まだのはずですけど......?」

「それも関係しているわ。もちろん、答えは分かってるんでしょうけど」

コレで思い出せばいいのだが、そんな事はハナから期待してない。

「土曜日秋刀魚公園の小さな丘に午後5時集合ね。貴女に罪を教えてあげる。人の人生をメチャクチャにして罪を」

それだけを言い残して、私は家に帰っていった。




「ただいま〜」

最近やっている『それが二サスの掟』というのが決め台詞の一時間ドラマの録画を見ている奏さんに挨拶だけを済まして、お兄ちゃんに土曜日の話をしようとしに行こうとすると、恐ろしい顔をした奏さんが目の前に立っていた。

「美桜ちゃん、ついさっき剣に見舞いが来て、貴女と剣に手紙を置いてったわよ。中身は自分で確認してちょうだい。私が開ける訳にもいかないしね」

へぇ〜。お兄ちゃんにもそんな友達がいたんだ。だけど、1つ大きな疑問がある。

「あの、その人は本当に私の名前を出したんですか?」

「えぇ。貴女の名前をきっちりと出したわよ。もしかしたら思い出すかもどこかで漏らしちゃったのかもね〜。あの子どこか抜けてるし」

いや、それは確実にない。そんな事をしたら、多分こないだまで外には出ていない。それどころか、最悪我妻家の洗脳部屋に20年は出れず、ついこの間まで外に出れる訳もなくそれこそ、我妻家に忠実な人間になってしまっている。

「ちなみに、どんな人でしたか?」

そう軽めの雰囲気で聞くと、その雰囲気で聞いたことに後悔した。だって母よりも強くて有名な奏さんが私が感じたことのない雰囲気を出して淡々と語り始めたからだ。

「あの人は、人って雰囲気はしなかったわ。なんというか、人間じゃなくて、宇宙人みたいな悪魔みたいな人がいきなり来て、とてもじゃないけど闘おうとは思えなかった。それでなんであんなナニカと知り合ってるのかが分からない。単に剣が何も知らない無知な者か、あるいは……」

その先は頑なに語ろうとしなかった。だけど、その気持ちは分からなくはない。私だってそんな事は知りたくなかった。だから、その手紙を早く読む必要があると判断し、私は階段を駆け上がり、私宛の手紙の封を少し雑に開け、その手紙を読んだ。1度で簡単に理解できるものじゃなかったから、2度目は落ち着いて読んだ。

『我妻美桜様へ

私は、ちょっとした出来事で出会って仲良くなった者です。剣君にはよく「悪魔みたい」と言われているので、形式上悪魔とさせていただきます。

私は、最重要な事は最初に言うタイプなので、言います。剣君は数日の内に目覚めますが、私自身、どちらが目覚めるかは目覚めるまで分かりません。大事な事なのでもう1度書き記しますが、どちらの人格が目覚めるか分かりません。なので、貴女の物を我妻家から送ってもらう事をお勧めします。もちろん、信用・信頼なんて言葉はない時代に信じろとも、やれともの言いません。全ては自己責任でお願いします。責任転嫁せきにんてんかされてもどうしようもありませんので悪しからず。

後、私についての詮索はしないでください。度が過ぎると生き地獄を見るので、それも悪しからず。

最後に、剣君宛の手紙を読んでも生き地獄を見るので、悪しからず。

まぁ、好奇心に負けるのも一興ですけどね。

では、またどこかで

悪魔より♡』

なんて文を読んで何も思わないはずがない。ホントなんでこんな文を持ってきたの。しかも、詮索も禁じられたし。それも気になる。気になるけど、一番気になるのは、我妻聡夫か、坂之上剣が目覚めること。それも我妻聡夫までも調べてあるから、余計に警戒レベルが上がる。

「取り敢えず母と奏さんに知らせないと……」

2人に事情を話して、了解を貰え、部屋に戻ると、急に私の意識は落ちて行き、気付けば、翌朝になっていた。

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