からくりピエロ
わたしは愚かな
「うん、異常はなし。いたって健康だよ」
博士は額に浮いた汗を拭いながら、わたしの胸部を閉じた。しかし、その博士の言葉をわたしは信じられなかった。
博士を疑っているわけではない。でも、今でもこの胸は締め付けられるような苦しみがある。
「でも、博士……」
「大丈夫。何も異常はないの。それは、普通のこと。強いて言うなら、うん、私のせい」
「違います!博士は、何も悪くありません!」
博士の言葉をわたしは必至で否定した。
機械仕掛けのわたしの身体、それを作ったのが博士だ。人と変わらない姿で、感情まで存在している。そんなわたしを作った博士は一躍有名になった。そして、世間では千年に一度の才女、とまで言われている。
そんな博士のせいだなんてことは、絶対に、ない、はず……。
「ううん、本当にこれは私のせい。だって、人により近付けるために完全な感情を持たせてしまったんだから」
博士の言っていることが分からず、首を傾げていると、ゆっくりと、優しく話し始めた。
「つまりね、こういうこと。人は、恋をするの。そして、その相手のことを考えると胸が苦しくなったりするの。でも、とても苦しいはずなのに、その人と一緒にいると、胸が温かくなって、幸せになったりもする。ハツネも今、そんな感じなんだよね?」
博士の言う通りだ。苦しいけど、博士と一緒だと幸せになれる。それに、わたしの名前、ハツネ、って呼んでくれたとき、胸の中が暖かい何かで満たされたような気がした。
だから、わたしは小さく頷いた。
と、その時、博士の携帯が鳴った。わたしの頭を優しく撫でたあと、少し離れて携帯で誰かと話をしていた。
その相手は誰なの?わたしより、その人の方が大事なの?ねぇ、博士、わたしの側に来て。
そんなことを考えながら、胸の中に今まで感じたことのないような嫌なものが溜まってくるのを感じた。でも、これを博士に言うことは何故か、ダメな気がした。
「ごめんね。仕事が入っちゃった。遅くなるかもしれないけど、お留守番、よろしくね」
「……はい」
本当は、行ってほしくなんかなかった。ずっと側にいてほしかった。でも、わたしにはそんなことは言えず、頷くことしかできなかった。
「それじゃ、行ってきます」
そう言って、博士は出掛けていった。
それが、博士との最後の記憶。
それからしばらくして、知らない人が来て、博士が死んだ、だなんて嘘を言った。そんなはずがない。博士は絶対に帰ってくる。だから、わたしはその人を追い出した。
わたしは博士を探して家の中を探して回って、回って、回り疲れて、その場に膝を着いた。
あれから、何年が経ったかは分からない。でも、博士は帰っては来ない。それでも、わたしは待ち続ける。
あぁ、やっぱり、わたしは愚かな
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