眼鏡
朝早い教室に浮かない表情で少女、莉華が一人で座っていた。そこに、友人である
莉華の様子がおかしいことに気付いた悠は自分の席に荷物を置く前に莉華の元へと行った。
「莉華、何かあったの?」
「その、最近、わたし視力落ちてるじゃん?それで、その、眼鏡、買ったんだけど、似合わないし…。どうしようかなぁって…」
「え?莉華、眼鏡買ったの?見せて」
悠は前から莉華に眼鏡を勧めていた。その思いが通じたと感じ、嬉しく思った。
「でも、悠みたいにわたし、本当、似合わないから。悠はいいよね、眼鏡似合うし」
悠はそっと今かけている眼鏡に手を添えた。
フルフレームで色は黒。いわゆる、黒渕眼鏡だ。地味な印象を与えやすいその眼鏡は確かに、悠に似合っている。しかし、彼女自身が地味、というわけではない。長年愛用していることもあり、身体の一部のように一体感があるだけである。
「わたしは、莉華も眼鏡似合うと思ってるよ?だから、前から勧めてたんだし」
「そうかな?」
そう言って、莉華はバッグから眼鏡ケースを取り出した。開くと、赤い、メタルフレームの眼鏡だった。そして、悠とは異なり、フレームが下半分のみの、アンダーリムの眼鏡だった。
「あ、この眼鏡、可愛いね。うん、莉華なら似合うよ。眼鏡歴十年のわたしが保証する」
その言葉の通り、悠は小さい頃から視力が悪く、小学校に入る頃から眼鏡をかけていた。そして、実際、その眼鏡は莉華の快活な印象ととても似合っているように感じられた。
「うぅ、でも、ダメ!やっぱり、かけない!」
「そんなこと言ったら、眼鏡が可哀想だよ。その子は莉華のために生まれてきたんだよ?それなのに…」
残念そうな顔をする悠を見て莉華は申し訳ない気持ちになった。
「ね、本当に、大丈夫かな?笑ったりしない?」
「うん、しない。わたしのこの眼鏡にかけて誓います」
若干意味が分からなかったが、悠が眼鏡を愛していることを莉華は知っている。だから、その気持ちは十分に通じた。
「でも、やっぱり、恥ずかしいから、悠も眼鏡外して?そうしたら、わたしもかけるから。その、今だけでいいから」
「え、外すの?この子を?は、恥ずかしいよ…」
「わ、わたしだって眼鏡かけるの恥ずかしいんだから、一緒じゃん!」
真逆の行動をとるのに、同じ感想を抱く二人。
しばらく見つめあったあと、悠は自分の眼鏡に手をかけた。
「分かった。外すね」
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせたあと、ゆっくりと眼鏡を外して、折り畳み机に置いた。愛するものとの別れかのような切ない表情をしながら。
「外したよ。だから、莉華も、ね?」
「う、うん」
莉華はゆっくりと眼鏡をかけ、悠を見た。
「ね、どうかな?」
恐る恐る聞くが、悠は目を細めるだけで何も答えない。やっぱり、似合ってないのかな、と不安に押し潰されそうになる。
「見えない。もっと近付いて見ていい?」
そう言うと、悠は莉華に顔を近づけた。
莉華は眼鏡をかけていることより、その距離が恥ずかしくなって顔を逸らそうとした。
「ダメ。動かないで」
しかし、その言葉とともに、顔を両手で挟まれ、固定されてしまった。これでは動くことはできず、しかし、視線に耐えきれずに莉華は瞳を閉じた。
すると、唇に柔らかい感触がした。何が起きているのか分からず、目を開けると、焦点を合わせられないほどの至近距離に悠の顔。
(え?もしかして、キス、されてる?)
それに気付くと同時、悠は離れていった。
莉華はしばらく呆然としていると、そっと机に置いた眼鏡をかけながら悠は微笑みながら言った。
「莉華、可愛いよ。眼鏡をかけてなくても、かけてても」
「うん、ありがと」
二人の顔は赤く染まっていた。
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