出張

 新人研修を終えたばかりなのに、何故か、出張に行くことになった。まだ仕事なんて全然できないのに。

 でも、不安より、楽しみの方が勝っていた。だって、憧れの先輩と一緒だから。

 わたしも、分かってるよ?これは遊びじゃない、仕事だって。でも、二泊三日、ずっと仕事じゃない。だから、色々と期待しちゃってる。


「えっ?」

 夜、ホテルに着いたわたしは思わず声をあげていた。二人で一部屋、そうは聞いていたけれど、ツインではなく、ダブル。つまり、シングルベッド二つではなく、ダブルベッドが一つ。

「あ、間違えちゃった……」

 先輩が呟いた。その表情を見ると、少し、ひきつっていた。

「あの、もしかして、ツインとダブル、間違えたんですか?」

「うん、そう。でも、まぁ、今から変えてもらうのも無理だろうし、これでいい?嫌だったら、わたしは

「大丈夫です!一緒に寝ましょう!」

 先輩の言葉を遮ってわたしは言った。思わず、大きな声が出てしまったせいか、先輩は少し驚いた表情をしていた。

「じゃぁ、一緒に寝ようか?お風呂、先入る?」

「先輩からどうぞ」

「じゃぁ、御言葉に甘えて」

 先輩が荷物から着替えを出して、バスルームに向かった。わたしは、それを見送りながら、破裂しそうな心臓をどうにか抑えるので一杯になっていた。

 だって、今の会話、恋人の、その、アレ、の時みたいじゃない?そう考えると、ドキドキが収まらなくて、しかも、下腹部の方も……。こんなこと考えてるのが知られたら、嫌われる……?でも……。

 悶々としていたら、シャワーの音が聞こえてきて、それで、我慢できなくなって、わたしは、指を、足の間にそっと這わせた。

「んっ……」

 思わず出そうになる声を必死に抑える。だって、聞かれたら……。でも、そう考えると余計に……。



 先輩が出てきたとき、わたしはベッドに横になっていた。立ち上がる気力もなく、虚ろな目で。

「いきなりの出張で疲れちゃった?」

 そんなわたしを見て、先輩は心配そうに聞いてきてくれる。

 違うんです。先輩とのあんなことを想像しちゃって、一人でしちゃってただけなんです。

 なんて、そんなことは言えるわけもなく、

「……はい」

 一言、呟くだけしかできなかった。

「そうだよね。今日は、早く寝ようか?」

「はい。わたし、シャワー、浴びてきますね」

 それだけ言って、わたしは逃げるようにバスルームへ向かった。



 髪を乾かして出てくると、先輩はすでにベッドに入っていた。わたしもその横に入ると、何故か、先輩は抱きついてきた。

 これは、妄想……?そんな考えが頭をよぎった。

「こうやって、抱き締められてると落ち着いて、ゆっくりと眠れるような気がするんだけど、どうかな?」

「その、分かんないですけど、このままで、いいですか?」

「うん、いいよ。疲れたら、遠慮なく言ってね。無理は、しないでね?」

「はい」

 先輩の優しさが嬉しくて、涙が出てきそうになった。だって、わたしは、さっきまであんなことを考えて、でも、先輩はわたしを、こんなに心配してくれてるのに……。

「ごめん、なさい……」

「何が?」

「今日だって、何も、できなくて、迷惑、ばっかかけてますし、今だって、こんな……。先輩、だって、疲れてる、はずなのに……」

 堪えきれずに、涙が溢れ出てきた。

「何、泣いてるの?そんな、泣くことじゃないよ?まだ入社してそんなに経ってないんだから、仕事できないのは当たり前。先輩に迷惑かけるのだって、当たり前。今は自分にできることを、精一杯頑張ればいいの。分かった?」

「はい。でも、先輩に、迷惑とか、かけたくない、です」

「はぁ、じゃぁ、一つ、重要なことを教えてあげる。ねぇ、先輩って何のためにいると思う?」

「え?分かり、ません」

「後輩に迷惑をかけられるため。もちろん、失敗したら叱ったりもする。でも、たくさん迷惑かけながら、それで仕事を覚えていけばいいの。それで、自分が先輩になったときにはそれを後輩に伝えていく。分かった?」

「はい」

「って、これ、わたしも先輩から言われたことなんだけどね。自分一人で何でもやろうとして、空回ってたときに」

「先輩にもそんなときがあったんですね」

「そりゃ、そうよ。わたしだって新入社員の頃があったんだから」

「そう、ですよね」

「落ち着いた?」

「え?あ、はい」

 気づけば、わたしはすっかりと落ち着いていた。先輩は優しく頭を撫でてくれている。それが気持ちよくて、わたしはゆっくりと眠りに落ちていった。

「おやすみ」

 先輩の声が聞こえた気がしたけれど、それに答える気力はなかった。

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