トリックオアトリート!
部室に梨恵が入ると彼女の先輩である明日菜が一人で座っていた。
机の上には毎年、この季節になると発売される期間限定のチョコレート。梨恵はそれが大好きで、でも少し高いから食べることは少なかった。
だから、そのチョコレートを見た梨恵は無性に食べたくなった。どうにかして明日菜からもらえないか、と考えた結果、今日が10月31日、ハロウィンだと気付いた。
「明日菜先輩、トリックオアトリート!」
だから、挨拶するより先にそう声をかけた。
明日菜はその声に振り向くが、梨恵の視線は机の上のチョコレートに釘付けだった。
その視線に気付いた明日菜はチョコレートをバッグにしまい、笑顔で返事をした。
「ごめんね。お菓子ないんだ。だから、イタズラしてもいいよ?」
梨恵はまだチョコレートが残っているのを見ていた。だから、そんなはずはない、そう思った。しかし、それを口にすれば、その少し高めなチョコレートを狙っていたのがバレてしまう。それだけは避けたいと思った。
だから、梨恵は普段なら決して行わないであろうことを実行に移すことにした。
「じゃぁ、先輩、目を閉じてください」
「うん、いいよ。何するの?」
「秘密です」
梨恵の言葉に従い、明日菜は目を閉じると、梨恵はゆっくりと近付いた。そして、自らも目を閉じ、唇を合わせた。そこに残っているかもしれないチョコレートを味わうために。ただ、それ以上をする勇気がなかったためか、唇が触れ合う程度ではあったが。
ゆっくりと顔を離すと、梨恵は顔が真っ赤になっていた。それに対し、明日菜はいつも通りの表情のままであった。
「これがイタズラ?」
「……は、はい」
正面から見つめられ、梨恵はさらに顔を赤くしてしまった。
誰にも言っていないことだったが、梨恵は明日菜のことが好きだ。それは友人や先輩に対するものとは少し異なる意味で。つまりは、恋愛対象として。
だから、本当は梨恵にとってはチョコレートの味が残っているかどうかは関係がなかったのかもしれない。
しかし、そんなことを知らない明日菜は面白がって梨恵に言った。
「トリックオアトリート」
「あ、ごめんなさい。わたしもお菓子、持ってないです」
「じゃぁ、イタズラだね。はい、目を閉じて」
「え?は、はい」
梨恵が目を閉じると、唇に柔らかいものが触れるのを感じた。それだけではない。背中に何かが触れている。
それが何か分からないわけではなかった。しかし、それを信じることができず、目を開けると、至近距離に明日菜がいた。
つまり、明日菜は梨恵を抱き締め、キスをしていた。
それに気付くとほぼ同時、明日菜は身体を離していった。
「こんなの、イタズラじゃなくて、ご褒美ですよ……」
梨恵は顔をこれ以上ない程に赤くし、小さく呟いた。その声は明日菜に届いているかどうかは分からないが、明日菜は満足そうに微笑んでいた。
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